灰被りの剣姫と帝國の皇子

 美栄は、使用人に案内された部屋を見渡してうっとりした。

(何て綺麗な部屋なの……)

 ベッドにきらきらとしたシャンデリア。舶来の家具が設置された西洋風の部屋は、美栄の憧れそのものだった。
 提供された夕食は、実家とさほど変わらない献立だったが味は段違いに上品だった。

(お姉様はこんなにも素敵なところで暮らしているのね……)

 しかも、明らかに高級品とわかる品々を身につけて。
 ばさばさだった髪を整えて結い上げ、化粧をした寧々は別人のように垢抜けていた。
 だけど肌が浅黒く体つきも貧相な姉より美栄の方が容姿ではまだ勝っている。

(でもちょっとおばさん臭かったわ)

 寧々があえてそういう格好をしていたことを知らないので美栄は嘲笑した。
 里を抜け出して帝都に来たのは、寧々への対抗心からだ。
 神祇卿宮の前では姉を褒めちぎって謝ったが本心ではない。彼に近付くためとはいえ、心にもない褒め言葉をまくし立てるのは苦痛だった。

(お姉様は孝志さんと引っ付いていたら良かったのよ)

 守人頭の息子は寧々を好いていたらしい。美栄はそれを帝都に向かう荷車の中で知ってしまった。

 今回の霊布の納品役に、織部孝志は寧々に会いたい一心で志願しており、他の運搬役の男達から慰められたりからかわれたりしていた。 

 冴えない姉が二人の男の心を捉えたと思うと何だか腹が立つが、孝志の方はどうだっていい。里の男の中では見目はいい方だが所詮は田舎者だ。
 どうしても許せないのは、神祇卿宮を捕まえたことである。

 父が神祇四家の一つ、橘高侯爵家の遠縁である来生(きすぎ)家出身だったように、美栄のところには神祇家系からの縁談がいくつも舞い込んでいる。
 だが人里離れた山の中の集落に来てくれるのは、没落していたり、子沢山の家の五男とか六男だったりと、何かの訳ありで皇族とは比較にならない。

(――でも宮様、私に興味をお持ちのようだったわ)

 美栄は女官になりたいと願い出た時の神祇卿宮の顔を思い出した。
 一人では満足できないのだろうか。それとも、早くも姉に飽きたのだろうか。
 どちらにしても自分には都合がいい。
 美栄は口角を釣り上げてにんまりと笑った。
 里に一度戻されるのは残念だし面倒だが、母の許可さえ取れたらここで暮らせると思うと心が浮き立つ。

(今のうちに宮様ともっと仲良くなっておきたいな)

 彼にならこれまで大切に守ってきた美栄の純潔を捧げたっていい。
 うまく既成事実を作ることができたら寧々から千晃を奪えるかもしれない。
 いや、成功するかどうかは問題ではない。神祇卿宮と美栄が同じ部屋で一夜を過ごしたら――それだけで彼と姉との関係に亀裂が入るのではないだろうか。
 天啓のように閃いた考えに美栄は笑みを浮かべた。



   ◆ ◆ ◆



(……そろそろいいかしら)

 日付が変わるのを待って美栄は行動を起こした。
 ベッドから起き上がり、ドアのノブに手をかける。
 ――回らない。

(あれ?)

 もう一度回してみるがびくともしない。左に回しても右に回しても同じだった。

(まさか外から鍵が? 閉じ込められた……?)

 美栄は青ざめると窓へと向かった。しかし、ドアと同じでこちらもピクリとも動かなかった。

(内鍵は開いているのに……)

 揺すっても叩いても全く反応がない。
 何の音もしないのは流石におかしいのではないだろうか。
 美栄は窓がどうなっているのかしげしげと見つめた。そして、強い妖力で固定されているのに気付く。

(何これ……)

 実は一条堀河宮に到着した時から、微弱な妖力を感知してはいた。だがここが皇宮の鬼門封じになっているのは有名な話だ。だからその影響なのだと勝手に解釈していた。

(逃げなきゃ)

 美栄は恐怖に震え、衝動的に近くにあった花瓶を窓に向かって投げつけた。
 しかし花瓶は窓に当たる前に消滅する。

《夜中に不審な動きをされては困ります、美栄様》

 部屋全体に響き渡るような声がしたかと思ったら、使用人の女が突如として目の前に現れた。
 確か名前は一花と言っただろうか。美栄の応対をした人物である。

「部屋を抜け出して、一体何をなさるおつもりだったんですか?」

 一花が告げると同時に、室内は異様な妖力に満たされた。
 美栄は恐怖に硬直する。
 どうして気付かなかったのだろう。彼女は人間ではない。

「何でこんな所に禍物(まがもの)が……。あ……、宮様の式神……?」

 疑問は自己解決したが畏れは消えない。
 この禍物はとても強い。美栄では到底太刀打ちできないくらいに。

「既に皆様お休みになっています。美栄様もどうかお休みください」

 妖力が更に濃密になり、息ができなくなった。
 途端に目の前が霞み始める。

(私、まさかこのまま……)

 その思考を最後に、美栄の意識は闇の中に飲み込まれた。



   ◆ ◆ ◆



 次に目が覚めた時、美栄は見覚えのない部屋の中にいた。
 自分が横になっていた布団の傍には糸車と織機が置かれていて、普段霊布を織る時の作業部屋とよく似ていた。
 畳張りの床に白塗りの壁、おかしなことに、横長の窓が天井付近に付いている。

(ここはどこ?)

 首を傾げつつも美栄は布団から体を起こし、唯一の出入り口である木の扉に手をかけた。
 しかし、外から鍵がかかっているようで、ガタガタと鳴るだけで押しても引いても開けられない。

(まさかまだあの禍物が私を閉じ込めているの?)

 頭の中に浮かんだのは一花の顔だ。
 美栄は眉をひそめると、織機の前に置かれていた椅子を使って、随分と高い位置にある窓から外を覗いてみた。
 そこから見えたのは、見覚えのある景色だった。
 ポンプ式の井戸と屋根付きの洗濯場、その傍に生えている曲がりくねった松の木――。
 どう見ても見慣れた生家の裏庭である。

(気を失っている間に戻ってきたって事!?)

 美栄はさあっと青ざめた。

(ここはどこなの? こんな部屋、私、知らない!)

 どうやらこの部屋は、半地下に位置しているようだ。
 唯一の出入り口である鉄製の扉には、目線の位置に鉄格子が取り付けられており、その向こう側は板で塞がれている。
 また、天井近くの窓も同様で、仮に格子が外せたとしても人間が通れる大きさではない。

(何で私、こんな所に……)

 青ざめた美栄は、椅子を飛び降りると扉にかじりついた。

「お母様! 誰か! 私をここから出して!」

 扉を叩いて声を張り上げる。

「この部屋は何なの!? お願い、誰か来て!」

 喚いても扉を思い切り叩いても誰も来る気配がない。
 手と喉が限界を迎え、美栄は打ちひしがれてその場に座り込んだ。
 その直後、足音が聞こえた。
 誰かが来たのだ。
 少し待っていたら、扉の鉄格子を塞ぐ板が上に開いて母の勢津子が顔を覗かせた。

「随分と騒がしいと思ったら……。美栄、無事に目が覚めたのね」

「お母様! ここは何なの……?」

「何代か前の当主が作った座敷牢よ。憑き物が出た時に使われていたらしいわ」

 勢津子の返事に美栄はギョッとした。

「どうして私がそんな場所に閉じ込められないといけないの!? 家出の罰!?」

「それだけではないわ。あなた、神祇卿宮様にご迷惑をおかけしたでしょう」

 母は淡々と告げると肩を落とした。

「お怒りを解いてもらえるようお話はしているけど、こうなってはあなたを跡継ぎにする事はできないかもしれない。少なくともほとぼりが冷めるまではそこからは出してあげられない」

「そんな、私、迷惑なんてかけてない!」

「お約束もなしに押しかけて、あちらのご好意で泊めていただいたというのに、真夜中にお住まいを物色しようとしたそうね! それを聞いた時私がどれだけ恥ずかしかったか……!」

「違う! それは誤解よ!」

「お黙りなさい! 宮様が嘘をつく訳ないでしょう! 自分勝手な言い分を並べ立てて宮様に取り入ろうとしたとも聞いているわ。この恥さらし!」

 母親から始めて罵倒され、美栄は呆気にとられた。

(宮様に取り入ろうとしたのはお母様も一緒じゃない!)

「戸棚の引き出しに蚕草の実を入れてあるわ。心を入れ替えて真面目に霊布を織るのね」

 勢津子は冷たく告げると、扉の覗き窓を閉ざした。

「待って! お母様! ここから出してよ!」

 美栄は扉に取り付いて大声で叫んだ。しかし足音は無情にも遠ざかり、やがて聞こえなくなった。