灰被りの剣姫と帝國の皇子

 寧々が応接室を出ると、扉の前には一花が立っていた。

「寧々様、事情は千晃様からお聞きしております。疲れていらっしゃるでしょうからお部屋にお戻りください」

「はい……」

 やはり念話で伝達済みだった。
 体良く追い払われたのだと突きつけられたことが辛くて、寧々は逃げるように二階の私室へと戻る。
 帝都見物に出かけて楽しかった気持ちが台無しだ。
 寧々は深く息をつくと、ソファに座り込んでだらしなく背中を預けた。

(私、まともに受け答えできなかった)

 千晃は失望したに違いない。

 こんな愚鈍な娘だけでは不安だからと、美栄の要望を聞き入れてもおかしくない。
 勢津子は千晃が口利きすれば美栄の出仕を許すだろう。美栄は織姫だが代わりになれる人間はいる。

(そんなの嫌……!)

 寧々は自分の唇を噛んだ。
 嫌だと思ってしまう自分にも嫌悪感が湧いた。
 年頃の娘である美栄が帝都に憧れて、自分もこちらで働きたいと考えるのは当たり前だ。



「随分としみったれた顔ね」

 鬱々と考え込んでいたら足元から小夜の声がした。
 いつの間に入り込んだのか、そこには尾を二本持つ黒猫の姿があった。

「美栄って言ったっけ? 妹の名前を聞いた時から負け犬みたいになり始めたから、様子を見に来てあげたの」

 恩着せがましく告げると、小夜はぴょんと寧々の膝の上に飛び乗った。

「頭と背中なら撫でていいわよ」

「えっと……ありがとうございます」

 気を遣っているのだろうか。
 寧々はおずおずと手を伸ばして小夜の頭に触れた。
 なめらかでふわふわでとても触り心地がいい。

「寧々は無断で私に触ろうとしないのね。そこは評価してあげる。人間の中には、私を見るなり体のあちこちに触ろうとしてくるとても無礼な輩が多いのよ」

 小夜は目を細めた。
 彼女の気位が高いことは少し話しただけでもわかる。
 愛らしい見た目と綺麗な毛並みに惹きつけられたが、許しも無いのに触るなんて寧々にはできなかっただけだ。

「心配しなくてもあの小娘なら、追い出すために千晃がうまく言いくるめているはずよ」

「本当に千晃様は断ってくれるでしょうか……」

「何で自信なさそうなのよ。あんたは羽々斬の適合者で西洋の呪詛に対する切り札なのよ? 体も心も万全の状態にしてもらわないと困るの。あんな子がいたら邪魔なだけでしょうが。あんたの精神状態が悪くなるんだから」

 小夜はちらりと寧々に視線を向けた。

「あの小娘、織部でも鬱陶しかったのよね。何かにつけて千晃に媚びてまとわりついて。千晃は表面上取り繕ってたけど、誰も見ていない所ではため息をついていたわ。あの手の女を千晃が傍に置くとは思えない」

 きっぱりと告げると、小夜は尻尾を左右にゆっくりと振った。
 その直後である。コンコンとドアを叩く音がした。

「寧々さん、美栄さんのことでお話があります。少しいいですか?」

 訪問者は千晃だった。

「ほら来た」

 小夜は得意げに告げると、寧々の膝の上からひらりと飛び降りてドアの前に移動した。

「今開けます」

 寧々はソファから立ち上がった。
 ドアを開けると、気遣わしげな表情の千晃が立っていた。
 小夜はするりとドアから抜け出して、彼の足にまとわりつく。

「ありがとう、小夜」

 千晃が声をかけると、小夜は千晃を見上げてニャアと鳴いてから影の中へと飛び込んだ。

「……どうぞ、お入りください」

 寧々は千晃を招き入れて椅子を勧めると、その向かい側に座る。

「単刀直入に本題から話しますね。美栄さんは織部に帰します。ここに雇い入れたりはしないのでまずは安心してください」

 千晃はきっぱりと言い切った。

「穏便に話を進めたかったのであの場では言えませんでしたが、不安にさせてしまいましたよね。申し訳ありませんでした」

「そんな、謝らないでください」

 寧々は謝罪されて慌てた。

「寧々さんとの確執がなくても、約束もなしに突然ここに来るような方を傍に置こうとは思いません。俺は美栄さんのように強引に距離を詰めてくる女性は苦手です」

 千晃は顔をしかめた。
 その表情を見た瞬間、寧々の中の暗い感情がすうっと消える。

(私、馬鹿だ)

 寧々は美栄への苦手意識のあまり気が動転して、まともな思考ができなくなっていた自分にようやく気付いた。

「美栄さんをここに泊めることになって申し訳ありません。この時間から女性一人で放り出すのはさすがに……」

 千晃の謝罪に寧々は慌てて首を横に振った。

「いえ、大丈夫です。身内がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「寧々さんのせいではありませんので謝らないでください。織部からの霊布の納品は明日だったような気がするんですよね……。なるべく早くお帰りいただきますので少しだけ辛抱してください」

「お気遣いくださってありがとうございます」

 寧々はもう一度頭を下げた。