玄関ホールに入ると、物憂げな顔をした一花が何もない空間から現れた。
「お帰りなさいませ、千晃様、寧々様」
「ただいま、一花。寧々さんの妹を名乗る客人はどこに?」
「応接室にお通しして――」
「あっ! 神祇卿宮様!」
一花の返事を遮って、聞き覚えのあるかん高い声が響き渡った。
声の方向に視線を向けた寧々はギョッとする。
ほど近くにある応接室の扉から美栄が顔を出していた。
「お帰りなさい! ようやくお会いできました」
街に繰り出す時に使った目くらましの神術は既に解けている。
美栄は応接室から出ると、こちらに駆け寄ってきた。
(何て失礼な)
皇族に対するとは思えない美栄の態度に寧々は唖然とする。
千晃も一花もおそらく同じような感想を抱いている。二人とも驚いた顔で美栄を見ていた。
「……もしかしてお姉様?」
美栄は目の前までやってくると、まじまじと寧々の顔を見つめて首を傾げた。
疑問形なのは、一花にやってもらった化粧と髪型のせいだろうか。
「わあ、凄い! 里にいた時と全然違う! 綺麗になりましたね!」
はしゃいだ様子で褒められて寧々は面食らう。
「凄くいいお着物だしその簪も可愛い。宮様に大切にされているのね……」
美栄はうっとりとした視線を寧々に向けてきた。
目の前にいる人物は本当に妹なのだろうか。
寧々はまじまじと彼女を観察する。
着物も髪型も少し乱れているが、どこからどう見ても外見は美栄そのものだった。
「……美栄さんはどうしてこちらに?」
困惑の表情で千晃が尋ねた。すると美栄の視線が寧々から彼に移動した。
「お姉様に会いに来ました!」
「私に……?」
戸惑いながら聞き返すと、美栄はこくりと頷いた。
「はい。だってお姉様、何も言わずに出て行ってしまったから……。私、お祝いとこれまでの事を謝りたくって! ごめんなさい、お姉様。私、周りに流されて酷い事を色々と言ってしまったわ。お姉様は宮様に見初められるくらい素晴らしいものをお持ちだったのに……」
寧々は再び唖然とした。
これまで汗臭いだの女らしくないだの、言葉だけでなく汚物を見るような目を向けてきたというのに。
露骨すぎる手の平返しは勢津子そっくりだ。
「織部の里の周りは禍物だらけですよね? 一体どうやってここまでいらっしゃったんですか?」
質問をした千晃はまだ困惑の表情をしている。
「神祇庁に霊布を納品する荷車が出ると聞いたのでそこに潜り込みました。気配を隠す神術を使ったらうまくいったので自分でもびっくりしました。あ、でも見つかったらまずいから途中で降りたんです。そこからは汽車と路面電車を乗り継ぎました」
美栄は得意げに説明した。
「すっごく大変だったんですよ! 切符を買うのに手間取ったり、乗る電車を間違えそうになったり……。でも何とかたどり着けてよかったです。何度か遊びに来たことがあるから、帝都に到着すればどうにかなるとは思ったんですよね」
「……わかりました。続きは応接室で聞きます」
「はい!」
美栄はきらきらとした眼差しを千晃に向けた。
「寧々さんは部屋に戻られますか?」
千晃の質問に寧々は首を横に振った。
「同席させてください」
美栄が千晃に対してどんな失礼を働くかわかったものではない。
あまりにも目に余るようなら止めなければいけない。
使命感から寧々は同席を望んだ。
「寧々さんはこちらに」
応接室では、千晃の指示で寧々は彼の隣に座ることになった。美栄は千晃の真正面だ。
全員が席に着くと、一花がお茶を運んでくる。
いつものように突然現れるのではなく、歩いて入室してきたのは美栄への配慮だろうか。
一花が下がってから千晃は口を開いた。
「美栄さん、いくつか確認しておきたいんですがいいですか?」
「何でしょうか?」
美栄は姿勢を正して返事をする。
「随分と思い切った大冒険の末にここにたどり着いたようですが、勢津子さんには無断で家を出てこられたということですよね?」
「はい。だって帝都に行きたいと言っても止められるに決まっています。だからこっそり家を出てきました」
「きっと心配されていますよ。騒ぎになっているのではないでしょうか」
「お姉様がいなくなるのを教えてくれなかったお母様がいけないんです。ねえお姉様、一人で帝都に出仕するなんて、心細かったのではありませんか?」
美栄から突然水を向けられて寧々は硬直する。
「……そ、そんなことは……。千晃様はよくしてくださったから……」
「まあ! 宮様の前だから取り繕っていらっしゃるのね! 帝都にお一人で寂しくない訳がありません!」
うまく言葉が出なくてしどろもどろになりながら答えると、美栄が主張を被せてきた。
「お姉様、たった一人の妹である私には遠慮しないでください。宮様、お姉様はこの通り、自分の考えを口に出すのが苦手なんです。ですから私、お姉様を支えて差し上げたくてここに来たんです」
(遠慮なんてしてない!)
――と言いたかったが、勢津子の般若のような顔が頭の中をちらついた。
美栄は寧々が気に入らない発言をするとすぐに勢津子に告げ口をした。すると勢津子は寧々を一方的に悪者にして叱りつけた。
勢津子はこの場にいないのに、その時の記憶が蘇って体が自分のいうことを聞いてくれない。
「私、機織りだけでなくお裁縫にも自信があるのでお役に立てると思います!」
美栄はうるうるとした目を千晃に向けた。
妹がここで暮らすのは嫌だ。また里にいた時のように小さくなって生活しなくてはいけなくなる。
でも里では美栄のおねだりに誰もが弱かった。
(千晃様はどうされるの……?)
寧々は彼の様子を窺った。
千晃は興味深そうな視線を美栄に向けている。
その表情を見た瞬間、寧々は目の前が真っ暗になった。
だが――。
「……困りましたね。ご要望に添えず申し訳ありませんが、美栄さんをここで雇い入れる事はできません」
千晃の返事に寧々は目を見張った。
美栄もまた驚いた表情をしている。断られるとは思ってもみなかったという顔だ。
「どうしてですか? 私、お姉様に謝ったし、凄く苦労してここまで来たんですけれど……」
(だから何?)
里から帝都までどんなに苦労してたどり着こうが、無茶苦茶な理論を振りかざす理由にはならない。
やっぱり声は出せなかったけれど、寧々は心の中で反論した。
「美栄さんはまだ未成年ですよね? 母君の承諾を取れていない方を出仕させる事はできないです」
千晃の返事は至極まともだった。
「……お母様がいいって言ったらいいんですか?」
ふくれっ面だった美栄の表情が変わる。
「はい。前向きに検討します」
「わかりました! じゃあお母様にちゃんと気持ちをお話してお許しを貰います」
美栄は満面の笑みを浮かべた。
寧々は妹を正視できなくて目をそらす。
「勢津子さんから許可を貰うためにも、一度家にお帰りください。きっと心配されていると思います。今から織部の方に連絡を取って里まで無事に帰れるように手配をします」
「えっ? もう真っ暗なのに帰れって言うんですか?」
「いえ、今日中に出立するのは無理だと思いますので、よかったらこちらに滞在してください」
「ここに泊めてくださるんですか!?」
美栄はキラキラとした目を千晃に向ける。
「帝都は治安がいいとは言えませんからね……。部屋を用意させます」
千晃はそう告げてから寧々に視線を向けた。
「寧々さん、申し訳ないんですが、一花に伝えてきてもらえますか?」
「……はい」
千晃と一花は念話で意思疎通ができるはずである。
(私を追い出したいの……?)
寧々はそう解釈すると、暗い気持ちで席を立った。
「お帰りなさいませ、千晃様、寧々様」
「ただいま、一花。寧々さんの妹を名乗る客人はどこに?」
「応接室にお通しして――」
「あっ! 神祇卿宮様!」
一花の返事を遮って、聞き覚えのあるかん高い声が響き渡った。
声の方向に視線を向けた寧々はギョッとする。
ほど近くにある応接室の扉から美栄が顔を出していた。
「お帰りなさい! ようやくお会いできました」
街に繰り出す時に使った目くらましの神術は既に解けている。
美栄は応接室から出ると、こちらに駆け寄ってきた。
(何て失礼な)
皇族に対するとは思えない美栄の態度に寧々は唖然とする。
千晃も一花もおそらく同じような感想を抱いている。二人とも驚いた顔で美栄を見ていた。
「……もしかしてお姉様?」
美栄は目の前までやってくると、まじまじと寧々の顔を見つめて首を傾げた。
疑問形なのは、一花にやってもらった化粧と髪型のせいだろうか。
「わあ、凄い! 里にいた時と全然違う! 綺麗になりましたね!」
はしゃいだ様子で褒められて寧々は面食らう。
「凄くいいお着物だしその簪も可愛い。宮様に大切にされているのね……」
美栄はうっとりとした視線を寧々に向けてきた。
目の前にいる人物は本当に妹なのだろうか。
寧々はまじまじと彼女を観察する。
着物も髪型も少し乱れているが、どこからどう見ても外見は美栄そのものだった。
「……美栄さんはどうしてこちらに?」
困惑の表情で千晃が尋ねた。すると美栄の視線が寧々から彼に移動した。
「お姉様に会いに来ました!」
「私に……?」
戸惑いながら聞き返すと、美栄はこくりと頷いた。
「はい。だってお姉様、何も言わずに出て行ってしまったから……。私、お祝いとこれまでの事を謝りたくって! ごめんなさい、お姉様。私、周りに流されて酷い事を色々と言ってしまったわ。お姉様は宮様に見初められるくらい素晴らしいものをお持ちだったのに……」
寧々は再び唖然とした。
これまで汗臭いだの女らしくないだの、言葉だけでなく汚物を見るような目を向けてきたというのに。
露骨すぎる手の平返しは勢津子そっくりだ。
「織部の里の周りは禍物だらけですよね? 一体どうやってここまでいらっしゃったんですか?」
質問をした千晃はまだ困惑の表情をしている。
「神祇庁に霊布を納品する荷車が出ると聞いたのでそこに潜り込みました。気配を隠す神術を使ったらうまくいったので自分でもびっくりしました。あ、でも見つかったらまずいから途中で降りたんです。そこからは汽車と路面電車を乗り継ぎました」
美栄は得意げに説明した。
「すっごく大変だったんですよ! 切符を買うのに手間取ったり、乗る電車を間違えそうになったり……。でも何とかたどり着けてよかったです。何度か遊びに来たことがあるから、帝都に到着すればどうにかなるとは思ったんですよね」
「……わかりました。続きは応接室で聞きます」
「はい!」
美栄はきらきらとした眼差しを千晃に向けた。
「寧々さんは部屋に戻られますか?」
千晃の質問に寧々は首を横に振った。
「同席させてください」
美栄が千晃に対してどんな失礼を働くかわかったものではない。
あまりにも目に余るようなら止めなければいけない。
使命感から寧々は同席を望んだ。
「寧々さんはこちらに」
応接室では、千晃の指示で寧々は彼の隣に座ることになった。美栄は千晃の真正面だ。
全員が席に着くと、一花がお茶を運んでくる。
いつものように突然現れるのではなく、歩いて入室してきたのは美栄への配慮だろうか。
一花が下がってから千晃は口を開いた。
「美栄さん、いくつか確認しておきたいんですがいいですか?」
「何でしょうか?」
美栄は姿勢を正して返事をする。
「随分と思い切った大冒険の末にここにたどり着いたようですが、勢津子さんには無断で家を出てこられたということですよね?」
「はい。だって帝都に行きたいと言っても止められるに決まっています。だからこっそり家を出てきました」
「きっと心配されていますよ。騒ぎになっているのではないでしょうか」
「お姉様がいなくなるのを教えてくれなかったお母様がいけないんです。ねえお姉様、一人で帝都に出仕するなんて、心細かったのではありませんか?」
美栄から突然水を向けられて寧々は硬直する。
「……そ、そんなことは……。千晃様はよくしてくださったから……」
「まあ! 宮様の前だから取り繕っていらっしゃるのね! 帝都にお一人で寂しくない訳がありません!」
うまく言葉が出なくてしどろもどろになりながら答えると、美栄が主張を被せてきた。
「お姉様、たった一人の妹である私には遠慮しないでください。宮様、お姉様はこの通り、自分の考えを口に出すのが苦手なんです。ですから私、お姉様を支えて差し上げたくてここに来たんです」
(遠慮なんてしてない!)
――と言いたかったが、勢津子の般若のような顔が頭の中をちらついた。
美栄は寧々が気に入らない発言をするとすぐに勢津子に告げ口をした。すると勢津子は寧々を一方的に悪者にして叱りつけた。
勢津子はこの場にいないのに、その時の記憶が蘇って体が自分のいうことを聞いてくれない。
「私、機織りだけでなくお裁縫にも自信があるのでお役に立てると思います!」
美栄はうるうるとした目を千晃に向けた。
妹がここで暮らすのは嫌だ。また里にいた時のように小さくなって生活しなくてはいけなくなる。
でも里では美栄のおねだりに誰もが弱かった。
(千晃様はどうされるの……?)
寧々は彼の様子を窺った。
千晃は興味深そうな視線を美栄に向けている。
その表情を見た瞬間、寧々は目の前が真っ暗になった。
だが――。
「……困りましたね。ご要望に添えず申し訳ありませんが、美栄さんをここで雇い入れる事はできません」
千晃の返事に寧々は目を見張った。
美栄もまた驚いた表情をしている。断られるとは思ってもみなかったという顔だ。
「どうしてですか? 私、お姉様に謝ったし、凄く苦労してここまで来たんですけれど……」
(だから何?)
里から帝都までどんなに苦労してたどり着こうが、無茶苦茶な理論を振りかざす理由にはならない。
やっぱり声は出せなかったけれど、寧々は心の中で反論した。
「美栄さんはまだ未成年ですよね? 母君の承諾を取れていない方を出仕させる事はできないです」
千晃の返事は至極まともだった。
「……お母様がいいって言ったらいいんですか?」
ふくれっ面だった美栄の表情が変わる。
「はい。前向きに検討します」
「わかりました! じゃあお母様にちゃんと気持ちをお話してお許しを貰います」
美栄は満面の笑みを浮かべた。
寧々は妹を正視できなくて目をそらす。
「勢津子さんから許可を貰うためにも、一度家にお帰りください。きっと心配されていると思います。今から織部の方に連絡を取って里まで無事に帰れるように手配をします」
「えっ? もう真っ暗なのに帰れって言うんですか?」
「いえ、今日中に出立するのは無理だと思いますので、よかったらこちらに滞在してください」
「ここに泊めてくださるんですか!?」
美栄はキラキラとした目を千晃に向ける。
「帝都は治安がいいとは言えませんからね……。部屋を用意させます」
千晃はそう告げてから寧々に視線を向けた。
「寧々さん、申し訳ないんですが、一花に伝えてきてもらえますか?」
「……はい」
千晃と一花は念話で意思疎通ができるはずである。
(私を追い出したいの……?)
寧々はそう解釈すると、暗い気持ちで席を立った。
