灰被りの剣姫と帝國の皇子

 千晃が戻ってきたら教えて欲しいと一花に頼んでおいたのだが、気が付いたら朝になっていた。

(あれ、私、ベッドに入ったっけ……?)

 寧々は自分が柔らかな寝具に包まれているのに気付き、首を傾げながら体を起こした。

「おはようございます、寧々様」

 中空から声が聞こえたかと思うと、一花が部屋の中央に現れる。

「一花さん、私、昨日はそちらで眠ってしまったと思うんですけど……」

 寧々は体を起こすと、長椅子を指さして尋ねた。

「はい。千晃様を待つうちに眠り込んでしまわれました。そのままでは風邪を引くと思ったので、私がベッドに移動させました」

「そうだったんですね。ありがとうございます。千晃様はいつ頃お戻りになったんでしょうか?」

「日付が変わる少し前くらいです。寧々様は既にお休みでした。起こさなくていいという千晃様のお言葉もありましたのでそのままにいたしました」

「居候なのに出迎えもせず……。何だか申し訳ないです」

「千晃様はそのようなことを気になさる方ではありませんからご安心ください。きっと慣れない環境でお疲れになったんでしょうね」

 一花はずっと優しい。だからこそいたたまれず、寧々は肩を落とす。

「千晃様はもしよろしければ朝食を一緒にと仰せつかっております。昨日と同じようにお手伝いいたしますね」

 一花はにっこりと微笑むと、壁際の箪笥に移動した。



   ◆ ◆ ◆



 食堂に入ると、今朝は千晃の方が先に席に着いていた。今日も彼は神祇官の制服姿である。

「おはようございます、寧々さん」

 寧々の姿を見ると彼の方から声をかけてくる。

「おはようございます、千晃様」

「昨日は夜遅くまで俺を待っていてくれたそうですね。早く帰れなくて申し訳ありませんでした」

 寧々が席に着くのを待って、千晃は頭を下げてきた。

「遅くなったのは自業自得なんです」

「自業自得……?」

「仮病を使って一週間ほどずる休みをしたので……」

 思ってもみなかった理由に寧々が目を丸くすると、千晃はバツが悪そうな顔をした。

性質(たち)の悪い風邪にかかったことにしました。そうでもしないとこっそり出かけられないので……。どうしても神託の内容を自分の目で確かめてみたかったんですよね」

「そんなことして大丈夫ですか?」

「いいか悪いかでいうとよくないですが、普段は真面目に振舞っているので誰も疑っていませんでした」

 しれっと答える千晃に寧々は唖然とした。
 この皇子様は、物腰こそ穏やかで丁寧だが割といい性格をしているようだ。

「今日は袴なんですね。凛々しい雰囲気でよくお似合いです」

「はい。着物では体を動かせませんから」

 服装を褒められ、寧々は頬を染めた。
 見目麗しい彼のそんな発言は心臓に悪い。

「一花から報告を受けています。武道場に変えた大広間は好きに使ってください」

 千晃は穏やかな笑みを浮かべた。

「体を動かした後は料理に挑戦されたそうですね。花嫁修業についても聞きました。兄の件が片付いたら講師を探そうと思います」

「わざわざそんな……いいんでしょうか……?」

「嫁ぎ先で幸せに暮らしてもらわないと褒賞になりませんから、どうかお気になさらず。料理はうまく出来ましたか?」

「はい。味は美味しかったです」

 寧々は言葉を濁した。

「今日は早く帰れると思います。夕食では寧々さんの手料理を期待してもいいですか?」

「へ? 千晃様に!? 無理です!」

 首を思い切り横に振って拒否すると、千晃は眉をひそめた。

「野菜を切るのは思っていたより難しくって。不格好になってしまったんです。皇族の方にお出しできるような見た目ではありませんでした。一花さんから形を揃えた方が火の通りが均一になって美味しくなると教わりましたし……」

 寧々は一花に料理を教えてもらった時の様子を思い出しながらぼそぼそと説明した。

 包丁と刀は勝手が違って、最初は野菜に刃を通すことすら難しかった。
 刀と一緒で押すか引くかしないと切れないと教えてもらいようやく食材を切れたものの、不揃いな形になったり、完全に切れていなくて下が繋がっていたりで、とてもではないが人に見せられるような料理には仕上がらなかったのである。

「上手にできていらっしゃいましたよ」

 一花が何もないところから朝食の乗ったワゴンと一緒に現れて発言した。

「ですが、寧々様の満足できる出来栄えではなかったようです。千晃様のために何か作られるのでしたら、包丁を使わずに作れる料理はいかがでしょう?」

「そんな料理があるんですか?」

「ございますよ。すり流しとか茶碗蒸しとか……」

 一花の答えを聞いた千晃は、寧々に視線を向けてくる。

「初心者でもうまくできそうなものがあるなら……」

 寧々は眉を下げ、小声で返事をした。

「では献立を考えてみます。寧々様、一緒に頑張りましょうね」

 一花は寧々に声をかけてから、食卓の上に食事を置いてすうっと姿を消した。



「お預かりした父君の霊刀は短刀に直せるそうです」

 朝食を食べ終えると、千晃が切り出してきた。

「刃渡りは五寸(約十五センチ)ほどになりそうですが、直しますか?」

 千晃の質問に、寧々は顔を輝かせると勢いよく頷いた。

「はい! いくらかかっても構いません! 支払いは給金を頂いてからになりますけど……」

「お代は結構です。俺が持ちますよ」

「そんな……、申し訳ないです」

「衣装や食事と一緒ですよ。俺にとって刀を打ち直す費用ははした金です。それであなたの忠誠が買えるなら悪くない」

 千晃はにっこりと微笑んだ。
 寧々が食い下がっても、お金を受け取っては貰えなさそうだ。

「もし寧々さんが心苦しく感じられるのなら、早く帰れる日は出迎えてくださると嬉しいです。昨日、睡魔と戦いながら待ってくれたと一花から聞いて嬉しかったので……」

 照れくさそうな千晃の顔に寧々は見惚れた。
 全身が熱い。こんなに優しい言葉をかけられたせいだ。

「何時になっても待ちます! 私はこちらにお世話になっている身ですから」

「あなたは大切な客人です。遅くなる時は一花に伝えますから、遠慮なく先に休んでくださいね」

「はい」

 どうしてこんなに良くしてくれるのだろう。

(……私が羽々斬の適合者だからよね)

 疑問の答えはすぐに出たが、何故か心がしくりと痛んだ。