灰被りの剣姫と帝國の皇子

「そろそろお開きにしましょうか」

 寧々の息が上がったのを見計らってか、一花が声をかけてきた。

「そうですね。ありがとうございます。とても勉強になりました」

「いえ、こちらこそ勉強になりました。千晃様のお相手を務める時の参考になります」

 一花に微笑まれ、寧々は嬉しい一方で居心地が悪かった。
 千晃の態度とも共通するが、こんなに優しく丁寧に扱われるのは初めてだからどうしていいかわからない。

「汗をかかれていますね。入浴されますか?」

「えっ、今からですか? 準備が大変なのでは……」

「昨日もご説明しましたが、私の力でいつでも入れるようになっております」

 一花の発言に、寧々は昨日の入浴前の彼女の説明を思い出した。

(昨日も入ったのに)

 ちらりと思ったが、こんなに綺麗なお屋敷の中で汗臭いままでいる方がそぐわないと思い直す。

「では、お言葉に甘えてお湯を使わせていただきます」

 風呂を沸かすのは大変だ。里では週に一回だったから、いつでも入浴できるなんて信じられない贅沢である。

「着替えを用意しておきますので、入浴後はお食事の時間までゆっくりなさってください」

 一花は一礼するとすうっと姿を消した。

「え、待ってください!」

 慌てて呼び止めると、再び一花が目の前に現れる。

「いかがなさいましたか?」

「あの、何かお手伝い出来ることはありませんか? このまま上げ膳据え膳で過ごすのは心苦しくて……」

「呪詛を斬る日まで心身ともに健やかに過ごすのが今の寧々様のお仕事です。どうかお気になさらないでください」

「そう言われても……」

 寧々は眉を下げた。今の自分は鏡で見たらさぞかし情けない顔をしているだろう。

「…………では、食事の支度を手伝っていただけますか? 入浴の後で結構ですから」

 一花は少し考えてから提案した。

「もちろんです!」

 寧々は勢いよく頷いた。



   ◆ ◆ ◆



 一条堀河宮の厨房は土間にかまどが据え付けられていた里の実家と違って近代的だ。
 舶来の焜炉(こんろ)にステンレスの流し台、木製の立派な冷蔵庫――。
 婦人向けの雑誌に載っていた豪邸の厨房がそのまま目の前にある。
 手伝えることがあるのが嬉しくて意気揚々と移動した寧々だったが、たどり着いてから消沈した。
 これまで厨房とは無縁の生活を送っていたのを失念していたのだ。

「あの、私、料理をしたことがないんですけどお役に立てるでしょうか……」

「あら、そうなんですか?」

「はい。お手伝いさんがいたので……。このままでは駄目ですよね。結婚したらきっと料理をしなくてはいけなくなるわ……」

 千晃には身分の釣り合う相手を紹介して欲しいとお願いしている。
 彼の紹介だと官吏か軍人か……使用人を雇えるほど裕福な家柄の男性は想定していない。そんな相手を紹介されたら間違いなく気後れする。

「どうしよう……。私、料理どころか他の家事もまともにできないと思います」

「私は妖力を使って家事をしているので普通のやり方は自信がないですね……。花嫁修業については千晃様に相談してみましょう。私から伝えておきます」

「ありがとうございます!」

 寧々は一花に頭を下げた。

「料理は作り方だけならお教えできるかも……? やってみますか?」

 一花は少し考えてから提案してきた。

「はい! あ、ご迷惑でないなら……」

「迷惑だなんて! 人に教えるのは初めてなので、わかりにくいところがあったらご指摘ください」

 一花は微笑みながら告げると、少しずれて厨房に寧々の立つ場所を作った。