灰被りの剣姫と帝國の皇子

 晃成は神祇庁の公用車で千晃を迎えに来ていた。
 そのエンジン音が遠ざかるまで見送ってから、寧々は一花から一条堀河宮の中を案内してもらった。

 大広間に居間、書庫――ほとんどの部屋が洋室だったが、二階には一部屋だけ畳張りの茶室があった。
 どの部屋にも共通しているのは、贅を凝らした造りになっているということだ。
 広さは里の実家とそう変わらないが、車庫があって自家用車が置かれていたから驚いた。

「この車は千晃様が運転なさるんですか……?」

「ええ。たまに」

 自動車は富裕層の乗り物だ。
 寧々は思わずまじまじと見つめた。

「お願いすれば乗せてくださると思いますよ」

 一花はにこっと微笑むと、建物の中に戻るように促した。

「以上が現在の一条堀河宮の内部となります。千晃様はあまり改装を好まれないので、おそらく在任中は大きく間取りを変えたりはなさらないと思います」

「一花さんの力で間取りや外観は変えられるんですよね?」

「はい。寧々様のお部屋は千晃様から変更の許可をいただいておりますので、何か変えたくなったら気軽にお申し付けくださいね」

「えっ……、変えると言われても……」

 寧々は戸惑った。
 お屋敷に相応しい内装なんて、育ちがいいとは言えないので思いつかない。

「今のままでいいです。お姫様みたいで凄く素敵なので」

「かしこまりました。それでは一度寧々様のお部屋に戻りましょうか」

「はい。あの、その前に着替えをお借りできないでしょうか? 東宮様の所にお伺いするまで日数があるので、鈍らないよう体を動かしておきたいです。でもこの格好では……」

 寧々は着物の帯に手をやった。

「そうですね。では何か見繕ってきます。寧々様はお部屋でお待ちください」

 一花はそう告げると、すうっと姿を消した。



   ◆ ◆ ◆



 一花が用意してくれたのは袴だった。
 彼女に手伝ってもらいながら着替えた寧々は、鏡に向かって袴を摘んでみる。

「よくお似合いです。女学生みたい……という表現は失礼でしょうか?」

「いえ、嬉しいです」

 若く見えるという褒め言葉だと寧々は解釈した。

「場所は中庭をお借りしてもいいでしょうか?」

「いえ、雲行きが怪しいのでよろしければ大広間をお使いください。さきほど千晃様に承諾をいただきましたので内装を変えておきます」

「承諾ってどうやって……?」

「我々式神は主人(あるじ)と離れていても繋がっております。念話でいつでも会話できるんですよ」

 一花はにっこりと微笑んだ。



 空にはいかにも雨を降らしそうな黒い雲が立ち込めていたので、寧々は一花の提案を受け入れて大広間に移動した。
 中に入ると、ついさっき案内してもらった時とは全く違う姿になっていた。
 グランドピアノが置かれた西洋風のホールだったのに、板張りの武道場に変わっている。
 壁際には木刀や弓矢など、武芸の稽古道具が整然と置かれていた。

「これって一花さんの力で?」

「はい。思う存分お稽古していただけるように変更いたしました。縁側の引き戸を開ければ庭を利用して弓術の訓練もできるようになっています」

「凄いです……」

 寧々は呆然とつぶやいた。

「千晃様より羽々斬に慣れるようにとのご指示があったかと思いますが、取り扱いには気を付けていただけますでしょうか? もし建物に刃が当たったら、私に影響が出る可能性がございます」

 付喪神も禍物の一種だから羽々斬は天敵なのだろう。寧々は袴の腰紐に挟んで持参したそれが急に怖くなった。

「今日はやめておきます」

「ご配慮いただきありがとうございます。でも、慣れるための練習はなさってくださいね」

「庭でなら大丈夫でしょうか?」

「はい」

「では、天気のいい日に試してみます」

 寧々は羽々斬の練習を諦めると、稽古道具が置かれている壁際に移動した。

「そちらの武具は霊力を込められるようになっております。よろしければご活用ください」

「はい。ありがとうございます」

 寧々は感謝の気持ちを伝えながら木刀を手に取った。



 一通り型をなぞり、一息ついたら一花が声をかけてきた。

「神祇流ですか?」

「はい。元神祇官の父に習いました。一花さんは武芸の心得があるんですか?」

「少しだけ。歴代の神祇卿宮様方の稽古相手を務めるうちにわかるようになりました」

 神祇流は神祇官の間で研鑽、継承されてきた対禍物に特化した武術である。

「よろしければお相手を務めましょうか?」

「では、是非」

 寧々の返事を聞いた一花は、頷くと手を払った。
 すると彼女の目の前に、背中から翼の生えた子馬くらいの大きさの犬が出現する。羽犬と呼ばれる妖魔だ。

「核の位置に木刀が当たれば寧々様の勝ちとさせていただきます」

 一花が宣言すると、羽犬が飛びかかってきた。

(速い!)

 寧々は咄嗟に自分の体と木刀に霊力を巡らせると、後退しながら羽犬の鼻面を木刀で叩いた。
 すると羽犬は怯み、寧々から距離を取る。
 ――かと思ったら咆哮とともに火球を吐いた。

 寧々はすんでのところで回避する。炎が掠めたところに熱を感じた。
 まともに当たればただでは済まない。本能的に理解した。
 続いてまた火球が放たれる。寧々は霊力を込めた木刀で防ぎながら核の位置を探知した。

(あった!)

 背中の中ほど。そこに妖力が凝縮している。

 寧々は火球をかいくぐり、一気に羽犬までの距離を詰めた。
 だが一筋縄ではいかない。羽犬は火を吐くのをやめ、こちらの首を狙い噛み付こうとしてくる。
 寧々はすっと身を引いて羽犬の攻撃を空振りさせると、木刀を脳天に叩き込んだ。
 羽犬はそのまま床に倒れ込む。寧々は間髪入れずにその上に乗ると、核の位置に木刀を突き立てた。

「お見事です」

 一花が拍手をした。それと同時に羽犬がすうっと消える。

「容赦がなくて驚きました。へまをした場合、怪我で済んだんでしょうか?」

 寧々は顔をしかめて尋ねた。

「寸止めするつもりでしたが、掠めたらお怪我をされたかもしれません。ですが、それくらいでなければ実りのある稽古にはならないのでは?」

「……確かにそうですね。緊張感があってとても実践的でした。少し休んでからもう一度お願いしてもいいでしょうか?」

 寧々の返事を聞いた一花は、わずかに目を見張ってからにっこりと微笑んだ。

「もちろんです」