奥様は泥棒

翌朝のことである。

ピンポーン!

ピンポーン!

ピンポンピンポンピンポーン!

壊れんばかりのチャイムの音に、和歌子は目を覚ました。

リビングのソファーから起きあがると、寝癖だらけの夏彦が頭を抱えながら廊下へと向かっていった。

ドアを開けたその瞬間に、突風のような勢いで3人の男女がなだれ込んできた。

昨日の姉にくわえて、厳格そうな顔つきの父親と見るからに世話焼きそうな母親だ。

「夏彦、どういうことなの!?

急に結婚だなんて!」

「そうだぞ、親に何の相談もなく勝手に…そちらが和歌子さんか!?」

雷のような父親の一声に、和歌子はすぐさまに“女優モード”のスイッチを入れた。

両手を前で揃えて、いかにも慎ましやかなお辞儀をする。

「初めまして、突然のことで驚かせてしまって本当に申し訳ありません」

「まあ、なんてかわいらしい子…って、騙されないわよ!」

母親が腕を組んで、鋭い視線を向けてきた。

「夏彦、お前は今まで浮いた話がひとつもなかったじゃないか!

どうせ両親にお見合いを迫られたからって、テキトーな女性にお金を払って頼んだんじゃないでしょうね!?」

(勘が鋭いババアだな…!)

和歌子は心の中でチッと舌打ちをした。

「い、いや…そ、そんな訳がないだろ!」

夏彦は冷や汗ダラダラで、必死に弁明しているが完全に劣勢である。

このままだと偽装がバレて警察沙汰になりかねない。

(ーーやるしかないわね…)

和歌子はふっと伏し目になると、小さく肩を震わせ始めた。


「ーー違います」

「えっ?」

「ーー全部…全部、私のせいなんです…」

両親と姉の動きがピタリと止まったのを確認すると、和歌子はゆっくりと顔をあげた。

その目には、いつの間にか溢れんばかりの涙が溜まっていた。

「私は、家族と言うものを知らずに育ちました…。

幼い頃に両親が離婚して、母に引き取られたのですが…母は、新しい男を作って私と兄を捨てて逃げたんです…」

「えっ…?」

母親の表情が引きつった。

一方の夏彦は何が始まったんだ…と、言わんばかりに目を丸くしているが、和歌子の独壇場は止まらなかった。

「その後は父の元へ送られましたが、父も新しい奥さんと暮らすのに私たちが邪魔だったようで…親戚の家に押しつけられました…。

親戚からは毎日「厄介者」だ「邪魔者」と嫌味を言われて…一緒に育った兄は中学に入ると荒れて不良になり、今もどこで何をしているかもわかりません…」

ポロポロと大粒の涙が、和歌子の頬を伝い落ちる。

迫真の演技だった。

声の震えも、視線の落とし方も、完全に“不幸な生い立ちを背負った少女”そのものである。

「両親に捨てられて、親戚からも厄介者扱いされた私には…温かい家庭を持つ資格も、お母さんになる資格もありません…。

だから、夏彦さんのお誘いも最初は断ったんです!

私みたいな人間が、夏彦さんやご家族の皆様に迷惑をかけてしまうからって…!」

最後は顔を覆って、和歌子はしゃくりあげるように泣き崩れた。

静寂が部屋を支配した。

(どうよ、完璧なストーリーでしょ!)

和歌子は心の中でドヤ顔を決めて、隣にいる夏彦に視線を向けた。

彼は嘘のクオリティが高過ぎないか…?と言いたげな、見たこともない顔でフリーズしていた。

次の瞬間だった。

「うああああん!」

母親が激しく号泣しながら、和歌子を力いっぱい抱きしめてきた。

「なんて、かわいそうな子なのよ…!

ごめんなさいね、和歌子さん!

私たち、何も知らずにあなたにひどい言い方をして…!」

「和歌子さん、今までずっと苦しかっただろうに…よくぞ耐えて生きてきてくれた…!」

頑固そうだった父親まで、ハンカチで目元を押さえてボロボロと涙を流している。

「夏彦、和歌子ちゃんを泣かせたら一生許さないからね!」

姉も夏彦の背中をバシバシとたたいていた。

「これからは私たちがあなたの本当の家族よ!

美味しいものをいっぱい食べて、思いっきり甘えなさい!」

「そうだ、結婚式も盛大にやろう!

費用は全部俺が出そうじゃないか!」

「え…ああ、はい…ありがとうございます…」

怒涛の同情と愛情の嵐に、今度は和歌子のほうが引きつった笑顔になる番だった。

(何かえらいことになっちゃった…)

「和歌子ちゃん、体にいい高級和牛とメロン置いておくからね!

夏彦、しっかり和歌子さんを支えるのよ!」

嵐のような愛を撒き散らして、目元を真っ赤にした両親と姉は大満足の様子で帰っていったのだった。