御馳走を食べていたら自分が食べられそうになった

鐘の音を聞いた店員が顔をあげ私を見た。

そして、ひとなつっこい笑顔をうかべ、

「どうぞ、お好きな席におかけください」

といった。

私は店員のちかくの席に腰かけた。

腰をすこし落とすだけで丸いクッションは、見事にお尻にフィットした。

足元にリュックサックを置く。

店員は、白いコック服を着て、黒いエプロンを腰にまいている。

腕時計や指輪はつけておらず、爪はしっかりと切られており白い部分が見えない。

お腹は、いままでたっぷりと美味しいものを食べてきましたよ、と主張しぽっこりと膨れている。


麦茶のパッケージのひとのように目尻はたれ、愛嬌がある笑顔を浮かべている店員は、

「ウェルカムドリンクとなります」

といい、細長いシャンパングラスを目のまえに置いてくれた。

店員がそそいだ瓶のラベルを見ると、シャンパーニュ地方で造ったスパークリングワインしか名乗ることのできない名前が書かれている。

寒気が頭から背骨をとおり腰に到達し、ぞッとひえあがった。

私のお給料で、あのお酒を飲む店の勘定をはらえるだろうかと心配した。


私の様子に気づいたのか、店員は、

「こんなところです。めったに人はきません。おまかせであれば勉強させてもらいます」

といいながら、電卓をたたき、金額を提示してくれた。

都内でシャンパンを一杯飲んだほどの金額だった。

これなら懐もいたまないと安心した私は、

「おまかせでお願いします」

といい、シャンパングラスをかたむけ、ぴちぴちと泡が跳ねまわる気品ある液体を飲んだ。

一瞬だけ目もくらむような明るい閃光が口のなかで炸裂した。

太陽をたっぷりとあび、地面から栄養を吸収した果実であるブドウの健康的な旨味が弾ける。

それはくどくなく、もたれず、どこまでも澄んだピッコロの高音のような鮮やかな味わい。

するするとアルコールは胃のなかにはいりこみ、胃をあたため、体に元気をとりもどしてくれた。

あの抹香くさい精進料理の跡は、いまやどこにもない。



店員は、生ハムを調理台に置き細長い包丁で赤い身と白い脂を削っている。

名人技のように薄くはなく、厚みがある。

厚めに切った生ハムを、斜めに切ったフランスパンのうえに、こんもりとのせた。

フランスパンは、こんがりと焼きあげられ、黒くなる直前の茶色に焼きあげられている。

すこしだけフランスパンの熱にあぶられ、白い豚の脂が溶けた馥郁たる香りが鼻にとどいた。

生ハムの赤い肉のうえに、フランスの白いバターをのせ、さらには光を吸収して黒光りする小さい宝石といわれるキャビアを惜しげもなくのせた。

豪華絢爛な具をのせた三つのフランスパンを白いお皿のうえにのせ、私の目のまえに置いてくれた。


ほんとうに開いた口がふさがらない。

あの提示された値段で本当に大丈夫なのか、ぼったくりではないのだろうか、と顔にでていたのだろう。

「大丈夫ですよ、あのお値段しかいただきません」

店員はいった、口角をすこしあげながら。

私は安心して具が落ちないようにフランスパンをとりあげ、口にはこんだ。

ぱりッとした食感がはじけるたびに、小麦の甘みが飛びだす。

フランスパンには見事な空洞があり食感はかるい。

フランスパンと生ハム、バター、キャビアが口のなかで混ざりあい、溶けあい、旨味の混沌がうまれ、なにも考えられず、腰に力がはいらなくなる。

「おかわりです」

店員はいいながら新しいシャンパンをそそぎいれてくれた。

シャンパンを飲むと、口のなかにのこる暴れん坊と紙一重の豪奢な味わいの余韻が、きれいに洗いながされていく。

そして新しいフランスパンを口にはこび、食べ、飲みこみ、シャンパンを飲む。