御馳走を食べていたら自分が食べられそうになった

私はアスファルトではなく、使いふるされた碁石のように白いたいらな石がひきつめられた道を歩きだした。

バス一台と軽自動車がすれちがうことができるほどの道幅。

ところどころに、赤と黄色の柔らかい細長いポールがたち、歩行者はその内側を歩くように指示されている。

私のほかに歩行者はおらず、バスもタクシーも郵便局の配達員のバイクすら通っていないので道の真ん中を歩くのは気持ちよさそうだと考えながら、ポールの内側を歩きつづけた。

道の両サイドには、一階建ての家がつらなっている。

どの家も先の大戦の戦禍をまぬがれたようにふるめかしい。

木材も瓦、石すらも歴史に埋没しきったような黒色にそまっていた。

家のまえに朝顔の鉢をだし、打ち水をすれば、風光明媚な趣になるだろうにと考えながら歩きつづける。



30分以上歩きつづけていると、道の両サイドの家の数はへり、まばらになり、すこしづつ道幅はせばまり、山肌にそうように傾斜しだした。

ひたいにふきでた汗にあたる風に木々の成分がふくまれ涼しくなった。

歩きつづけていると、道は軽トラック一台が通れるほどの幅になっていた。

右手には、田畑がひろがり、穀物のおこぼれを食べようと、小さい鳥たちがチマチマ飛びまわっている。

左手には、城壁というか、垣根というか、誰も手入れをしていなさそうな腰ほどの高さの石壁がある。

その石壁は、道の左側の端にそって中国の長城のようにつづいている。

この高さでは、苦もなく侵入されてしまうだろう、などと考えつつ石壁を目印にし、スポーツドリンクを飲みつつ山道をのぼっていく。

石垣のすきまには、緑の尖った草がはえている。

四方八方にのびた草と枝。

木にまきつくツル。

風か雷になぎたおされた倒木。

石垣のすぐそばまで、手つかずの自然がせまっている。



20分以上も山道をのぼりつづけて、工業製品の人工物がはじめて目に飛びこんできた。

長方形の白い看板に、英平寺はこちらと大きく黒い文字で書かれているのが見えた。

その文字のしたには、黒い矢印があり寺の位置を指ししめている。

矢印の先に視線をむけると、急こう配の山肌に無理やり石を置き固め、つみあげ、天にむかってのびる石階段があった。

よくよく目をこらすと、階段の終着をなんとか確認することができる。

階段の終着点の向こう側は、かすかに明るくなっている。

ここまで歩かされ、さらに、この階段をのぼるのかと考えると、リュックサックの重さが肩にくいこみ、足の親指のつけ根がジンジンと痛み、腰が熱く痛くなってきた。

仕事だ、仕事と、心のなかでムチをハートにうちつけ、頭をあげ、石階段の終わりをにらみつける。

石階段の石は、たいらではなく、形も均一でなく、あげくのはてにボコボコしており、床面の幅もせまく、とても登りやすいとはいえない。

石階段をのぼること、それ自体が修行というか苦行になりそうでユーザーに優しくない。

手をついて登ったほうが楽なのでは、と考えた。

さすがにそれは恥ずかしいと思い、一歩一歩足の踏み先を確認しながら石階段を登板していく。

せめて手すりでもあれば、と思ったが、それもない。

ひたいから流れおちた汗は、眉毛にせきとめられる。

リュックサックが、洋服を汗ばんだ肌に押しつける。

服が肌にへばりつく。

人間、歩みをとめず、のぼりつづけていれば、やがては目的地にたどりつけるという達成感が胸いっぱいにひろがったとき、私は石階段を踏破し、明るく開かれた場所にたっていた。