御馳走を食べていたら自分が食べられそうになった

その瞬間。

「吾タダ足ルヲ知ル」

「腹八分目」

曇天の雲を切りさくような白い稲光のような声があたりの空間を切りさいた。

ちかくで強烈なフラッシュをあびせかけられた芸能人のように化け物は目をひそめ、脇腹を指されたような叫びごえをあげ、口を大きく開き私の腕を解放した。

「おのれ、おのれ、あと一歩で食せたのに、うらめしや」

化け物は、黒いもやになり、あたりにひろがり、恨み言をのこし、水洗便所の水のように渦まき空間に消えていった。



「大丈夫かの?」

声のほうを向くと、禅寺にいた老人が悠然とたたずんでいた。

老人の背後には、頭皮が青い若者もいる。

「精進料理に満足しなかったそなた。貪瞋(とんじん)に狙われると、後を追ったのじゃが、やつめの罠にかかりすこし居場所を探すのにてまどった。が、なんとか助けることができてよかったわい」

私は老人の言葉を聞きながら、若者の肩をかり立たせてもらった。

私の腕を見ると、爪も指紋も無事だった。

それを見た瞬間、両目から涙が流れおちるのを止めることができなかった。

一滴の涙が呼び水となり、体のなかから次から次へと涙があふれだす。

しばらく泣きつづけた私は、酒を飲みすぎたときのように記憶がそこでとぎれている。



貪瞋に襲われ、紙一重で助けられた私は、その場で気絶し寺に運ばれ半日ほど眠りつづけたそうだ。

貪瞋は追い払っただけで退治はしておらず、人が食欲にとりつかれたときまたやつは現れる。

食事療法を守らない患者をしかる医者のように厳しく「吾タダ足ルヲ知ル」と「腹八分目」の大事さを老人に再び教えてもらった。

目覚めたあと、用意された精進料理をありがたくいただき、何度も何度も感謝の言葉をのべ、禅寺を辞去した。



それからの私は、「吾タダ足ルヲ知ル」と「腹八分目」の二言を頭と胸にしっかりと刻みこみ生きている。

まったく自炊をしなかった私。

包丁とまな板など調理道具をそろえ自炊をはじめた。

それから老人と若者、禅僧のように菜食主義を目指した。


けれども、それは挫折した。

お肉と魚は、やっぱり美味しい。