私は出張先で食べられかけた。
私を食べようとしたものは、人間ではなく、源平の合戦のころより生き続ける妖怪だった。
ひとの食欲を刺激し、むさぼり喰う貪瞋という名の妖怪だ。
そのころの私は、編集者というか、編集室につとめるメンバーのなかで、もっとも若く、もっとも仕事の歴がみじかく、先輩にいわれるままに、西に原稿をうけとりにいき、東にカメラを首にかけ撮影にでかけ、推敲の手がたりないといわれると北にでむき、印刷所から完成した本をうけとってこいといわれると南にでむき、ようは何でもこなす便利屋だった。
そんなある日。
精進料理についての本を出版することになった。
私は精進料理の取材のために、北陸にある禅寺に出張し話を聞き、精進料理を撮影してこいといわれた。
リュックサックに一眼カメラとレンズ、ボイスレコーダー、メモ帳、筆記用具をつっこみ始発の電車に飛びのった。
太平洋側から日本海側まで電車をのりつぎ移動した。
都会からはなれるにつれ、高層建築物がへり、青々とした山がひろがりだした、見ているだけで視力が回復しそうな。
日本にはまだまだ人が住んでいない場所があるんだな、と流れる外の景色を眺めながら、シートに背をしずめ。朝食がわりのゼリーをじゅるじゅるとすすった。
私を食べようとしたものは、人間ではなく、源平の合戦のころより生き続ける妖怪だった。
ひとの食欲を刺激し、むさぼり喰う貪瞋という名の妖怪だ。
そのころの私は、編集者というか、編集室につとめるメンバーのなかで、もっとも若く、もっとも仕事の歴がみじかく、先輩にいわれるままに、西に原稿をうけとりにいき、東にカメラを首にかけ撮影にでかけ、推敲の手がたりないといわれると北にでむき、印刷所から完成した本をうけとってこいといわれると南にでむき、ようは何でもこなす便利屋だった。
そんなある日。
精進料理についての本を出版することになった。
私は精進料理の取材のために、北陸にある禅寺に出張し話を聞き、精進料理を撮影してこいといわれた。
リュックサックに一眼カメラとレンズ、ボイスレコーダー、メモ帳、筆記用具をつっこみ始発の電車に飛びのった。
太平洋側から日本海側まで電車をのりつぎ移動した。
都会からはなれるにつれ、高層建築物がへり、青々とした山がひろがりだした、見ているだけで視力が回復しそうな。
日本にはまだまだ人が住んでいない場所があるんだな、と流れる外の景色を眺めながら、シートに背をしずめ。朝食がわりのゼリーをじゅるじゅるとすすった。
