【研心】
海外アニメが好きな僕が、大学で海外アニメ同好会のサークルに参加するのは自然なことだった。
そして、中学高校と続けたバスケを大学進学を機に完全にやめたのも、僕にしてみれば自然な成り行きだった。
所属していたバスケ部は上下関係が強く、先輩の言うことは絶対で、先輩を立てなければならない「空気」があった。目に見える暴力や暴言はないものの、後輩が気に入らないことをすれば空気で押し殺そうとしてきた。それがつらかったものの、部活を辞めるという選択肢は思いつきもしなかった。
そして僕には先輩を見返せるような実力もなく、いつまでもその空気に支配され続けていた。もっとも、実力が突出しすぎるのもよくなかった。出る杭は打たれる。
部員は高校二年生で引退するため、最高学年は高二だった。自分が高二になったとき、これまでの鬱憤を晴らすかのように下級生に圧をかけた。しかし、それはいざやってみると決して楽しいものではなかった。
そんなバスケ部を引退した後は、上下関係などが一切ない受験勉強の日々が待っていた。それは僕にとってはとても快適で自然な時間であり、二度と体育会系の活動には関与するまいと思わせた。
そして、大学の海外アニメ同好会はとても居心地がよかった。同じ趣味の仲間と駄弁るだけ。部室の掃除なんかも気が付いた人が適当にやるので、下級生だからと仕事を押し付けられることもない。むしろ、気の合うグループが既に出来上がっているせいか、上級生は新入りにあまり興味がないようだった。これは僕にとって好ましい距離感だった。
そんな僕は、つい先ほどスマホに届いたメッセージに頭を抱えていた。自宅でくつろいでいたところだったのだが、それはまるで奇襲だった。
『三年生の茉那です! 私も研心くんと同じく、海外アニメが好きだからよく見るよ。二人でいろいろ話そうよ。いつなら空いてる?』
文面を読み直したら、うなだれて深いため息が出た。
このメッセージの何が困るって、差出人の「茉那」が誰なのか思い出せないことだった。恐らくほとんど話したことのない人だ。上級生の顔と名前が一致していないなんて失礼だろうか。未だに心の奥では上下関係への意識が根付いているため、先輩への非礼は避けたい。
このメッセージからは、「茉那さんは海外アニメが好き」という情報しか得られなかった。けれども、そんなのはこのサークルのほぼ全てのメンバーが該当してしまう。
そうでなくとも、大して絡みのない上級生と二人で会うなんて考えただけでも恐ろしい。しかも、「いつなら空いてる?」という逃げ道をつぶすような質問で締められていてタチが悪い。
思わず小さく身震いした。まったく会いたくないけど、先輩からの誘いを無下にもできない。スマホを睨みながら、茉那さんの気に障らないような返信を渋々書き始めた。
『ありがとうございます。僕はいつでも大丈夫です。楽しみにしています』
僕はバイトなどを入れていないため、基本的に暇だった。でも、馬鹿正直に「いつでも大丈夫」と書くのはノーガードすぎるかもしれない。
まったく知らないまま会うのは怖いので、せめて茉那さんについて事前に知るための時間は確保しよう。
『次の土曜日なら空いてます』
そのように書き換えてからメッセージを送った。するとすぐに既読が付き、あっという間に返信が来た。
『じゃあ土曜日の十二時に〇〇駅で! 私も楽しみ!』
その返信を見て後悔した。せめて平日にすべきだった。昼集合って、何時になったら解放されるんだろう……。
翌日、僕は部室で同期とおしゃべりをしていた。すると誰かが入ってきたのでそちらを見ると、茉那さんと誠太さんだった。緊張感からぐっと体に力が入り、背筋を伸ばした。
今は茉那さんのことを認識していた。昨日、メッセージのやりとりを終えた後、比較的話しやすい二年生に「上級生のことを把握したい」と相談して、顔と名前を一通り覚えたのだ。
「お疲れ様です」
軽く会釈しつつ挨拶をした。
「おう、お疲れ様」と普通に挨拶をした誠太さんに対して、
「ん、お、お疲れ……」と茉那さんは誠太さんの陰に隠れるようにしながらモゴモゴと挨拶した。
これには面食らってしまった。昨日茉那さんから送られてきたメッセージはとてもハキハキしていた。それが目の前の女性と同一人物だとは信じられない。覚え間違えたか?
二人は椅子に座るとしゃべり始めた。
「なあ茉那、ゲーセンのプライズで新作が出るってニュース見た?」
「あ、うん。見たけど、私ああいうの取れないから……」
その会話を聞いて、やっぱりこの人が茉那さんなんだと改めて認識した。もしかしたら、スマホのメッセージだと人格が変わるのかもしれない。
なんとなく二人の方を見たら、茉那さんもちらりとこちらに視線を向けたため、一瞬だけ目が合ってしまった。すると茉那さんはすぐに目を逸らし、髪をしきりにいじりだした。
この人と土曜日に昼から二人きりにならないといけないと思ったら、すっかり気が重くなった。間が持つとは思えない……。
地獄のような週末を想像してしまい、虫が這ったようにぞわぞわとした。
海外アニメが好きな僕が、大学で海外アニメ同好会のサークルに参加するのは自然なことだった。
そして、中学高校と続けたバスケを大学進学を機に完全にやめたのも、僕にしてみれば自然な成り行きだった。
所属していたバスケ部は上下関係が強く、先輩の言うことは絶対で、先輩を立てなければならない「空気」があった。目に見える暴力や暴言はないものの、後輩が気に入らないことをすれば空気で押し殺そうとしてきた。それがつらかったものの、部活を辞めるという選択肢は思いつきもしなかった。
そして僕には先輩を見返せるような実力もなく、いつまでもその空気に支配され続けていた。もっとも、実力が突出しすぎるのもよくなかった。出る杭は打たれる。
部員は高校二年生で引退するため、最高学年は高二だった。自分が高二になったとき、これまでの鬱憤を晴らすかのように下級生に圧をかけた。しかし、それはいざやってみると決して楽しいものではなかった。
そんなバスケ部を引退した後は、上下関係などが一切ない受験勉強の日々が待っていた。それは僕にとってはとても快適で自然な時間であり、二度と体育会系の活動には関与するまいと思わせた。
そして、大学の海外アニメ同好会はとても居心地がよかった。同じ趣味の仲間と駄弁るだけ。部室の掃除なんかも気が付いた人が適当にやるので、下級生だからと仕事を押し付けられることもない。むしろ、気の合うグループが既に出来上がっているせいか、上級生は新入りにあまり興味がないようだった。これは僕にとって好ましい距離感だった。
そんな僕は、つい先ほどスマホに届いたメッセージに頭を抱えていた。自宅でくつろいでいたところだったのだが、それはまるで奇襲だった。
『三年生の茉那です! 私も研心くんと同じく、海外アニメが好きだからよく見るよ。二人でいろいろ話そうよ。いつなら空いてる?』
文面を読み直したら、うなだれて深いため息が出た。
このメッセージの何が困るって、差出人の「茉那」が誰なのか思い出せないことだった。恐らくほとんど話したことのない人だ。上級生の顔と名前が一致していないなんて失礼だろうか。未だに心の奥では上下関係への意識が根付いているため、先輩への非礼は避けたい。
このメッセージからは、「茉那さんは海外アニメが好き」という情報しか得られなかった。けれども、そんなのはこのサークルのほぼ全てのメンバーが該当してしまう。
そうでなくとも、大して絡みのない上級生と二人で会うなんて考えただけでも恐ろしい。しかも、「いつなら空いてる?」という逃げ道をつぶすような質問で締められていてタチが悪い。
思わず小さく身震いした。まったく会いたくないけど、先輩からの誘いを無下にもできない。スマホを睨みながら、茉那さんの気に障らないような返信を渋々書き始めた。
『ありがとうございます。僕はいつでも大丈夫です。楽しみにしています』
僕はバイトなどを入れていないため、基本的に暇だった。でも、馬鹿正直に「いつでも大丈夫」と書くのはノーガードすぎるかもしれない。
まったく知らないまま会うのは怖いので、せめて茉那さんについて事前に知るための時間は確保しよう。
『次の土曜日なら空いてます』
そのように書き換えてからメッセージを送った。するとすぐに既読が付き、あっという間に返信が来た。
『じゃあ土曜日の十二時に〇〇駅で! 私も楽しみ!』
その返信を見て後悔した。せめて平日にすべきだった。昼集合って、何時になったら解放されるんだろう……。
翌日、僕は部室で同期とおしゃべりをしていた。すると誰かが入ってきたのでそちらを見ると、茉那さんと誠太さんだった。緊張感からぐっと体に力が入り、背筋を伸ばした。
今は茉那さんのことを認識していた。昨日、メッセージのやりとりを終えた後、比較的話しやすい二年生に「上級生のことを把握したい」と相談して、顔と名前を一通り覚えたのだ。
「お疲れ様です」
軽く会釈しつつ挨拶をした。
「おう、お疲れ様」と普通に挨拶をした誠太さんに対して、
「ん、お、お疲れ……」と茉那さんは誠太さんの陰に隠れるようにしながらモゴモゴと挨拶した。
これには面食らってしまった。昨日茉那さんから送られてきたメッセージはとてもハキハキしていた。それが目の前の女性と同一人物だとは信じられない。覚え間違えたか?
二人は椅子に座るとしゃべり始めた。
「なあ茉那、ゲーセンのプライズで新作が出るってニュース見た?」
「あ、うん。見たけど、私ああいうの取れないから……」
その会話を聞いて、やっぱりこの人が茉那さんなんだと改めて認識した。もしかしたら、スマホのメッセージだと人格が変わるのかもしれない。
なんとなく二人の方を見たら、茉那さんもちらりとこちらに視線を向けたため、一瞬だけ目が合ってしまった。すると茉那さんはすぐに目を逸らし、髪をしきりにいじりだした。
この人と土曜日に昼から二人きりにならないといけないと思ったら、すっかり気が重くなった。間が持つとは思えない……。
地獄のような週末を想像してしまい、虫が這ったようにぞわぞわとした。



