地獄のラブ・スクランブル ~好きな人の好きな人~

【誠太】
 
 新入生歓迎会が終わった後、二次会への参加を募る声を尻目に、俺と茉那は適当な居酒屋に入り直した。
「あー……こうやって二人で飲むの、久しぶりだな」
 席に着いた俺は、浮き足立つ気持ちを必死に抑えながら言った。好きな女の子から飲み直そうと誘われて、浮かれない男なんていない。
「あれ、そうだっけ?」
 しょっちゅう一緒にいるせいか、茉那はピンと来ていない様子だった。でも二人とも飲酒の習慣がないため、こういう機会は珍しい。
「まあいいよ。俺はハイボール。茉那は?」
「コーラ」
「オッケー」
 そう言いつつ心の中で舌打ちをした。運がよければ、酔いどれの茉那を介抱するイベントとかが起きるかもと期待していたのに……。そんな下心をあざ笑うかのように、コーラとハイボールはすぐに運ばれてきた。
 茉那がコーラを一口飲むと、ふう、と湿った吐息が漏れた。その様子はいつになく色っぽく、俺をどぎまぎさせるのに充分だった。
「あのさあ誠太……」
「おう」
「聞いてほしいことがあるんだ」
「うん、いいよ」
 俺は脳内のシナプスがバシバシと繋がっていくのを感じた。今日はいったいどんな話だろうか。将来の進路か、家族のことか。いつだって茉那は俺のことを信頼して、なんでも相談してくれる。
「あの、新入生の研心くん」
「……あ? うん」
 茉那の口からまったく想定していなかった名前が飛び出し、一瞬反応が遅れた。
「その……めっちゃ気になるんだよね」
 茉那は少しうつむきながら、頬を赤く染めてそう言った。
 俺は唖然とした。俺の知っている茉那は、他人のことなど気にせず、いつも飄々とした人間だ。
 ところが、今目の前に座る茉那は、誰がどう見ても恋する乙女だった。
「マジ……? 茉那ってあんな……ああいうのがタイプだったの」
 あんな、男なのか女なのかわからない服装のやつ。うっかりそう言いかけたけど、すんでのところで堪えた。茉那の前で研心をけなすことが悪手なのは火を見るより明らかだった。
「どうなのかな……そう自覚したことはなかったけど……」
 茉那は頬を染めたまま考え込んだ。
 俺は奥歯を噛んだ。自分に魅力があるとは思わないけど、あんな奇妙な新入生に負けるなんて。
 一方で、茉那のこういう表情を見たのは初めてのことだった。研心のおかげでこの貴重な機会を得られたと思ったら、彼に対してほんの僅かに感謝の気持ちが湧いた。
 俺は小さくため息をついてから言った。
「で、俺に一目惚れの報告をして満足できた?」
「あ、うん、少しだけ。でも……これからどうすればいいんだろう」
「どうって」
「いや、私、三次元にガチ恋したことがなくて……」
 茉那は上目遣いでこちらを見ながらもじもじした様子で言った。
「ねえ誠太。どうすればいいかなあ?」
 これには弱った。茉那の力になってあげたいけど、自分も茉那に片想いしているだけの恋愛初心者だ。
 何より、自分の好きな人の恋愛相談なんて、自分は選ばれなかったという事実を突き付けられるだけの地獄のイベントでしかない。
「……その相談に対して、俺はあまり適任じゃないと思うよ。茉那も知っての通り、彼女いない歴イコール年齢の雑魚だから」
「それはその通りなんだけど……こういう話を相談できる相手なんて、誠太しかいないから……」
 さらっとひどいことを言われた気がしたけど、特別な友人だと明言されたことの喜びの方が勝った。
「……よし、じゃあ、どうすればいいか、二人で考えよう。でもまずさ、茉那は研心とどうなりたいのかな。ゴールを決めないと」
「そうだよね……」
 茉那は両手を頬に添えて考え始めた。するとにやっと笑ったかと思えば、小さく舌なめずりをしてから唇を口の中に軽く巻き込んだ。その様子を見たら背筋に寒気を感じた。茉那は恐らく性的なことを想像した。その事実に対する、気味の悪さと興奮が混ざった奇妙な感覚だった。
「まあ、やっぱり、付き合ったり、したいかな……」
 茉那のよからぬ想像は、「付き合う」というところに落ち着いたらしい。どぎつい回答が来なかったことに胸をなで下ろした。
 俺は知識を総動員させて方針を考えた。
「よしわかった。その、やっぱり、まずはちゃんと話をして、仲よくなるところからじゃないかな」
 ここでロールモデルに選んだのは、パワフル・サムという海外ヒーローアニメだった。超人的なパワーを持ったサムは、それを周囲に隠して普通の会社員として過ごしている。パワフル・サムは恋愛ものではないが、彼は職場で仕事を共にする女性といつしか恋に落ちる。やはり、二人の時間を過ごすことが恋愛の第一歩だろう。
 そこまで考えたところで、自分と茉那の関係には当てはまらなかったことに気が付いて苦笑した。残念ながら自分はヒーローではなかったようだ。
「サークルで会う機会はたくさんあるし、声を掛けてみたらいいよ」
 すると茉那は青ざめた。
「それって、みんなの前で……? 恥ずかしすぎない……?」
 それもそうだ、と思った。例えばうちのサークルの部室で、衆人環視の中で恋愛的なアプローチをするのは気が引けるなんてものじゃない。
「じゃあ、スマホで個別に連絡してみてもいいんじゃないかな。連絡先はサークルのグループメッセージからわかるし」
 俺がそう言うと、茉那はハッとした様子でスマホを開き、少し操作してから画面を見つめた。多分、メッセージアプリ上の研心のアカウントを見つめている。
 茉那は目を輝かせて微笑んだ。
「こっちの方がいいね。よし、私、頑張ってみる」
「その意気だよ」
 茉那の笑顔を引き出せたことで、俺も自然と笑顔になった。
 一方で、胸は錐で突かれたような痛みが続いていた。俺はその痛みを紛らわせるようにハイボールを喉にぐっと流し込んだ。