地獄のラブ・スクランブル ~好きな人の好きな人~

【佳奈美】
 
「佳奈美ちゃん!」
 月曜日に教室で講義が始まるのを待っていると、茉那の声が聞こえた。私はスマホから顔を上げたが、茉那の姿はどこにも見えなかった。
 っていうか、佳奈美ちゃんってなんだ。ちゃん付けで呼ばれたことなんてないぞ。
 ふと、視界の端にちょっとヤバい感じの女が見えたので、意識を遠ざけながら茉那を探した。
「佳奈美ちゃーん」
 気が付くと、ヤバい感じの女は私の目の前に立っていた。
「え、茉那……?」
 なんと、私がヤバい感じだと判定した女は茉那だった。
 何がヤバいって、その姿だ。やけにぴちぴちした水色のTシャツにショートパンツという服装。さらに前髪にはピンクのパッチン留めが輝き、サイドは丸い玉の付いたヘアゴムで束ねられていた。要するに、どこからどう見ても小学生女児のコスプレをしていた。
 私は唖然としながら言った。
「えっと……イメチェンですか」
「うん!」
 そう言って、茉那は私の隣に跳ねるように座った。おいやめろ。どう見ても異様な格好をした茉那、そしてそいつと会話をしている私は、周囲の注目を完全に集めていた。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。
「どう、可愛いかな?」
 茉那はいつも以上にメイクの薄い顔で聞いてきた。どうしよう。正解がわからない。
「ああ……ね。いいよね」
「へへ」
 満足そうな顔をした茉那は、ノートやペンケースを取り出して準備を始めた。私は今にも逃げ出したかったけど、もう講義が始まってしまった。
 私は茉那に見られないように即座に誠太にメッセージを送った。
『茉那がヤバいんだけど知ってる?』
 返信はすぐに来た。
『知ってる。ちょっと事情があって』
『事情?』
『ごめん、詳しく言えないんだけど、とにかく茉那は壊れた』
 私は目の前がチカチカした気がした。なるほど、壊れた、か。今の茉那を説明するのに、これほどまでに適切な言葉があるだろうか。
 私は返信を送った。
『できる範囲で説明して。私は今、変態コスプレ女の友達として悪目立ちしてるんだよ』
 すぐに既読が付いたが、返信がない。頼むよ、誠太……。数分してようやく返信が来た。
『そうだな。もうバレるのも時間の問題だろうし、言うわ』
 私はスマホの画面を見つめて次のメッセージを待った。そして届いた文面を読んで、私は絶句した。
『茉那の好きな人が重度のロリコンだった』

 講義が終わった後、私は茉那と別れて部室に向かった。そうっと部室のドアを開けると、いた。
 茉那の好きな人。カラフルな後輩男子。研心だ。一年生同士で集まって駄弁っていたようだ。
「あ、お疲れ様でーす……」
 静かに挨拶をくれた研心に、私はずかずかと歩み寄って言った。
「ちょっと話がある」
 そして部室の外に連れ出して向かい合うと、研心は怯えた顔をしていた。部室棟の廊下はアカペラグループが歌っていたせいでうるさかったが、私は無視して話を始めた。
「あのさ、研心ってロリコンなの?」
 その途端、研心の身体がびくんと跳ね、小刻みに震えだした。
「あ? え? いや……どうなんでしょう」
 声も同じくらい震えていた。
「何それ。あんたのことでしょ」
「あ、いや、言葉の定義によるかなって思いまして……」
 研心は意味のわからないことを言った。こいつは嘘が下手すぎる。
「まあどっちでもいいんだけど。あんたのせいで茉那がヤバいの」
「ええ?」
 私はスマホを開き、SNSの画面を研心に突き出した。
 研心は目を見開いた。
「え、これって……茉那さん?」
「そう」
 女児と化した茉那の姿はSNSで少しだけ話題になっていた。
『うちの大学に女児が紛れ込んでて草』『この図体でこの服装はヤバい』『義務教育の敗北』『逆にタイプかも』
 誰かに撮られた茉那の写真に、様々なコメントが添えられていた。
 私は苛立ちを隠さずに言った。
「これさあ、あんたのせいだから」
「え、あ、どうして、ですか?」
 研心はおろおろして私を見た。すると私の怒りは頂点に達してしまい、つい声を荒げた。
「茉那はあんたの好みに合わせようとしたんだよ!」
 茉那はバカだ。こんなカラフルなロリコンに心を奪われたあげく、自分を見失ってしまうなんて……。
「どうにかしてよ。あんなんでも、私の数少ない友だちなんだよ」
「そ、そんなこと言われても……」
 研心は戸惑い続けた。無理もない。どうすればいいのか、私だって何も思いつかない。
 でも、私にはこの気持ちのぶつけ先が必要だった。そしてそれは研心以外にはありえなかった。
 私は研心の両肩に手を置いた。
「とにかく! 後は頼んだよ」
 そして踵を返して部室棟を去った。
 しばらくして私は立ち止まり、またSNSを開いた。そこには相変わらず茉那を揶揄するコメントが溢れていた。
 先ほど研心にしたことを思い返す。我ながら、なんて理不尽な先輩だろう。だけど、こうするしかないでしょ。
 本当に、後は頼んだぞ!
 
 そして、その日以降、研心は大学に姿を見せなくなった。