地獄のラブ・スクランブル ~好きな人の好きな人~

【茉那】
 
 土曜日に誠太の家に研心くんと集まってから、今はもう金曜日になった。それなのに、次の予定は未だに決まっていなかった。部室で顔を合わせても、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
 やっぱり、カフェデートにとどめておくべきだった。家で二人きりになるなんて、私の身の丈に合っていなかったんだ。
 どうすればいいかわからないまま、私は今日も誠太の家に来た。いつものようにサブスクで海外アニメを再生してみたものの、内容が頭に入ってこない。私はソファに寝そべって目を閉じた。
 
 研心くんは私に優しい微笑みを向けてくれた。それに対して私も笑顔を返した。
 すると、研心くんの手が私の胸に触れた。私は驚きのあまり大きく飛び退いた。研心くんは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「あ、いや、急だったから……」
 今日の研心くんは何か変だ。私はその原因にすぐに気が付いた。服装だ。研心くんはいつものカラフルな服ではなく、全身が地味なベージュの服に包まれていた。
 研心くんは改めて私に近づき、胸を手で包み込んだ。私は羞恥心で燃え上がりそうだった。
 そこで私はハッとした。研心くんはベージュの服を着ているんじゃない。裸なんだ。いつの間にか、自分も服を着ていないことに気が付いた。
 微笑みを絶やさずに私の胸を揉む研心くん。私は怖くて逃げ出そうとするものの、思うように体が動かない。
 ところが、突然研心くんの手が離れた。不審に思って顔を見ると、真っ暗で表情がわからなかった。
 研心くんは、はああ、と深いため息をついた。

「やっぱり……処女はダメですね」

 その言葉を聞いて、私の心臓は止まった。
 私は叫んだが、声が出ない。いつの間にか、私は深い穴に勢いよく落ちていった。穴の底がすぐ近くに見える。もうダメだ……!
 
 目が覚めると、部屋の天井が見えた。全身に汗をかいたようで、気持ちが悪い。
「起きた?」
 誠太の声がした。見ると誠太はソファのすぐ近くに座っていた。
「もう夕飯できてるよ。食べる?」
「……ああ、うん。食べる……」
 ひどい夢だった。研心くんがあんなことするわけない、と思う。
「ちょっとトイレ……」
 私は体を起こして、浮いていたブラを直した。そこで、おや、と思った。ブラ、ずれすぎじゃない……?
 まあ、いいか。私は寝ぼけまなこでトイレに向かった。
 用を足したら脳が働き出した。胸を揉まれる夢。変に浮いたブラ。私の中で疑惑がどんどん膨らんでいった。
 部屋に戻った私は毅然とした態度で誠太に向き合い、言い放った。
「不同意わいせつは犯罪だって知ってた?」
 誠太は飛び上がるほどに驚いていた。
「へっ? な、なに? なんのこと?」
「五万でいいよ」
「え?」
「五万円で許してあげる。ちなみに二度目はないから」
 誠太のことは嫌いじゃないけど、勝手に触られるのはムカつく。見返りがないと割に合わない。
「PayPayでもいいよ。後で請求リクエストを送っておくから」
「いや、俺は別に……」
「それなら警察呼ぶよ」
 私はスマホを構えた。
「待った! 払う! 払うから!」
 誠太は必死の形相で私の肩を力強くつかんだ。ちょっと痛い。それも何か別の犯罪になるのでは? そう思ったけど、面倒なのでスルーすることにした。
「じゃあ決まり。よろしくね。もうご飯にしよう」
 私はそう言って誠太の手を払いのけた。

 今日の夕飯は豚の生姜焼きだった。まあまあおいしい豚肉を噛み締めながら、先ほどの夢を思い返した。すると途端に心臓がきゅっとなった。
 私は豚肉を飲み込んでから言った。
「ねえ、やっぱり、処女だと研心くんに嫌われるかなあ……」
 急な話題に驚いた誠太は少しむせた。
「んん、ん、いやあ、まあ、どうだろうね……」
 私はそんな誠太の手を見た。私の胸を揉んだ(という疑惑のある)手。以前から、誠太は私にスキンシップをしようと試みていた。でも、私の一言ですぐに諦める。
 不思議なことに、あの手に触られるのはちっとも怖くないし、気にならない。触られたいわけではないけど。
 そこで、私は最悪なアイデアを思いついてしまった。
「……誠太」
「ん?」
「誠太は私のことを嫌いにならないでしょ」
「え、うん。って、ちょっと待って。それって今の話の流れ?」
 そう。今の話の流れ。処女。
「うん。誠太なら……まあ、いいよ」
「……マジ?」
「私の処女を五十万であげるよ」
「ごっ……!」
 誠太は固まった。私もかなり吹っ掛けているという自覚はあった。でも、一生に一度だし、痛いらしいし。そう簡単にはあげたくない。
 誠太は腕を組んで考え込んだ。多分、金額の計算をしている。バイト代とか、生活費とか。
 やっぱり初めては痛いのかな。血は出ないこともあるらしいけど。もしもよっぽど痛かったら追加料金を請求してやる。
 そんなことを考えていたら、誠太はハッと何かに気が付いた顔をして言った。
「ダメダメダメダメ!」
「え? 何?」
「あのね!」
 誠太は吠えた。
「もう、処女とか関係ないのよ!」
「……どういうこと?」
 怪訝な顔の私のことを、誠太は口を真一文字に結びながら見た。そしてゆっくりと口を開いた。
「あのな、研心は……おすすめできない」
「はああ?」
 何をいまさら。私は憤慨した。
「意味がわからないんだけど。何なの、嫉妬してるの?」
 誠太は強くかぶりを振った。そして虫が囁くような声で言った。
「違うんだよ茉那。違うんだよ……」
 やっぱりわけがわからない。でも、どこか真剣そうな誠太の態度を見たら、私は少し冷静になった。
「ねえ、何が違うの? ちゃんと説明してよ」
 私が誠太の顔を覗き込むと、誠太もこちらをまっすぐに見た。その視線は、まるで私に助けを求めているようだった。
「……覚悟はできているか」
「え?」
「研心の、本当の姿を知る覚悟は」
 誠太の低い声に、私は息を飲んだ。
「多分、大丈夫……。だから、教えて……?」
 そして、誠太は静かに真実を語り出した――。