地獄のラブ・スクランブル ~好きな人の好きな人~

【研心】
 
「今日は俺が奢るから、好きなもん食べなよ」
 誠太さんは、いつかの茉那さんと同じようなセリフを言った。うちのサークルの先輩は奢りたがりが多いな。
「あ、はい、ありがとうございます……」
 僕と誠太さんは大学の近くのファミレスにいた。講義が終わって帰ろうとしたときに捕まり、相談したいことがある、と言ってここに連れてこられた。
 誠太さんと話すのは、茉那さんと家にお邪魔したとき以来だ。この人が僕に相談したいことなんて、きっとあの話に違いない。
 タッチパネルから注文を終えると、誠太さんはさっそく切り出した。
「茉那とは最近どう?」
 やっぱり。恐らく誠太さんは、相変わらず僕と茉那さんをくっつけようとしている。
「えっと、こないだ誠太さんちに行ったときに話したのが最後で、特に連絡とかもないです」
「ふーん、そっかあ……」
 誠太さんは腕を組んで何かを考え始めた。
 初回のデートではすぐに次の予定を押さえられたけど、こないだは次の約束をされなかった。
 誠太さんが突然部屋を出ていった後、茉那さんは急にもじもじして口数が少なくなった。そして二人で静かにアニメを見た。それは警戒心を強めていた僕にとっては拍子抜けだったけど、とにかく何事もなくて本当によかった。
 その後、しばらくして誠太さんが帰ってくると、茉那さんは、今日はありがとう、と言って僕のことを帰した。意味がわからない……。恐らく茉那さんは僕に気があると思うのに、あえて誠太さんと二人きりになるなんて。この二人の関係性は本当に謎だ。
 すると、誠太さんは口を開いた。
「あのさあ、前にも言ったと思うけど、茉那は本気で、めっちゃ頑張ってるの」
「はい……」
「俺は茉那の幸せを願ってる」
「はい……」
「だから、研心にも頑張ってほしい」
「はい……?」
 頑張るって、何を? 僕の幸せは誰も願ってくれませんか?
 誠太さんは真剣そのものの顔で言った。
「後はお前次第なんだ」
「僕次第……」
「後はお前にかかってる」
 まったく同じ意味の文章を続けざまに言われた。胃がきりきりと痛むのを感じた。
「あの……それって、具体的にはどうすれば……」
 誠太さんはかぶりを振った。
「いや、それは二人の話だから、研心が考えるべきことだよ」
 ズルすぎる。あれこれ言っておいて、自分では明言しないなんて。
 僕はこの世の終わりのような顔でテーブルに置かれたグラスを見つめた。水は驚くほどに透明で、そのまますべてが溶けてなくなってしまえばいいと思った。
 誠太さんは、はあ、と聞こえるようなため息をついた。
「なあ、俺、わかんないよ」
 僕もわからないことだらけです。
「どうしてそんなに嫌そうなの」
 そこでハッとした。どうやら誠太さんの機嫌を損ねてしまった。
 僕は慌てて言った。
「ご、ごめんなさい! 嫌じゃないです! ちょっと考えごとをしてて……」
 本当はめちゃくちゃ嫌です。
「ふーん……そう……」
 誠太さんは明らかに納得していない様子だった。
 そうこうしているうちに料理が運ばれてきたため、話はそこで中断した。僕の胃袋は完全にやる気を失っていたものの、ひとまず食べることで会話しなくていい時間が生まれた。
 オムライスを口に運びながら、どうすれば乗り切れるのかを考えた。まず、茉那さんは僕のことが好きらしい。誠太さんはそれを後押ししようとしている。そして、僕はそれを拒絶するのが難しい。
 となれば……最初の前提条件を崩せればいいのか?
「あの……誠太さん」
「何?」
「誠太さんはどういう女性がタイプですか?」
「んー……あんまりこう、タイプとか、ジャンルで好きになるって感じじゃないかな。まあ、強いて言うなら、そばにいてくれる人?」
「なるほど、いいですね」
 僕は相槌を入れつつ、心の中で苦笑した。誠太さんの言う、そばにいてくれる人って……きっと茉那さんのことでしょ。
「研心は?」
 誠太さんは話の流れで聞き返してきた。
 来た。多分ここだ。ここでありのままの自分を出すんだ。多少は想定していた流れにもかかわらず、僕はまだ決心が付いていなかった。
「え? ぼ、僕ですか? 別にそんな……」
「なんだよそれ。俺には言わせただろ」
 誠太さんは笑って言ったが、その笑顔からは「言え」という圧力がにじみ出ていた。
「ああ、いやあ……僕は……」
 しっかりと息を吸い込むと、心臓が破裂しそうなほどに暴れていた。
 これは聞かれたから答えるだけ。聞かれたから答えるだけだ。
「……年下が好みですね」
 これは聞かれたから正直に答えただけだ。
 ぴたりと食事の手が止まり、重い沈黙が訪れた。店内の他のお客さんの会話がはっきりと聞こえるほどだ。
「……へえ」
 誠太さんはようやく言葉を発した。
「まあ、なんだ。研心も今年から大学生になって、人間関係も増えてくるし、価値観も徐々に……」
「一回り下くらいがストライクゾーンですね」
 胸の高まりが収まらないまま、僕は被せるようにそう言った。聞かれたから正直に答えただけ。
「ちなみにうちの親は二十歳差なんです。こういうのも遺伝なんですかね」
 これもただの事実。遺伝は関係ないと思うけど。
 誠太さんは口をぽかんと開けて僕を見た。
「えっと……研心は何歳だっけ」
「十八です」
「……だよねえ」
 誠太さんは化け物に出会ったみたいな顔をした。
「そっかあ……」
「はい。おかげで恋愛経験ゼロです」
「だよねえ……」
 パンドラの箱を開けてしまった誠太さんは天を仰いだ。
「そっかあ……」
 そして同じ言葉を繰り返した。
 ずっと隠し通してきた嗜好が、まさか自分の身を守ることになるとは。諸刃の剣ではあったものの、生まれて初めて自分のことを誇らしく思った。
 予想以上の効果に興奮した僕は、スプーンを置いてスマホを開いた。
「あの、お気に入りの子の写真とかありますけど、見ますか?」
「いやいやいやいや」
「別に普通の写真ですよ」
「いやまあそうかもしれないけど、俺はいいかな……」
 青い顔になった誠太さんのことを申し訳なく思いつつ、僕は食事を再開した。
 ……パンドラの箱を開けてしまったのは、僕も同じだ。
 興奮と後悔でいっぱいのまま、もはや何を食べているのかわからなかった。