地獄のラブ・スクランブル ~好きな人の好きな人~

【誠太】
 
 俺は茉那と同じ講義を多く受けている。隣の席の茉那が板書をノートに写す姿を見ながら、俺は先日の出来事を思い出していた。
 週末の茉那は家にこもっていることが多いため、うちに来ることは珍しい。それが、まさか研心を連れてくると言い出すとは思いもよらなかった。
 茉那は人見知りだ。交友関係は少なく、俺以外の男と話している姿を見たことがない。だから、今回の茉那の行動はとても意外だったし、茉那の成長を感じられて少し感動した。
 だからこそ、わざわざ外に出て二人きりにさせたのだ。ところが、結局アニメを見ただけで、特別な進展はなかったらしい。
 それどころか、茉那から「怖いから二人きりにさせないでほしい」とまで言われた。怖いって何? 好きな人と一緒に過ごすことの何が怖いの?
 むしろ、俺にしてみれば、俺と茉那と研心が同じ空間で過ごす方がきつい。先日だって、研心に向けてハートのオーラを出す茉那を見ながらカレーを食べるのは拷問に近かった。
 そして研心も研心だ。茉那からの好意をあれだけ浴びておきながら、茉那に対して気がないのは態度から明らかだった。俺が喉から手が出るほど欲しているものを、あいつは簡単に手にしているくせに。
 俺は茉那のことを改めて見た。細い目に、ぷっくりとした頬。餅みたいな顔だな、といつも思う。
 いつでも触れられる距離にあるこの顔に、俺は触れることができない。それは研心の役目だ。それなのにあいつは……。そうやって研心への苛立ちを反芻させているうちに、講義は終わった。
 
 次の講義も茉那と一緒。俺たちは早々に次の教室へ移動して雑談を始めた。
「そういえば、あれから研心とはどう?」
 何もない、というのは察しているものの、一応聞いてみた。
「いやあ、特に何も……。次もどうしたらいいか迷ってる。なんとなく、カフェで会うくらいがちょうどいい気もするんだよね」
 茉那はすっかり弱気になっていて、俺は驚いた。
「ええ? そんなんで付き合えるの?」
「いやあ、本当に、そうなんだよね……」
 茉那はうなだれた。
「でもさ、半分くらいは誠太のせいだよ」
「え、俺?」
 驚いて茉那を見た。茉那は小声で言った。
「その、ほら……処女はめんどくさいから嫌われるみたいなこと言われてさあ……」
「ああ……」
 確かに言った。でも、茉那がそれを気に病むのは想定外だった。
 俺が言ったのはこうだ。処女は痛がったりうまくできなかったりするから、そういうことになると幻滅されるかも。
 そして、だから研心以外の誰かと先に済ませるのがいいかもよ、と言った。
 これは、目の前に手近な男がいるよ、というアピールのつもりだったけど、遠回しすぎて伝わらなかったか、後半部分の意味を汲み取ってもらえなかったらしい。
 俺は弁明した。
「あの、ごめん。なんていうか、そんなつもりじゃなくて……」
「じゃあどんなつもりなの」
「いやあ……」
 俺でいいじゃんってことだよ、なんて口が裂けても言えない。下手に直接的なことを言って、今の関係が崩れてしまうことは避けたい。
「とにかく、ビビってたら何も進まないぜ。頑張れよ」
「うーん、頑張る……」
 そうだ、頑張ってくれ。俺にはそれしか言えない。
 でも、問題は研心の方なんだよな。研心にその気がなければどうしようもない。
 仕方がないな。ここはいっちょ、俺が何か動きますかね……。