「いや~、食った食った!」
「奢ってくれて有難うございます。良い思い出になりました」
「へへっ、だろ? また行こうな! その時も奢ってやれるか分かんねーけど!」
懐は少し寂しくなったがそれ以上に満足感がある。
熊谷たちにパン代を支払われないのはすっげーモヤモヤするのに、水原にはまた奢ってやっても良いかなーと思えるくらい明るい気持ちだ。やっぱり普段良くしてくれている人に奢るのは全然違うな。
「ところで佐久間君は明日から、熊谷たちの元に行くのですか?」
ファミレスから駅へ向かう道中、水原が口を開く。その顔は何故かすごく不満そうだ。
「そうだな、そういう約束だし。熊谷たちも金がなくて困っているらしいから断れなくてなー」
「それ絶対に嘘ですね。この前校舎からあの倉庫を見たら、彼ら普通に自分でご飯を買っていましたよ」
「いやその……昼食代だけは辛うじてある程度かもしれないだろ?」
「それなら尚更、本人たちに買わせればいいんですよ。佐久間君が負担する必要はない」
水原が呆れたようにはぁ……とため息を吐く。まあそれで俺の分の飯が買えなくなって、水原が分けてくれる事になってるから不満だろうな……。
「僕は疑問です。貴方が何故そこまでして彼らに関わるか。本当は何も分かっていないほど愚かではないはずだ」
水原が足を止めて、俺もつられるように足を止めた。立ち尽くす水原が、逃げる事を許さないかのような強い眼差しでじっと俺を見ている。誤魔化したりするのは、なんだか無理そうだ。
参ったなぁ……と、俺は頭をガシガシと掻く。どうせ何が何でも隠したい内容ではないし、言っても良いかな。
「……熊谷な、俺と同じ中学校出身なんだ」
この辺りは都会といえるほど栄えた町じゃないから、入学する高校の選択肢が多くない。だから結構同中の奴は多かったりする。
この私立高校は偏差値高めだが、他と違って最悪金を積めば入学できる。だからあまり成績の良くなかった熊谷も、ここに来れたのだと思う。
「熊谷はいじめっ子だったんだ。中学2年の時、暴力を振るわれた生徒も居て大騒ぎになった。最初のターゲットは俺だった。暴力まではされていなかったし、あいつは覚えていないだろうけど……」
「……いじめはされた側だけが覚えていると言いますからね」
「うん……あの時は怖くてすぐ逃げた。友達に匿ってもらって先生を呼んで……だけど代わりに別のクラスの人が標的になったんだ。偶然その現場を見てしまって、新しく標的になった別の人が殴られた姿も覚えている」
あまり思い出したくないが、熊谷たちといると時々思い出す。
その“別の人”は大人しそうに見えて結構反抗的なタイプで、言い合いになって熊谷も激高していた。後ろ姿しか見えなかったが、その生徒が殴られて、かけていた眼鏡が床に叩きつけられて割れていた。
熊谷の素行の悪さは広まっていたし、実際に他の生徒に手を上げたとなったら教師たちも黙っていられない。その後、熊谷は厳重注意からのしばらく停学になった。
「だからなんか拒否し辛くて。パシリくらいなら我慢しようかなと思ってさ」
俺が我慢すれば他の人に被害は及ばないだろうし、熊谷たちも機嫌が良いだろうし、皆ハッピーだ。
「カツアゲの間違いでは?」
「それは最近になってからで……でもさ、やっぱり高校生になったからかな。昔より大人しいんだ。最初はちゃんと払ってくれた。突き飛ばされる事もなかったし……温厚になったのはマジ!」
「彼らは温厚になったわけではない、ギリギリ処罰を受けないラインを探っているだけです。根っこの部分は変わっていない。少しずつ態度が悪くなっているのが何よりの証拠でしょう。返金されない件も『友達に奢ってもらった』と言い訳する気なのが見え見えです」
水原ははっきりと言い放つ。心臓が嫌な鼓動を鳴らし、背筋が粟立つ。
……正直そうなんだろうなと、なんとなく分かっていた。だけど気付かないふりをしたかった。気付いてしまったら辛くなって、泣き叫びたくなってしまうから。
立ち止まっていた水原が俺の方へ近づく。肩さえも触れそうなほどの近距離で、じっと俺を見つめている。僅かに眉をハの字に下げ、眼鏡のレンズ越しに見える夕焼けと同じ色をした瞳は、僅かに揺れている。なんでお前がそんな苦しそうな表情をするんだ。
「僕も佐藤君も、君を心配している。他にも君を心配している生徒は意外と多いですよ。しかし『自分の分と一緒に友達の分のご飯も買いに行く』程度では教師たちも注意が出来ないって。貴方が助けを求めない限りは」
「俺は……その……」
なんと答えれば良いのだろう。自分の気持ちがまだうまく整理できていない。顔をじっと見られていたら心の中を見透かされそうで、視線逸らすように下を向いた。
すると一拍置いて、頭に何かが触れた。
視線だけ上に上げると、水原の手のひらだと気付いた。いつぞやのように髪の毛の流れに沿うように、優しくゆっくり撫でられる。ほんのり温かい手のひらが気持ち良い。
「子供扱いするなよ」
「あっ……すみません、つい」
慌てたようにパッと手を放される。水原もなんだか自分の行動に驚いているといった表情だった。
佐藤に髪の毛をワシャワシャされる時はこんな気持ちにはならないのに、水原相手だとなんだか落ち着かない。本当は撫でられて少しだけ安心したなんて……何で俺がこんな思いをしなきゃならないんだろう。
「佐久間君」
名前を呼ばれるだけで、何故か嬉しいんだ。
他のクラスメイトと一緒に遊んだり、水原の他に9人に告白した事とかあるけど、こんな気持ちになった事はない。こんな気持ち知らない。この気持ちの名前は一体……。
「貴方は純粋すぎます。突然ぶつかった程度で告白してくるのも、他人を自分と同じ良い人だと思っているからではないでしょうか。素行の悪い人も本当は素直になれないだけで良い人に違いない、優しさを持っていると無意識に思っていそうだ」
「そんな事……」
「無論、それは佐久間君の長所でもあります。しかしそれ故に、貴方は1つ勘違いしている。今のところ貴方以外に被害を聞いていませんが、貴方が彼らに従っていようと、並行して別の人に被害を及ぼす可能性は十分にある。友達と称して」
その言葉を聞いて、思わず言葉が詰まった。
それは……あるかもしれない。心の中ではずっと不安だった、熊谷たちがちゃんと約束を守って大人しくし続けてくれるかどうか。
「その心の美しさは尊敬に値しますが、もう少し危機感を覚えた方が良い。なので早速ですが、これを使わせて頂きます」
水原は先ほど渡した『なんでもやる券』を俺に返してきた。
ビックリするほど優しく穏やかな顔で、小首を傾げながら俺を見ている。
「事が大きくなる前に彼らに抗ってください。僕も協力するので、一緒に戦いましょう」

