今俺は駅の近くにある有名なファミレスの入り口に立っている。
店員さんに2名でと告げた後、外で電話をしている水原に声をかけた。
「水原ー、連絡終わったか?」
「もう少し待ってください。……ああ、母さん急で申し訳ないけど、今日は友人と夕食を……うん、うん。夜になる前には帰るよ」
話がまとまったのか、水原は電話を切って店内に入る。
店員さんに席に案内され、テーブルに2人分のお冷が置かれた。外が暑くて喉が渇いていたから有難く一気飲みをする。冷たい水が全身に染みわたって、身体を冷やす感覚が心地いい。
「全く……母が夕飯を作ってくれている可能性があるのに、佐久間君はいつも急ですね」
「やっぱサプライズの方が嬉しいだろ~? まあまあ、俺の奢りだから好きなの頼んで良いぜ!!」
俺はテーブルにメニュー表をドーンと広げた。
実は昼食代は熊谷たちのせいですっからかんになったが、それとは別に毎月自分で自由に使う用のお小遣いを貰っている。今回の奢りも、その自由に使う用のお小遣いを崩して払うつもりだ。
このファミレスは和食も洋食もいろいろ揃っている。水原が何が好きかはよく分からんが、メニューも豊富なので嫌いなものを避けられるはずだ。
表紙に期間限定価格のハンバーグセットがドドンと掲載されている。俺はこれにしよう。
「君はお礼と言いますが、作っているのは母なので気にしなくていいですよ」
「でも水原のお陰でこの半月死ぬと思っていたのに乗り越えられた。本当に感謝しているんだぜ!!」
「死ぬは大げさすぎますよ」
でも今回の奢りで使うお小遣いを切り崩しても、あんな豪華な昼食は食べられなかっただろう。それに一緒にご飯を食べるメンバーに水原が加わったのも嬉しい。
佐藤と2人きりが寂しいわけではないけど、やっぱり大人数で食べた方が楽しいし盛り上がる。ボケれば冷静にツッコんでくれるし、落ち込んでいたらさり気なく慰めてくれる。
もう一緒の昼休憩がなくなるのが寂しく感じるくらい、いい思い出を沢山くれた。
「頼むよ、格好良く奢らせてくれ。じゃないと今後ずっとモヤモヤしそうだからさ~」
「分かりました、感謝します。……では、これをお願いしても良いですか?」
水原は小さく笑って、メニュー表のとんかつ定食を指さした。意外とがっつり食うじゃねぇか。まあ、遠慮されるより全然嬉しい。
俺は店員さん呼び出しのスイッチを押した。
―――――――――
「お待たせしました。とんかつ定食とハンバーグセットです」
しばらくして店員さんが2人分のメニューを運んできた。俺の前に鉄板に乗ったこぶし大のハンバーグが置かれる。艶が綺麗なデミグラスソースがたっぷりかかっており、茹でたコーンと人参のグラッセが添えられている。
水原の方にはたっぷりの千切りキャベツと網の上に乗せられたとんかつが入った大皿が置かれた。続いてご飯や汁物も手際よく置かれていく。
「美味そう~! 頂きま~す!」
「頂きます」
手を合わせて大きめに切ったハンバーグに息を吹きかける。口に入れると噛むごとに熱くて旨味が凝縮された肉汁が溢れてくる。濃い味のデミグラスソースに負けないくらい肉の存在が強い。
そして熱くなった口の中を冷やすようにお冷をくいっと飲む。たまらねー!!
「うん、たまには友人とファミレスも良いですね」
水原も大根おろしがたっぷり入った和風だれに、とんかつを潜らせて齧りついている。サクッとした小気味の良い音がこちらにも聞こえてきた。
「別にいいけどカツ丼セットもあったのに定食なんだ」
「卵とじも良いですが、どちらかと言えばおろしだれの方が好きなので。佐久間君はカツ丼派ですか?」
「美味ければどっちでもいい派! でも米と一緒に食うなら丼の方が楽じゃない? って感じ?」
「貴方変なところで面倒くさがりですね」
ぽつぽつと話をしながら食事は進んでいく。
半月前は水原とこんな風に一緒に飯を食いに行くことになるなんて想像もしていなかったな。やっぱりそれだけでも、一緒にお昼を食べて良かったなと思う。
「そっちのハンバーグも美味しそうですね」
「へへっ、ここのファミレス、ハンバーグが人気商品なだけあってめっちゃ旨いぞ! ちょっと分けてやろうか?」
「では、僕の分も少しお分けします」
「おっ、なんか見ていたらとんかつも食べたくなったんだよなー! ラッキー!」
お互いのおかずを交換し合ったり、生産性のない話を延々とする。それだけ、本当にそれだけなのに、なんか楽しいな。
最初の約束では次の昼食代を貰う半月だけの時間のはずだったのに、これで終わってほしくない。ご飯は少しずつ無くなっていく。解散の時間も近づいてくる。
「なあ水原、頼みがあるんだけどさ……」
ご飯がもう無くなり始めた頃、なんだか名残惜しくていつの間にか口を開いていた。
「俺、明日から昼食代入ってくるから、もう俺の分のおかずは無くて良いから……」
「……まあ、一応そんな話でしたからね」
「でももし、他に一緒に食べたい男子とか、誘ってくれる女子とかが居なければ、な……」
なんだろう、妙に緊張する。学校近くの曲がり角で声をかけた時はこんなに緊張しなかったのに、胸の奥が落ち着きなくザワザワする。
「今後も一緒に教室で飯……食べてくれね?」
自分の口から零れた声は、なんだかすごく寂しそうだった。
「君たちが良ければ、是非」
改まって言うのが何かおかしかったのか、水原はくすりと笑って俺を真っすぐ見ている。変な緊張感で萎縮していた身体が、ほわりとほぐされるように温かくなる。
「マジ?」
「元々他の人と一緒に食べるのが嫌いなわけではないので。貴方たちと一緒に食べるのが愉快で、1人で食べるのは寂しく感じそうだ。だから、今後も貴方たちのグループに入れて貰えると助かりますね」
「助かる……か?」
「ええ」
「そ、そっか~、仕方ねーな、佐藤には上手く言っておくわ~!!」
「助かります」
水原が目を細めて笑っている。
なんだろう、今胸の奥がドキンとした気がする。ああもう、本当にズルいくらい顔が良い。ただでさえイケメンなのにそんなに愛おしそうに微笑むな!
「あっ、そうだ。水原にもう1つプレゼントがあるんだわ」
俺はナイフとフォークを一旦おいて、自分の学生鞄を手繰り寄せる。無くさないように財布の内側に入れていた用紙を取り出して、水原に渡した。
「……『なんでもやる券』? なんですかこれ?」
ここ半月美味しい昼飯をくれたお礼についていろいろ考えた。日直の雑用や、ファミレス1回奢った程度じゃこの恩は返せない。でも俺が他に返せそうなものが思い浮かばなかった。だから水原がしてほしい事を決められる神チケットをプレゼントしたわけだ。
「幼子が困った時に親にプレゼントするやつですか? しかもルーズリーフの切れ端って……」
「細かい事は気にするな。その名の通り、俺が1回水原の言う事を何でも聞く素晴らしい券だぞ!! 雑用でもなんでも任せてくれ!」
「いえ、結構です。佐久間君に出来て僕に出来ない事は多分ないので」
「おい!!」
突き返されると思ったが水原はしばらくして券をじーっと見た後、ポケットに入れた。おうおう、変なこと言わずに初めからそうしろや。

