いいから早く付き合って!

 
 以前の俺は、昼休憩になるとすぐに購買へ駆け込み、熊谷たちの分を含めてパンを買っていた。
 初めの内は熊谷たちも比較的温厚だった。ちゃんとパン代も払ってくれたし、言葉遣いも今よりは穏やかで、すぐに不機嫌になる事もなかった。だから突き飛ばされた時は流石にびっくりしちまった。
 パンを渡した後は教室に戻って佐藤と一緒に食べる。その後は特に何もない。

「佐久間、あいつらのパシリになる必要なくない? あいつら完全にお前を下に見ているぞ」

 熊谷たちの態度が悪くなってきた頃に、佐藤にそんな忠告をされた気がする。

「いやでもさ、一応喜んでくれているし。頼られると悪い気しないじゃん?」
「お前のそのピュアなところは尊敬に値するが、あいつらには関わらない方が良い」
「それは何となく分かってる。でも俺は基本的に頼られると嬉しい兄貴肌だからさ、他の人より大分平気なんだわ。だから俺がトモダチでいる間は平和なんだ」
「佐久間……」

 まあ流石に季節が1つ過ぎる程度の期間で金すら返されなくなるとは……これは流石に困ったな。だからといって俺が拒否すれば、誰かが代わりにパシリになるだけだ。心が強い俺が請け負えばいい。

 でもここ半月はお金がないから熊谷たちと関わっていない。水原と一緒にご飯を食べるようになってから、なんだかいつもより昼食の時間が楽しくなった気がする。
 沢山美味しいおかずを用意してくれてさ、なんだかんだ話にも乗ってくれる。受け答えに遠慮がなくなってきて、たまに何か言い返したくなる事もあるが、不思議と嫌じゃなかった。

 本当に、水原からされる事は何一つ嫌じゃなかった。


―――――――――


 話は変わるが、飯を貰ってばかりは本当に良くないと思う。
 そう、水原が持ってきてくれるやたら美味しい弁当の事だ。正直購買のパンより全然良い。でも明日からそれもいったん終わり。何故なら月に一度の昼食代が支給される日なのだ。

「という事でこの格好良くて頼りになる俺が、残りの日直の仕事やっておいてやるよ!!」

 俺は先生の手伝いから戻ってきた水原に胸を張りながら言った。
 今の時間は放課後。皆がぞろぞろと出て物静かになった教室に、俺はあえて残っていた。
 ちなみに今日の日直は水原だ。水原は意味が分からないと言いたげな顔で自分の席に座り、学級日誌を開きながら俺を見上げている。

「別に構いませんよ。皆が交代でやる仕事ですから」
「遠慮するなって!! まあ日誌を書くのは文字でバレそうだから無理だけど、その他の残りの仕事は俺に任せろ。黒板消しの清掃、花瓶の水替え、おまけに応援だってやってやる」
「……では、応援以外お願いして良いですか?」
「おう!」

 俺はビシッとサムズアップポーズをキメた。
 手始めに花の水換えをする。これサボる奴多くて水が減っていたり、緑色に汚くなっている事多いんだよなぁ……。その後は黒板消し2つを窓の外でパンパンと叩いて綺麗にしていく。モクモクと漂うチョークの粉の向こう側に、雲一つない空が見えた。夏だからまだ明るい。

「水原、こっちは終わったぞ~。まだ日誌書いてんのか?」
「もうすぐ終わりますよ」

 俺は水原の席の前に立って学級日誌を覗き見る。
 今はフリースペースに何かを書いているようだ。ここには今日何があったかとか、先生に質問とか、たまに学校に関係ないジョークとか書いている奴だっている。
 適当に数行書いて終わる奴も多いのに、水原は今日の出来事を事細かに書いている。性格が出るね~。

「てか水原の文字すごいな、すっごく明朝体」
「それは褒め言葉として受け取って良いのでしょうか?」
「もち! 俺なんか先生にミミズ文字って言われた事ある」
「ミミズ……」

 そう呟きながら水原はおよそ半月前のページをめくる。俺が日直の日のページを広げた。

「うわっ、見るなよ。なんか水原の文字見た後だと馬鹿っぽくてやだ」
「……まあ佐久間君らしさが出ていますね」
「おっ、褒めているのか? 照れるぜ」
「いえ、詳細は言いませんが、そうですね……佐久間君風に言えばオブラートに包んでいます」
「おい」

 水原の手がノートの紙面に触れ、ミミズと称された文字を1つ1つ確認するかのように指を滑らせていく。それだけの行動なのになんか絵になる光景だ。流石眼鏡、本と相性がバッチリ過ぎる。

「フリースペース、『今日は恋のキューピットが恋人候補を連れて来てくれた運命的な日! なのにフラれたおかしい!』って書いてありますね。まさかこれ僕の事ですか」

 水原の指が、フリースペースの部分をトントンと叩く。この日はなんだか納得いかないと、むしゃくしゃしていたので勢いでそう書いたんだっけ。今見れば普通に恥さらしでしんどい。
 そしてフリースペースの下に書いてある、担任の熱田からのコメントが地味に腹立つ。

「あー、何書いてたか忘れてたわ。ていうか熱田先生のコメントが『青春だな、素晴らしい!!』だってよ。俺の気持ちも知らないで……」
「まあ……ある意味、運命的な日ではあります」
「んんー? それってもしかして水原式デレ?」

 ニヤニヤ笑いながら水原に目を向けると、はぁ……と大きくため息を吐かれた。失礼な!

「……そんな事より、佐久間君は帰らないのですか? 僕が書き終わるのを見ているなんてつまらないでしょう?」
「おう、そうだ。もう1つ重要なビッグニュースがあるから、その為に待っていたんだよ!!」
「ビッグニュース?」

 そう、この半月水原にご飯を貰っているお礼。正直日直の仕事を手伝うくらいじゃ全然足りない。ここまで良くしてくれたんだ、俺も払うものを払うのは当然だ。
 俺は鞄から取り出した財布を見せながら渾身のキメ顔をした。

「水原、ファミレスに行くぞ!! 俺の奢りでな!!」