いいから早く付き合って!

 
 水原と一緒に昼飯を共にするようになって1週間ほど経った。
 あれ以降、昼以外も水原と話す事が増えた気がする。と言っても基本的に相手は去る者は追わず来る者は拒まずのスタイルなので、こっちから話しかけに行かなければ話すことは少ない。

 でもお昼は向こうから机を運んでやって来てくれる。いつも佐藤と俺の机をくっつけて2人で食べていたのだが、水原がレギュラーメンバーに加わった感じだ。
 なんでそこまでしてくれるのかは相変わらず答えてくれないが、俺には分かる。俺が格好良くて惚れているからだろう。俺に惹かれているから、ここ1週間毎日おかずをくれる、そう考えるのが普通と言えよう。

「ふふん」
「上機嫌だな佐久間、なんかいい事あったか?」
「いやいや、格好良いは罪だなって」
「馬鹿がなんか言っている……」

 ええい、佐藤は相変わらず失礼な奴だ。だが今回は俺の罪に免じて許してやろう。

「今日も隣良いですか?」

 そうこうしている内に水原がやって来て自分の机をくっつけてきた。そしてその上にドンと2人用じゃないかってくらい大きな弁当箱を置く。なんか最初の頃より大きくなっている気がする。
 勿論箱だけでなく、中身もボリューミーだ。野菜から肉類までいろんなおかずが入っており、彩りまで計算された配置は花がある。米は自分で持って来る約束をしたのでおかずメインだが、2段目に入っているおにぎりだって全部中身の具材が違う。

「はい、佐久間君の分です」

 そう言って水原は弁当の蓋を皿代わりにして、おかずを半分ほど乗せている。

「佐久間君から貰った感想の手紙を渡したら、母が喜んで多めに作ってしまいまして。良ければまた書いて頂けないでしょうか?」

 実は昨日、俺に出来るお礼は何かを考えて、ノートをちぎって水原の母ちゃん宛に『美味しかったです!!』と思いの丈を書き殴ったのだ。それが相当嬉しかったようで、今日のおかずはやたらと豪華である。

「了解了解~! んじゃ、いっただきま~す!」
「美味しいですか?」
「今日もバリうま!!」
「それは良かった」

 本当にどの料理も美味しくてするする胃の中に入って行く。俺の母ちゃんも早朝の仕事になる前は作ってくれたけど、こんな豪華な弁当を貰った事はない。
 とりあえず来月の昼食代を貰うまでの間のみだが、あまりにも幸せ過ぎる。

 ちなみに熊谷たちに関してだが、もうお小遣いが足りないので買えないと言ったら、「来月まで我慢してやる」と言われた。お金は相変わらず返ってこない。どこかで別の誰かをカツアゲしていないか心配だが、母ちゃんに昼飯代を増やしてくれなんて言えるはずもない。
 だから熊谷にはLINEで『ちゃんと月初めは昼飯を持っていくから、他の生徒には手を出さないで』と約束させた。俺がお願いした通り、大人しくしてくれていると良いが。

「佐久間君、口元にタレが付いていますよ」

 そんな余計な事を考えていたからだろうか、水原にそう言われて唇の下あたりに何かが付着している事に気が付いた。あまりの美味しさにガツガツ食い過ぎたみたいだ。
 ティッシュ余っていただろうかと鞄を漁ろうとした時、白い何かを持った水原が俺の口元に手を伸ばしてくる。

「ぅお……」

 どうやら水原が持っていたのはウェットティッシュのようだ。
 サッと拭われる瞬間、下唇を水原の長い人差し指が掠める。同い年のものとは思えないくらい、細くて長い、少し骨ばった綺麗な指だった。

「えっ……えっと、有難う」

 うっわー、高校生なのに他の人に口元拭われるとか恥ずかしい!!
 湯気が出そうなほど顔が熱くて、心臓がバクバクと音を立てている。こんなの格好良い男らしくない。
 それにしたって最近の水原はなんかこう……キラキラしているように見える。漫画のキラキラエフェクトに囲まれているかのように無意識に目線が行ってしまうし、心なしかシャラ~ンと効果音も聞こえてきそうな状態だ。
 少女漫画に出てくる生徒会長的な感じ? いや、少女漫画とかよく知らないし、水原は生徒会の人間じゃないけどさ。

「何? 水原ってもしかしてオカン属性?」

 その様子をもさもさと米を噛みながら見ていた佐藤が呟く。

「なんだかそんな気がしました。無いはずの母性本能が芽生えそうです」
「乙女心の方を芽生えさせて!! てか、えっ……俺の恋人候補が母ポジ……? それは俺の威厳を保てそうにないからちょっと複雑……」

 俺はあくまでも恋人をリードする余裕のある格好良い男を目指しているのだ。相手が母ちゃんだと思うと一気に頭が上がらなくなるので何か困る。

「威厳とか佐久間には無縁すぎるだろ」
「そもそも勝手に恋人候補に入れないで下さい」
「っかー!! 素直じゃないなー!!」

 2人して酷過ぎじゃない?
 とりあえず素直じゃない水原は罰として頭ワシャワシャの刑に処する事にした。艶やかな黒髪が生えている頭をガッとつかむ。女子が嫉妬しそうなくらいのサラサラヘアだ。軽く手を動かすだけでも指の間に入り込んだ髪の毛の感触が心地いい。

「えぇ……何ですかこの状況……」
「照れるな照れるな~! ただのスキンシップだろ? 佐藤も俺に時々やってくるしな!」
「……そうなのですか?」

 水原は心なしか不機嫌そうな顔で佐藤をじーっと見つめる。佐藤は知らぬ存ぜぬといった顔で視線を逸らして飯を食い始めた。佐藤が露骨に無視しているからか、今度は俺の方を向いてきた。

「では、僕もやってみて良いですか? あまりこういうスキンシップをやった事が無いので、試しに」
「おっ、良いぞ。どんとこい!!」

 どうせ佐藤にもされまくっているし、水原にされて減るもんじゃないしな。それに小さな事でも頼られるのは悪い気はしない。
 水原はちょっと恐る恐ると言った感じでゆっくり手を伸ばしてくる。そんな頭皮が剥けるとかじゃないんだから気にしなくて良いのに。
 そして水原は手を俺の頭の上に置くと、俺のようにワシャワシャ掻きまわす感じでなく、髪の毛の流れに沿うようにするりと撫でた。それはふざけている感じではなく、愛おしさすら感じられるほど、じっとりと撫でられている。

「へ……へえぇ……」

 俺より大きな手のひらが頭を優しく撫でる度に、思考停止していた頭が沸騰しはじめる。
 待て待て、何だこの撫で方は。こんなふうに撫でられた経験は幼少期くらいしかないぞ? もっとこう、男子高校生ってふざけ合って小突いたりする感じじゃないのか?

「ふむ、佐藤君がこうする理由が少しわかる気がします。佐久間君は撫でるより撫でられる方が似合う。顔や言動が可愛らしいからでしょうか?」
「か、可愛い……? 俺が……?」
「ええ、子犬みたいな可愛さがある」

 いや、俺は格好良い男を目指しているわけだが。何でこんな恋する乙女みたいな気持ちにならなきゃいけないんだ!?
 俺の頭から手を放した水原がなんだか嬉しそうに笑っている。普段クールでスンとした顔をしているくせに、人の頭を撫でた後にこの表情はズルくないか? このイケメン罪深すぎるのではないだろうか。

 というかこいつ、これで俺の告白は断るとかマジでなんなの!?
 さっきからなんなんだこの気持ちは!! 気になる気になるモヤモヤするー!!