「佐久間遅いぞ! もう休憩時間半分しかねぇじゃん!」
教室に戻ると、スマホをポチポチといじっていた佐藤がこっちを向いた。机に置いた弁当は風呂敷を開けてすらおらず、俺が教室を出た時と同じ状態で置かれたままだ。
「わりぃ、もしかして待ってた? お前も暇なやつだなー」
「はぁ? ソシャゲのデイリーやってたからむしろ忙しかったが? てかお前の昼飯もしかしてそれだけ?」
佐藤は俺が持っている、中身を吸い取られつくしたゼリーのパックを指さして言う。
「あー、もう親から貰った昼食代が無くてな……購買も売り切れだったし、今日はこれで我慢するわ」
正直全然足りないがこのゼリーは一応それなりのカロリーがあるし、まあ今日1日くらいは大丈夫だろう。
心配させないように笑ったつもりだったが、佐藤は一瞬顔を歪ませた。何かを言いたげに口を開いたが、何を言えば良いのか分からなかったのかすぐに閉じた。
「すみません、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
俺が佐藤の前に座ると、後ろから声が聞こえてきたので振り向いた。
そこには水原が机を両手に持ちながら立っている。返事をしていないのに持っている机を俺らの机にくっつけた。新しく合体した机にはデカい弁当箱が乗せられている。
「別に構わないが、珍しいな水原! どういう風の吹きまわし?」
「まあ、いろいろ思う所がありまして」
水原は基本的にいつも自分の机で黙々と弁当を食べている。たまに他の男子生徒と食べたり、誘われるがまま女子と食べる事もあるが、俺たちのところに来るのは初めてだ。
「はは~ん、もしかしてやっぱり俺の事が気になる感じ~?」
今朝のぶつかり事故の事を思い出して得意げに言うも、水原は何も感じていないかのように無表情のままこちらを見る。
「まあ、気になりますね。先ほどの事とか」
「うっ……」
「おい佐久間、もしかして熊谷となんか揉めたのか?」
眉間に僅かに皺を寄せながら佐藤が俺の方を見てくる。俺はどう返事をすればいいか分からずそっぽを向いたら、佐藤は今度は水原の方を向いた。
「申し訳ございませんが、全て終わった後だったので僕は何も……それより、佐久間君にお願いがあるのです」
そう言いながら水原は前に置いてあるデカい弁当箱を開いた。
箱自体が結構大きいのに2段重ねになっている弁当で、1段目には海苔が巻かれた沢山の一口サイズのおにぎり、2段目には色とりどりのおかずがぎっしり詰まっている。
「夏バテで少々食欲が落ちていまして、弁当のおかずを少し食べてくださると助かります」
卵焼きやアスパラベーコンのような小さなものから、アルミホイルに包まれた小さなグラタンや一口大のハンバーグ等の、ちょっと豪華なものまで入っている。ひとつひとつが冷凍食品でない手作りのようで、見た目も鮮やかで美味しそうだ。艶やかで冗談抜きで全て美味しそうに見える。
こんなのもう飯テロだろ! ぼーっと見ていたら口の中から唾液が溢れて来て、お腹がグーっと音を鳴らした。
「我が家では母が専業主婦をしているのですが、すごく料理が好きなんですよ。なのでうっかり作りすぎてしまうみたいです。作ってくれるのは有難いのですが、時々食べきれないんですよね」
「えっ、じゃあマジでもらって良いの……?」
「はい。そうしてくれると助かります」
そう言いながら水原は弁当の蓋をひっくり返して、そこにおかずやおにぎりを乗せてくれた。だいたい全体の3分の1程度だが、今の俺には十分すぎるほど有難い量だ。
「予備の箸が無いのでつまんで食べられそうな物のみですが、どうぞ。ウエットティッシュも持っているので、食べ終えたらお渡しします」
「いや、マジで有難う。何か今キュンときてる」
俺は蓋の上に乗せられた卵焼きに手を伸ばす。箱に詰められていた時は気付かなかったが、よく見れば中に明太子が入っていた。
「うんめぇ~!!」
ふんわりとした卵と明太子のしょっぱさのバランスが絶妙だ。続いてハンバーグを食べる。多分豆腐を混ぜ込まれているのか、滑らかでふわっとした食感が良い! 十分ジューシーで何個でも食えそうだ。他のおかずも全部うまい。米(おにぎり)が進む。
「さっき偶然聞こえてしまったのですが……佐久間君、昼食代が無くなったって本当ですか?」
「ああえっと、使い過ぎてしまって……でも来月にはまた貰えるから、そんな気にしなくても良いぞ!」
熊谷たちが一向にパン代を返してくれないから、昼食代として貰っていたお金が半月で底を尽いてしまった。親にせびる訳にもいかないし、残り半月どうするべきか。
「まだ今月に入って半分しか経っていませんが……来月まで昼食はどうするつもりで?」
「大丈夫大丈夫! 晩御飯の米を多めに炊いて、爆弾おにぎり作ってくるから!」
塩と海苔があれば味付けは十分だ。まあおかずは無しになるだろうが、この際仕方ない。
米だけならなんとか誤魔化せそうだが、冷蔵庫の食材を勝手に使っておかずを作るのはバレるだろう。母ちゃんに相談すれば残り半月の昼飯を用意してくれそうだけど、学校でなんかあったか詮索されそうで相談できない。
「では残りの半月もおかずを食べてくれませんか?」
水原はしばらく無言で何かを考えたあと、予想外の提案をしてきた。俺は驚きすぎて持っていたアスパラベーコンの串を落とすし、佐藤も目を丸くしている。
「えっ、良い……のか?」
「ええ。夏バテで少し食欲が落ちているのも本当ですし。母も作る量を抑えるより、多めに作った方が楽しいでしょう。佐久間君にとっても悪くない話だと思いますが?」
いや、悪くないどころかめっちゃ良い話だ。まだちょっとしか食べていないが、おかずは全部美味しいし、種類も豊富で全然飽きない。むしろ購買で買ったパンやおにぎりよりずっと良い!
でもおかしくないか? だって俺にしかメリットないじゃん。
「何でそこまでしてくれるん?」
ウイダーをくれた時といい、なんでそんなに優しいんだよ。今朝の事もあって俺の事嫌いなんじゃねぇの?
「……原因が原因なだけに放っておけないんですよ。少しだけ、苦労が分かるので」
「はぁ……?」
「それ以上詮索するならおにぎり1つ返してもらいますよ」
「勘弁して! このおにぎり鮭ぎっしり入っててめっちゃ旨いから!」
俺は取られないように弁当の蓋をサッと持ち上げる。いや、もともと水原のものであるが、全部美味しすぎて胃の中に収めたい!
取らないでくれ~と念じながらキッと睨んだら、水原は面白そうにフッ……と笑った。
「決まりですね。では明日からもう少しおかずを増やしてもらえるよう交渉してみます」
「あ、有難う。ってかマジで良いの?」
「多分大丈夫です。料理は母の趣味なので喜びますよ。代わりと言ってはなんですが、料理の感想だけ教えてください。きっと喜んでくれるので」
「まじ!? 今まで食べた弁当の中で一番美味いって言っておいて!」
正直、俺の母ちゃんより美味い(笑)!
感想を伝えると、水原は「それは良かった」とだけ言って自分の弁当を食べ始めた。どうやら返せと言う気は無さそうなので、俺も弁当の蓋を机に置いた。いやしかしマジか。これが捨てる神あれば拾う神ありってやつか?
「しっかたねーな! 俺からも佐久間におかずを恵んでやろう!」
美味しいおかずをムシャムシャ食べていたら、突然佐藤が大きな声を上げた。
「マジ? 気が利くじゃん!」
「おうおう、もっと佐藤様と褒め称えよ」
「佐藤様ありがたや~」
そして佐藤は水原のおかずの隣にちょこんとミニトマトを乗せた。
「って、これお前が嫌いな食べ物じゃねーか!」
嬉しいから食うけど!

