俺はあの後すぐ佐藤&水原と別れて、校舎裏に向けて走っていた。
先に購買でホットドッグとスマホのLINEアプリで指示されたパンも無事購入できた。本日のミッションクリアだ。
「くそー、水原め……もう知らない! めちゃくちゃ美人で可愛い女子と付き合って見返してやるー!!」
ホットドッグをムシャムシャしてこのむしゃくしゃを紛らわせよう。やけ食いという言葉がこの世に存在しているくらい、食べ物の力は偉大なのだ。
「おい、おせぇぞ!!」
先ほどのやり取りを思い出してぐぬぬ……と思っていたら、目的地にたどり着いたようだ。
校舎裏に設置してある倉庫の日陰に、いつもの3人組が居る。全員髪を染め、水原と違い制服を着崩している。この学校に居る不良グループたちだ。
腫れ物扱いされている自覚はあるのか、いつも3人仲良く行動している。俺はそのグループの末端と言うか……まあ、おまけみたいな存在だ。
その中で一番背の高い生徒……熊谷が苛立った様子で唾をその辺に吐いた。
「あー、お前の名前なんだっけ?」
「……佐久間だ」
「おお、そうだったわ佐久間」
熊谷は悪びれる様子もなくゲラゲラ笑っている。別に名前を忘れられるのは今回が初めてではないので、いちいち気にしてられない。
「つーか佐久間ぁ、ただでさえ暑ちぃんだからよ。トモダチ待たせるとか良い度胸じゃん。ちゃんと頼んだもの買っただろうな?」
「は、はは……ごめん。でも言われた物は全部買ってきたぞ。今日は売り切れ無かった」
「へー、そりゃどうも。いやぁ、持つべきものはトモダチだねぇ」
そう言いながら熊谷は俺の肩に腕を回して体重をかけてくる。こいつにとってはスキンシップだろうが、正直重いし少し痛い。そしてもう片方の手で俺が両腕に抱えているパンを全て取っていく。
「あん、ホットドッグあるしゃん」
「それは俺が食べようと思った分で……」
「おー、流石トモダチは気が利くなぁ……やっぱホットドッグも食べたいって気分だったんだよ。有難く頂くわ」
「えっ……」
そう言って不良グループは4つ全てのパンを持ってどこかへ行こうとする。俺は慌てて去って行こうとする熊谷の腕を掴んで叫んだ。
「待ってくれ、俺も腹が減っているからどれか1つは置いてってくれ! それにここ半月お金払ってもらっていないんだけど……いい加減払ってくれないか?」
「ああん? うるせぇよ邪魔だ!!」
「うぐっ!!」
掴んだ腕を思い切り振り払われ、俺は尻もちをついてしまった。
熊谷は尻をさすっている俺を見下ろしながら鼻で笑う。残りの2人も俺を気にする様子はない。1人はゲラゲラと笑い、もう1人は興味の無さそうにずっとスマートフォンを弄っている。
「俺たちも腹減ってんだよ。金はまた今度払うって言ってるだろ? んじゃまた明日よろしくな!」
最後にそれだけ言うと3人は、未だ尻もちをついている俺に振り返る事なく、どこかへ行ってしまった。
まあ……なんだ、別に今日に限った話ではないし。最近横暴な態度を取られることが増えたけど、熊谷も大変なのかもしれないし。
「別に平気……」
ズキズキと心が痛むのはきっと気のせいだ。
参ったな。弁当なんて持って来ていないし、完売になる前に購買に行かなきゃ。そう思っているのに、なんだか気分が沈んで、もうしばらくここでうずくまっていたい。体育座りをして膝に自分の額を乗せ、詰まったモヤモヤを出すように息を吐いた。
「あれ、佐久間君じゃないですか。購買に行ったと聞いていたのですが」
暑いしそろそろ立とうと思った瞬間、聞き覚えのある声が聞こえて顔を上げた。
普段あの3人組しか来ないようなこの校舎裏に、何故か水原が立っていた。片手には小さなスコップが入ったバケツを持っている。
「具合が悪いのですか? 保健室に行きます?」
「ああいや、元気平気!!」
いけない、俺は高校では格好良い男を目指しているんだ。こんなジメジメした情けない姿を他人に見られるなんて、とんでもない失態だ。
俺は立ち上がって、元気ですアピールをする為に腰に手を置いて胸を張った。
「てか何で水原ここに居るの? やっぱり俺に未練ある感じ?」
「いえ、出しっぱなしにされていた道具をそこの倉庫に仕舞うよう頼まれただけなので」
「あっ、そう……」
「でも安心しました。蹲っていましたし、熱中症だったらどうしようかと思いましたよ」
俺が元気そうに立ち上がって安心したのか、水原は俺の肩をポンと叩いた。凄いな、イケメンはこんな仕草でもキュンとくるんだから。
俺の肩から手を放した水原は、すぐ傍にある倉庫の扉を開けて道具を仕舞った。その横顔がなんだか、今朝見た時より眩しく見える。多分眼鏡が太陽の光で反射しているからだろうけど……。
「こんな気温だと、元気な君でも熱中症で倒れるなんてあり得ますから。ちゃんとパンだけでなくて水分補給もしてくださいね」
「パン……」
そう呟いた瞬間、思い出したかのようにお腹がグーっと大きな音を立てる。水原が来て忘れかけていたが、そういえばまだ何も食べていないんだった。
「昼食、食べていないのですか?」
「いや、ホットドッグ食べる予定だったけど無くなって……」
「もしかして……さっきの3人組に取られた?」
水原は僅かに眉間に皺を寄せて囁く。
「いやあの、トモダチとしてプレゼントしただけだから……気にしなくていい」
俺は慌てて首を横に振った。プレゼントする気なんて微塵もなかったが、あまり話を大きくしたくない。俺がパン1つ我慢すれば熊谷たちも喜ぶ。皆がハッピーになれる。それでいいじゃないか。
「……ああそうだ、丁度いいからこれ差し上げます」
「んえ?」
水原は膨らんでいる胸ポケットに指を突っ込むと、パックに入ったゼリーを取り出した。コンビニやスーパーでよく見かける、ウイダーinゼリーだ。いや、今はinゼリーって名前になったんだっけ。
「道具を仕舞うお手伝いの前報酬として頂いたのですが、僕は弁当を持ってきているので」
そう言って水原は呆然としている俺の腕を掴んで、ゼリーを握らせてきた。まだ未開封の、少しひんやりしたそれを両手で持ってじっと見ていたら、何故か鼻の奥がツンとした。
あ、まずい……と思った瞬間には、涙袋に溢れそうなほど雫が溜まっていた。
「……ここは暑いので教室に行きましょう。佐藤君も待っていると思いますよ」
「ん」
俺は慌てて短い袖を手繰り寄せて顔をガシガシ拭く。
胸がさっきからドキドキする。それなのに、同時にポカポカと温かいものが昇り詰めてくる。なんだろう、今まで感じた事のない不思議な感覚だった。熱中症になりかけているのか?
水原が俺の背中を押してくる。たったそれだけなのに、なんだか泣きたくなるほど嬉しく感じた。
「ウイダーとウインナーって似ているよな、字面が」
校舎の出入り口に向かいながら俺がそう呟くと、水原は首を傾げた。
「ええ……いきなり何です?」
「これでミッションクリアって事にしておく」
「は、はぁ……」
「……んま」
蓋を開けてズルズルと中身を吸い出す。少しさっぱりした味の甘いゼリーが、喉を潤していく。このゼリー、すごく好きってわけではないはずなのに、何故かめちゃくちゃ美味しく感じた。

