いいから早く付き合って!

 
 水原は投げ捨てられたスマホを拾った後、俺に手を差し伸べてくれた。
 俺はその手を掴んで起き上がる。蹴られた部分はまだ痛いが、そこまで深刻な状態ではなさそうだ。

「まだ歩くのは辛そうなので、少し休んで落ち着いたら保健室に向かいましょう」
「水原は……昼飯食べなくて良いのか?」
「1食抜いたくらいじゃ死にませんよ。貴方をここに放置する方がなんだか心配です」
「そこまで気にしなくて良いが……いや、助かるわ」

 逆の立場なら俺も一緒に居そうだなと思って、好意を有難く受け取ることにした。
 昼間はまだまだ暑いので、水原の肩を借りながらすぐ近くにある倉庫の日陰に移動した。倉庫の壁を背に2人横並びになって座り一呼吸置いた後、水原がこちらを向く。

「お腹蹴られちゃいましたね。すみません、僕が熊谷君を煽ったばかりに……」

 俺も顔を横に向けると、水原は僅かに俯いている。悲しそうに眉を下げ、下唇を噛みしめている。

「いや全然平気! むしろ思ったより軽傷でラッキーだ! でも結局水原に助けられちまったな……マジでダセェ……」
「そうですか? 佐久間君史上一番格好良くて、男前でしたよ」
「マジ? やったぁ!!」

 俺は痛む腹に力を入れて声を張り上げる。水原に気にしないでほしかったというのもあるが、正直好きな奴に格好良かったと言われて嬉しいのもマジ。
 なのになんか……気が抜けたからかな。徐々に目の奥が熱くなっていく。

「水原ぁ……」
「はい」
「1人でやるって言ったのに何で来たんだよ」
「すみませんね」
「でも俺、本当はずっと怖かった……嫌だった……」
「そうですか」

 ひとつひとつの短い返事が優しくて、とうとう我慢が出来なくなった。

「助けてくれて有難う……!!」

 抑えきれなかった涙が頬を伝い、地面に零れてしまった。こんな情けない顔、万が一にも見られたくなかった。熊谷たちと対峙している時はなんとか堪えられたのに、どうして水原の前だと我慢が効かなくなるのだろう。

「男がこんな事で泣くなんて……ほんとダセェ……」
「誰だって自分より大きな相手に拳を振り上げられたら怖いですよ。しかも熊谷君の場合は脅しでなく本気でしたし」
「笑わない?」
「どこに笑う要素があるんですか。よく頑張りましたね、佐久間君」

 水原があまりにも優しく褒めてくれるから、余計に鼻の奥がツンと痛くなった。
 泣き顔なんて見られたくなくて、三角座りをして自分の膝に顔を埋めた。そしたら水原は俺の背中に腕を回して、慰めるかのようにポンと叩いてくれた。何よりも心地いい手だ。

 俺が熊谷に従っている内は平和だとかなんとか、いろいろ理由を付けて我慢していた。でもどうやらこの数ヵ月、度重なるストレスで相当疲弊していたらしい。蓄積された苦しみが解放されたかのように、声を殺して静かに泣いた。
 その間水原は何も言わず、俺が落ち着くまでじっとしてくれた。


―――――――――


「ああ、忘れていました」

 俺の涙が止まって呼吸も落ち着いたころ、水原は何か思い出したかのように胸ポケットに指を入れた。よく見たらそのポケットは何か入っているのか、パンパンに膨れている。

「佐久間君に渡したいものがあります。手を出してください」
「うん?」

 すると水原は俺の手にパック入りのゼリーを置いた。以前も貰ったinゼリーだ。

「ミッションクリア記念」

 手に乗せられたゼリーを両手に持ってポカンとしていたら、水原が俺の肩を優しく叩いた。

「はは……水原マジ最高。付き合ってくれ」
「そうですね、前向きに考えておきます」
「へ……?」

 どうせ断られると思っていたから、つい間抜けな声が出てしまった。木の葉のざわめきも、風の音も遠のいていく感覚がする。
 全ての神経が、水原の存在を感じることに集中している。

「勘違いしないでください。まだ保留ですから。そもそも親しくなってから半月で付き合うとか軽率すぎます」
「俺は水原の事が好きなんだから細かい事気にすんな! いいから早く付き合って!」
「こっちは大切な人と、生半可な気持ちで付き合うなんてしたくないんですよ。ああでも……」

 水原はポケットから紙きれを取り出した。
 ルーズリーフの切れ端にマッキーででかでかと書いた『なんでもやる券』という文字。それを俺に見せびらかすようにひらひらと振っている。

「覚悟が出来たら『これ』を持って告白させてもらうので。心の準備はしておいて下さいね」

 不敵な笑みを浮かべながら、水原は券にキスするように口元に当てる。眼鏡のレンズ越しに見える蠱惑的な流し目が、俺の胸に突き刺さった。熱湯に入れられた温度計のように、徐々に頭に血が上っていく。
 普段は物静かでクールな顔なのに、攻める時は色気たっぷりとか反則だろ!!

 水原が手を伸ばして頭を撫でてくる。まるで肌の感触を味わうように、5本の指が素肌を弄ぶように撫でてくる。じっと俺を見下ろす瞳から目を逸らせない。
 俺は今こんなにドキドキして心を乱されているのに、お預けとか酷くないか!?
 なんだか手のひらの上で踊らされているようだ。ああでも、この振り回される感じも悪い気がしないから俺は重症だと思う。

「お前ほんっと最高……!!」

 俺は水原の方に身体を倒して、その肩にもたれ掛かる。夏に密着するとか暑くてたまらないが、それでもいい。
 貰ったゼリーの蓋を開けて、グイッと一気に吸い込む。暑さと涙で失った水分が補給されていく感じがした。俺が勢いよくごくごく飲んでいる間も、水原は動かず黙ってその場に居てくれた。

 目だけ上を見ると、水原が赤く染まった頬で嬉しそうに笑っている。
 今日のゼリーも最高に美味しかった。