倉庫の中に居る水原が俺を見て笑っている。
いや、そもそも何で水原は倉庫の中に居るの?
「熊谷君の事ですから穏便に済むはずがないと確信していたので、最初からここで待機していたんですよ。走れば一番乗りでした。君たち手は早いのに歩くのは遅くて助かります」
まるで俺の心の中を読んだかのように水原はスマホを操作しながら話す。
「何だお前……俺らは忙しいんだよ。さっさとどっか行けよ」
「おや、僕の事を忘れましたか。やっぱりいじめってされた側だけ覚えているものなのですね」
「は……?」
水原はやれやれと肩をすくめながら、倉庫から出てくる。
そして手に持っているスマホを見えるように前に掲げる。
「ところで僕がなんでスマートフォンを構えているか分かります? 実はさっきまでの一部始終、しっかり録画させてもらっていたんですよ」
「なっ!?」
「貴方が大人しく引き下がるとはとても思えなかったので。流石に中学に引き続き高校まで問題起こしたらまずいのではないですか? あの時割った僕の眼鏡代程度の賠償で済めば良いですね」
水原が酷く冷めた顔で熊谷を睨む。
俺には水原の言いたい事がよく分からないが、熊谷は何かに気付いたかのように目を見開く。
「テメェ、なんか聞き覚えある苗字だと思っていたが……中学の時に俺を停学処分にさせたクソ眼鏡か!!」
熊谷が吠えるように叫ぶ。水原はそれに返事をしなかったが、まるで肯定するかのようににっこりと笑った。
「まさか……俺の代わりにいじめの標的になった人……?」
熊谷と会うと、どうしても思い出す中学校の記憶。俺が熊谷から逃げたばかりに標的が変わり、代わりに被害を受けた生徒の事。あの時は偶然目撃しただけだから、殴られた生徒の顔もよく見えなかった。
まさか俺の代わりに犠牲になった人が水原だったなんて……血の気が引いて、眩暈を覚えそうだった。
「佐久間君、貴方はあの時逃げた事に対して罪悪感を覚えているみたいですが、僕は全く恨んでいませんよ。といいますか貴方は悪くないですし、当時は貴方の事を知らなかったので恨みようがないです。熊谷君は恨んでますが」
「相変わらず大人しそうに見えて口がデカい眼鏡野郎だな。人の人生狂わせておいてよぉ」
「失礼ですね。停学は自業自得です。しかしまだ若いからと見逃されていたのに……人はそうそう変わりませんね。この高校に普通に入学出来ているのが驚きですよ」
「黙れ、そのスマホ叩き壊してデータ全部消してやる!!」
熊谷が今にも水原に飛び掛かろうと足を踏み出す。
駄目だ!! 水原は俺より身長が高いが熊谷の方がデカい。俺の失態で水原が殴られるなんて耐えられない!! 俺は飛びつくように熊谷の足にしがみついた。
「うおっ!? 佐久間テメェ、邪魔だ!!」
「水原今のうちに逃げ……ぐがっ!?」
水原に叫ぼうとした瞬間、掴んだ足を振りほどかれて俺は熊谷に腹を思い切り蹴られてしまった。俺はそのまま後ろに飛ばされて身体が数回地面の上を転がる。
「ぐぅ……おえっ……」
「佐久間君!!」
「来る……な、ゲホッ……」
「くっ……!」
強い痛みで視界がぐわんぐわんと歪む。
くそっ、無駄にデカい身体しやがって……なんつー馬鹿力だよ……。俺は立ち上がることも出来ず、ゲホゲホとその場で咳込んでしまった。胃の中が空っぽで良かった。
水原を見ると取り巻き2人に囲まれてスマートフォンを奪われてしまったようだ。熊谷も取り巻きも一気に形勢逆転した様子で鼻息荒くして水原を笑った。
「へへ、大切な証拠奪われちまったなぁ……またその顔面を眼鏡と一緒にぶん殴ってやろうか?」
熊谷が拳を鳴らしながらゆっくりと水原に近づく。何とかしたいが腹の痛みがまだ引かず這うようにしか動けない。手を伸ばしてもこの距離じゃ届かなかった。
逃げろと言いたいのに、まだうまく声が出ない。俺は好きな人を逃がす事すら出来ない……。悔しくて悔しくて、泣きそうだった。でも泣いたら熊谷たちの思う壺だ。
「佐久間君、大丈夫です。もう少し耐えてください」
絶体絶命のピンチのはずなのに、水原は焦った様子もなく淡々と言う。
「熊谷君、一応言っておきますがスマートフォンを取った程度じゃ無駄ですよ。倉庫を出る前にもうデータを送信済みなので」
「はぁ!? くっ、どうせハッタリだろ!」
「嘘だと思うのでしたら送信履歴見ればよいかと。ちなみにスマートフォンや僕の眼鏡を壊したらしっかり請求させてもらいますから。結構高いんですよ、これ」
水原が自分が掛けている眼鏡のフレームを人差し指でトントンと叩く。
取り巻きの2人が送信履歴を見たのか、顔が青白くなっている。どうやら手の届かない場所に証拠は飛ばされてしまったらしい。熊谷は再び水原を睨みつける。
「調子に乗るなよクソ眼鏡!!」
「いや待て熊谷、今回は逃げた方が良い!!」
「ああ? お前ら舐められたままで良いってのか!?」
「いや、こいつ面倒なやつにメールを……」
「おいお前たち、何をやっている!?」
遠くの方で大人の声が聞こえた。
声がした方を見ると、無駄にデカい熊谷より更に一回り大きいゴリラのような人物がものすごい勢いで走ってくる。担任の熱田先生だ。その後ろにも2人くらい他の先生が見える。
「おや、ナイスタイミングですね!」
水原がわざとらしく驚いたリアクションをする。
流石の不良3人組も数人の教員が追ってきているとなれば顔に焦りを滲ませる。
「チッ……! ずらかるぞ!!」
そう言って熊谷たち3人は先生たちとは反対側に走って逃げていった。水原のスマホはその辺に適当に投げ捨てられ、地面の上を回りながら滑っている。
「待てぇお前ら!!」
俺たちの元に追いついた熱田先生はそのまま猛スピードで熊谷たちを追っていった。流石熱血の熱田。この状況は相当許せないだろう。
「事前に熱田先生とメールアドレスを交換しておいて助かりました。佐藤君と協力して、その他何人かの先生にも報告済みです。事情を話したら、連絡が届き次第すぐ向かうと待機してくださっていたんですよ」
どうやら倉庫から出る前に俺がピンチだと教員たちに連絡してくれたらしい。ちなみに録画データも一緒に送信済みなのだとか。抜かりない……。決定的な証拠があるので、熊谷たちは何かしらの処分を下されるだろう。
熱田先生に続くように他の先生も追いついて来て、俺の前にしゃがみ込む。
「佐久間さん、大丈夫ですか? 水原さんから貴方が大変な目に遭っていると連絡があって急いで来たのですが……遅れて申し訳ありません」
「……大丈夫です、少し落ち着いてきました。水原も有難うな」
「佐久間君は純粋すぎるんですよ。あんなのと正々堂々戦うのが間違いです」
「はは……違ぇねぇや」
その結果水原にも迷惑をかけた訳だからやっぱり俺は駄目だなぁ……。
「水原さん、保健室の先生には連絡を入れているので、佐久間さんを保健室に連れていってあげてくれませんか? なんだか熱田先生に彼らを任せるのも、それはそれで心配で……」
「分かりました。任せてください」
「すみませんね。佐久間さんも無理をなさらずに。お腹が辛ければ午後から帰って頂いても大丈夫ですからね」
「平気ですよ。お腹減っている方が深刻なので」
場を和ませたくてそう言ったら、先生たちは無理矢理にこりと笑ってくれた。俺たちはその場に留まって、熊谷たちと熱田を追う先生を見送った。

