いいから早く付き合って!

 
 あいつとの学校外でのファーストコンタクトは、漫画みたいなシチュエーションだった。
 その日の朝は、俺……佐久間(さくま) (みつる)の運命の日と言っても過言ではない出来事が起きたのだ。

「やべー!! 遅刻遅刻ー!!」

 俺はバターを雑に塗りたくったトーストを咥えながら、全力で学校へ向けて走っていた。通常なら普通に間に合う時間だが、今日は日直で早めに到着しないといけない事をすっかり忘れていたのだ。

「くそっ、担任の熱田め!! なんで日直は早めに登校して職員室に挨拶とかプリントを取りに行かないといけないんだよ。他のクラスはそんなのやってないだろうが。思考が昭和かよあの熱血教師め!!」

 俺は平成生まれだから知らんけど!
 ブツブツ呟いていたらいつの間にか学校前の広い道路へ続く曲がり角が見えてきた。よし、もうすぐ着くぞと、気が抜けた瞬間だった。

「ぐえっ……!!」
「うっ……!?」

 強い衝撃と共に、ほぼ同時に短い唸り声が上がる。T字路の合流地点で、俺と同じく学校へ向かう誰かとぶつかったらしい。運よく咥えていたトーストを死守出来た俺は、地面に膝をつきながらぶつかった奴を見上げた。

「佐久間君じゃないですか。驚きました。そんなに慌ててどうしたんですか?」
「水原……」

 そこに立っていたのは同じ学校のクラスメイト、水原(みずはら) (さとし)だった。
 染めた事がなさそうな短い黒髪に、暑いのに第一ボタンまでしっかり締めたシャツ……漫画の真面目クールキャラがそのまま出てきたような眼鏡男子だ。ただでさえ高身長なのに、膝をついている状態だから余計に大きく見える。

「そんなに急がなくてもまだ時間はありますよ。ほら、立ってください」

 そう言って水原はおかしそうに小さく笑いながら、俺に手を差し伸べてくる。
 あれ、心なしか頬が赤くなっているような!?
 もしかして照れてる? いや、水原は絶対に照れているはずだ!! だってシチュエーションが完璧すぎるからな!!

 パンを咥えて走っている俺と曲がり角でぶつかって、手を差し伸べる。いつ見たかも分からないラブコメのワンシーンそのものだ。となればこれから始まるのは恋!!
 ついに俺にも春がやってきたか、今夏だけど。

 うーん、今まで意識した事なかったけど、よく見れば水原すっごくイケメンだな。真面目で穏やかな雰囲気も相まって、女子からの人気も非常に高い。
 物静かな性格だが社交性がないわけではなく、話せば普通に返事をしてくれる。クラスでもほとんど話したことのないけど、お互いの事なんてこれから知って行けば全然良い。うん、全然アリだな!!

「水原……俺と付き合ってくれ!!」

 こんな完璧な状況、他にはない。まさに運命! 恋のキューピットもヘドバンしている事間違いなし! だから当然OKを貰うと思っていた。

「えっ……普通に無理ですが」

 なのに俺はあっさりと玉砕した。


―――――――――


「おかしいだろぉ!!」

 昼休憩を告げるチャイムが教室に鳴り響くや否や、俺は後ろの席に居るマブダチの佐藤の席をバーンと叩いた。

「あー……朝言っていた告白のやつ?」
「そう!! 朝っぱらパンを咥えている俺、曲がり角で激突。これは恋が始まる定番のシチュエーションなのに今回も駄目だった!!」

 高校生になって早数ヵ月、俺には恋人を作って高校生活を謳歌するという目標があった。中学生の頃は残念ながら恋人を作ることが出来ず終いだったが、今の俺はあの頃とは違う。
 背も伸びて顔もキリッとなっているはずだし、調子に乗って髪も茶色に染めた。よりイケイケの格好良い男になれたのだから、高校こそは恋人をゲットできるはず。

 そんな目標があったわけだから、水原とぶつかったことは運命だと思っていた。なのにこの結果だ。今日の朝の授業中、ずっと水原の事がよぎっていた。

「まあ落ち着けって、今日は高校に入って通算10回目の玉砕記念日じゃないか。キリが良い数で素晴らしい!」
「佐藤お前、俺のこと馬鹿にしているだろ!!」
「馬鹿にしていると言うか、愛すべき馬鹿だなって思ってる」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃないか馬鹿ー!!」

 こっちは悲嘆に暮れているというのに、佐藤は笑いながら鞄から弁当箱を取り出している。
 くそっ、お前の弁当ひったくって中のウインナー食ってやろうか。毎回入っているしどうせ今回も入っているだろ。あっ、想像したらなんか食べたくなってきた。今日のお昼はホットドッグにしよう。

「んー、佐久間は顔が悪いってわけでもないし明るいし、友人としては女子ウケは良さそうなんだけど。やっぱりお馬鹿な可愛い弟系だからかなー。ウリウリ」

「やめろー、セットがぐちゃぐちゃになるー」

 佐藤は時々今みたいに俺の頭をワシャワシャと掻いてくる。俺より身長が高いからって良い気になりやがって。これが恋人だったらドキドキイチャイチャで最高の気分だろうが、こいつだけは絶対ない。

「でもやっぱり女子としては頼りになるクールなイケメンとかが良いんじゃね? 例えばえーっと……モテモテの水原とか」

 そう言いながら佐藤は水原の方に指を向けた。
 そっちを向くと、水原は数人の女子と立ち話している。女子たちが頬を赤らめて話しているのに対し、水原はあくまでもスマートに分け隔てなく無難な受け答えをしていた。

「呼びましたか?」

 声が聞こえたのか、水原がこちらを向いた。
 朝の事もあり、妙な緊張感で胸がドキンと跳ねる。意識して改めて見ると、本当に顔が良いな。落ち着いた声色はどこか色気を含んでいるように感じる。
 とっつきづらい雰囲気に見えて、実は結構話すというギャップもなかなかに良き。

「呼んだ呼んだー。あのさぁ水原、うちの可愛い弟分が恋に悩んでんの。なんかアドバイスしてやってくれ」
「誰が弟分だ弁当食うぞ」
「へぇ、佐久間君、好きな人居るんですね」

 おいおいおい、なんだそのちょっと思わせぶりな発言は。
 やっぱりお前俺の事を気になっているだろ!

「いや、ねーだろ」

 すぐ傍にいる佐藤が呆れたようにボソリと呟く。

「もしかして俺、声に出していた?」
「出てたし、さっきまでのやり取りでお前に恋人が一切できない理由が詰まっている」
「そ、そんな馬鹿な……」
「まあ僕も恋愛には疎いのでアドバイスは出来ませんが、そうですね」

 いつの間にか傍まで歩んできていた水原はジト目で俺を見ている。

「登校中ぶつかった相手に告白するのは止めておいた方が良いと思います」
「いやいや、あんなのもう運命じゃん! なんで水原も断るんだよ! お前は恋とかしたくないのか!?」
「ええ……普通に冗談だと思っていました」

 冗談なんかで告白するわけないだろう。俺は想いを伝える時はいつだって真面目だ!

「ちょっと待って」
「なんだ佐藤」
「いや、うん。俺の勘違いだと思うけど、今朝告白した相手ってもしかして……」
「水原だが」

 そう言った瞬間、佐藤は片手で自分の顔面を覆って項垂れる。水原に至っては眉間に皺を寄せてため息をついた。

「佐久間それは、うん。普通は無理だから。相手は男だし、大人しく別の恋を探しな」
「いやロマンティックに性別は関係ない! 何より今までで一番ビビッときた! そういう事で水原、俺その……恋人募集中で……」
「すみません、嫌です」

 なんでだよー!!