いつメンパワーで気力も回復、笑いもとれて練習も楽しく、気持ちは前向き。
「……それでもどうにもならないのが役作り、なんだよなぁ」
駅までの帰り道、歩きながらぽつりと呟く。
今日は糸杉は実行委員の打ち合わせ。のぐは自分の出番がないと聞くや否や「お先に失礼。ふぁいと☆」と俺に目配せして帰っていったので、久しぶりに2人での帰り道だ。
「にしてもさ、のむ。最後まで練習付き合ってくれたけど、よかったの?部活あったんでしょ」
「……別に」
「女優か!」
俺がすかさず突っ込むと、2人の吹き出す声が重なり、わははと響いた。台本読みでたくさん声を出したからか、なんだか喉の調子が良い。
ちょうど俺の目の高さにあるのむの肩が楽しそうに、ふふ、と揺れる。
のむは美術部だから、本人いわく「ゆるい部活」とはいえ、文化祭に合わせて何か作品を展示するらしい。文化祭の準備と並行して、部活にも頻繁に顔を出さなければいけないはずだ。
「あ、そうだ」
俺はリュックから、ごそごそ手探りで探し当てたものを、のむに差し出した。
「これ飲む?」
学校の自販機で買った、学校の自販機以外ではなかなか見かけない紙パックの激甘カフェオレ。午後眠くなりそうだなぁという時に、たまに買う。カフェインの効果に期待して飲むけど、糖分の方が多いからあまり効果はない。でもおいしいから買っている。
「あ。」
のむも、リュックをごそごそする。そして、同じカフェオレを取り出した。
「まめ飲みたくなるかなぁと思って、練習前に買ったの忘れてた」
「え……俺も、のむにあげようと思って、さっき買った……」
数秒見つめ合って、くくく、と笑う。
「のむ、練習付き合ってくれてありがと。いてくれて心強かったわ」
ははー、とうやうやしくカフェオレを両手で掲げて、のむに渡す。
「おう。……じゃあこれは、"お疲れさん"ってことで。あ、でも俺のは昼休みに買ったからぬるいぞ」
のむからも、同じパッケージの紙パックを受け取る。
「いいのいいの」と、早速ストローを刺して一口飲んだ。
「あら。あらあらあら……これは。冷えてないことにより舌に感じる甘さがより引き立って、練習で疲れた身体に染み渡るおいしさです!」
大げさに食レポすると、「わぁ~」とのむが情報番組のワイプに映る芸能人のように頷きながら、リアクションをする。俺達いつメンはいつも、こんな調子で誰かがボケたら誰かが乗っかってくれる。のむもにっこり笑って俺に続いた。
「じゃあ、こちらもいただいてみますね。いただきま~す……うーん、よく冷えているのに、やっぱり甘い!歯の浮くような甘さですね!」
俺は「食レポへたくそか!」と笑いながら、もう一口飲んだ。たくさん台本を読んで喉が渇いていたし、のむがくれたから、ぬるくてもとてもおいしかった。
「そういえば、冷たいのとぬるいの、飲み比べたことないよね」
俺のぬるい方を、のむに向かって差し出す。
「ほい」
「え?」
のむがぽかんとして、カフェオレと俺を交互に見る。
「だーかーらー。”のむのはおれがのむ、のむはおれののむ”。っつってんの」
「……なんて?」
「いやわかんだろぉ!……あ、のむって人が口付けたやつ嫌なタイプだっけ?ごめーー」
「いやじゃない!!」
のむは、引っ込めかけたカフェオレをがしっと掴んで、俺があげたカフェオレを差し出してきた。その勢いに圧倒され、今度は俺がぽかんとしてしまった。
「おう。……って声でっか」
「……わり」
変なの、と思いながら、渡された冷たい方をちゅーっと吸った。のむがその様子を、眉間にしわを寄せて見ている。
「……どうなんだよ」とのむ。
「うーん。冷たい方がちょびっとだけ甘くないような……ちょっと待って」
そう言って俺は、のむが持つぬるい方を、のむの手ごと引き寄せ、一口飲んだ。
「ん。やっぱりぬるい方が甘いね」
「……」
「ん?」
「いや」
「のむも飲んでみ、ほら」
のむがぬるい方を一口飲んで、遠くを見ながら「あまーい。死ぬほどあまーい」と棒読みで呟いた。
「ですよね」
うんうん、と頷いて、俺は再び冷たい方をのむに差し出した。のむがそれを受け取って、やけくそのように一気に飲み干す。喉仏が上下に動くのを見ながら、俺もつられて、ぬるいカフェオレをごくごく飲み干した。
「何か暑いな、今日」
のむが片手をうちわにしてパタパタさせる。
「そう?あ、でも練習でめちゃくちゃセリフ言ったから汗かいたなー」
「がんばってたじゃんまめ。とりあえず身内にはめっちゃウケてたし、俺は初めてにしてはいいと思ったけどね。冒頭のセリフもさーー」
のむが珍しく早口でよく喋る。それに細かいところまで覚えていて、めちゃくちゃ褒めてくれている。けど、なんか変だ。壊れた機械のように喋り続けるのむを、訝しげに見る。
「俺あそこ一番笑ったわー。『君、顎クイされるの、初めて?』ってやつ。まめの口から顎クイってワードが出る日が来るとは」
「ね、のむ」
「とりあえずセリフ頭に入れちゃえば、あとは何とかなるんじゃね?俺も頑張って覚えなきゃなー。暗記苦手なんだよな」
「のむ?」
「そうだ、今度のぐも誘ってみんなで台本覚えようぜ」
「のーむー!」
俺がのむの腕を掴んでゆさゆさ揺らすと、やっと止まった。
「ねぇ、もしかしてのむって俺のこと……」
俺がのむを覗き込むと、のむは「えっ」と目を見開いて、少しのけぞった。
のけぞった分だけ距離を詰める。
俺は、にっと口の端を上げた。
「ーー俺が初練習で心折れると思って実はめちゃくちゃ心配して、自分の出番もないのに残ってくれたんだろ。そうだろ?」
のむは、見開いた目を細めて「……はは。実はそうなのよ」と微笑んだ。
それを機に、しばらく沈黙が流れた。
駅までの道を歩くにつれ、仕事帰りや部活終わりの高校生の喧騒で、辺りが賑やかさを増していく。
夕焼けのオレンジが濃くなり、その上からだんだん濃い青が重なってグラデーションを作っていく。その様子をしばらくぼんやりと眺めていた。
俺は、今日のことを改めて思い出しながら、ぽつりと呟いた。
「のむは優しいよね。……ありがと。実はほんとに心折れそうだったんだぁ。でも今日でちょっとだけ回復した」
「そっか。それはよかった」
「みんな笑ってくれて、正直心の中でガッツポーズしちゃった」
「うん。俺も笑わせてもらったわ」
「でも、俺やっぱまだ不安があってーー」
相手役ののむには、ちゃんと話しておかないと。そう思い、改めてのむに向き直る。
「のむ」
「……なんだよ、怖いな」
「ラブコメってさ、ただ面白いだけじゃダメだよね?ちょっとくらいキュンとさせないと、ダメだよね?」
「まぁ……そうか?ってか、近いな」
話しながら、俺がぐいぐい歩み寄る分だけ、のむがじりじり後退する。
俺は、飲み干した紙パックを両手に握りしめ、「お願い」と、のむを見上げた。
「のむ、俺に”胸キュン”教えてくれない?」
「え」と、短く呟いて、のむが固まる。
「のむは俺よりモテてきたに決まってるから、俺よりは知ってるだろ」
「は?決めつけんなよ。……ってか、そういうのは監督に頼んだ方がいんじゃねえの」
「わかってないなぁ。こんなのいつメン以外に恥ずかしくて頼めないだろ。知ってるだろ、俺の恋愛経験値。”幼稚園の先生にお手紙あげた”、だぞ」
なんだか情けないことを、堂々と胸を張って主張する俺。のむも、その時のやり取りを思い出したのか、「あー、そうね」と、険しかった表情が少し緩む。
「とはいえ、俺も別に豊富ではーー」と口ごもるのむに、俺は痺れを切らす。
「煮えきらないなぁ。うーん、糸杉も、この手のことは苦手だからな。あとは、のぐに頼むしかないか……」
「いや、それは」
ぐっ、と目をつぶってのむが呟く。
「ーーわかった。やる」
「マジ?……助かる〜〜」
これで何とか本番までに、ラブコメを成立させられるといいな。
俺は、明日から頑張らなきゃな、などと考えながらのむの隣を歩く。
と、しばらく考えるそぶりで歩いていたのむが、はっと顔を上げて俺を見た。
「……その代わりに」
「ん?」
「俺からも一つ、お願いしてもいいか」
のむからお願いされるなんて、珍しいことだ。
「ほう!なになに?何でもやるよ!」と俺は前のめりで答えた。
「ーーまめ、文化祭に出す絵のモデル、やってくれない?」
俺が?絵のモデル?予想外のお願いに、ぽかんとした。
「ーーそれ、俺なんかでいいの?俺映えないよ?」
「そんなことない。まめがいい」
「……このちんちくりんを、ご所望ということ?」
「ん。それに……練習と美術部、どっちも一度にできたら一石二鳥じゃね?」
「まぁ、それは確かにそうだけど……」
「じゃあ、決まりで」
こうして俺は、劇の練習の合間に、のむに”胸キュン”を教えてもらうことになった。
おまけに、のむの絵のモデルもやる。ほんとにいいのかな、俺で。
駅に着く頃には、空はオレンジより濃い青の分量が多くなっていた。
反対方向に住んでいるので、最寄駅の改札で別れる。
別れ際、にひひと俺は笑った。
「ーーあと、気付いちゃったな、俺」
「何だよ」
「のむって、2人でいる時はそんなに距離近くないのな!」
「はぁ?!」
のむが「あー、もう」と低くうめき、おでこに手を当てる。
「……お前、明日っから容赦しねえから、覚悟しとけよ」
「おうっ。かかってきやがれ!貴様の”キュン”とやらを受けてやろうじゃないか!」
俺が両手をグーにして構えると、のむがはぁ、と呆れたようにひとつため息をつく。
ぐしゃっと潰れた紙パックをゴミ箱に放り込み、「じゃーな」と言って反対方向の改札に向かって歩いていった。
