クラスメイトが途中でいなくなるなんて、想像もしなかった。
朝、通学路を一人歩きながら考える。
もしのぐのむが、糸杉が、などと考えるだけで思わず涙腺が緩みそうになる。
「まめ!はよー」
「よ〜まめ〜〜」
不意に後ろからクラスメイトの声がしたので、慌てて潤んだ目をぎゅっと閉じ、瞬きを一つした。
さぁ、今朝はバックハグ、いや肩を組まれるか、それとも頭なでなであたり来るか!?と身構えるけど……来ない。その後も同じ。来ない。みんな、俺に向かって挙げかけた手を途中で止め、所在なく首の後ろを掻いたり、ひらひらと振って先を行く。
俺はその背中を見送りながら「……はよ〜」と返した。
俺のクラスは本当に仲が良い。もちろん俺達いつメンみたいにそれぞれのグループみたいなものは存在するけど、それぞれの垣根が低いし、いわゆる1軍、2軍みたいなものがない。だからこそ、のぐのむみたいな”長身の顔整い”が俺なんかと一緒にいるし、”学年1,2を争う成績優秀者”の糸杉が、俺なんかを構ってくれる世界線があるのだ。
さらに、あまり自慢にならないけど……俺は多少クラスのマスコット的にかわいがられている自覚があった。
頭を撫でられ、肩や腕を組まれ、ハグされるのはいつものことだし、これは本当にここだけの話だが、「かわいい」と言われるのにはすっかり慣れてしまった。「昨日の夜コンビニの前にまめいた」と光る首輪をしたポメラニアンの写真が送られて来た時は「さすがにこんなにかわいくないでしょ」と呆れた。が、かわいかったので、今でもスマホの待ち受けにしている。
無遠慮に愛でられるのもおもちゃにされるのも、悪意を感じなければ別によくて、「俺なんかでみんなが楽しそうにしてくれて何よりだよ〜」くらいに思っていた。ましてや「おいおい、第4条……」と頭を過ることすらなかった。
それが今、みんなの意識が変わろうとしている。よっちの一件を機に、「男子校でバグった距離感を正常化しよう」と努めている。それくらい、仲間を卒業前に失ったことに”食らって”いる。
仲が悪くなったり関係性が拗れたわけではない。俺としては、それはそれで特に困ることもないので「ひとつの流行りが終わったのね」程度に受け止めていたけれど。
実は今……とっても困っている。
「まめ。おはよ」
「はよ」
両手でリュックの肩紐を掴みながらうーん、と考え事をしていたら、まさに考え事の相手、のぐとのむが俺に追いついてきた。
背の高い2人から両腕がぶつかりそうなほど、いや、もはやぶつかりながらぴったりくっつかれ、「お……おはようございますお二方」とぎこちなく返す。
「なんとまぁ、本日もパーソナルスペースの概念をどこかに落としてきなすったのですね」
朝からニコニコ爽やかスマイルののぐと、朝が苦手で午前中は半分しか目が開いていない、アンニュイボーイののむ。”あなたはどちらがお好き?”と言わんばかりにそれぞれのイケメンっぷりを存分に発揮しながら歩く2人は、俺の渾身の突っ込みを全く意に介さない。
「まめ、ここ寝癖直ってないぞ」と、のむが俺の後頭部を撫でる。
「あ、ほんとだ」と、のぐがぴょんと跳ねているらしい後頭部の髪をくるくると弄ぶ。
ーーそういうのさぁ……という言葉を飲み込み、俺は頬を膨らませながら「朝時間がなかったんだよ」と言い訳をする。実際、よっちの件があってからというもの、なんとなく夜の寝つきが悪く朝もすっきり起きられない気がする。理由は、わかっている。
「かわいい」
のむが頭一つ分小さい俺の背に合わせるように屈み、俺の耳元で反対側にいるのぐに聞こえるか聞こえないかくらいの声で言う。
ーーそういうのさぁ……!
顔に出てしまいそうになり、思わず右耳に手をやる。
のむはそんな俺の様子に構うことなく、今度はのぐに向かって声を張った。
「のぐ、あとであれ貸して。学校着いたら直してやるよ」
「ワックス?いいよー」
「……のぐのワックスっていいにおいするんだよねぇ」と俺が言うと、のむが「は?」と眉をひそめる。
「なんで知ってるんだよ」
「この前、のぐ香水付けてないのに何かいいにおいしない?って糸杉となってさ、においを辿ったら髪だったんだよ」
「においを辿るって警察犬かよって糸杉と笑ってさー」とのぐが、ふふっ、と肩を震わせる。
「それ知らな……」と不服そうに言いかけるのむに被せるように、のぐは俺の頭をぽんぽんしながら「まめ、今日は俺とお揃いのいいにおいにしようなっ」とキラースマイルを向けてきた。
ーーだから、そういうのさぁ!
「……のぐ、やっぱワックスいいわ。俺の唾液でなんとかする」
のむが手のひらにぺっぺっとするふりをして、跳ねた俺の髪に触る。
「唾液!唾液は、ご遠慮願いますぅ〜〜!」
俺の気まずいメーターが振り切れて、辛うじて2人から半歩前にぴょこんと逃げた。
もう、前からこんなに距離近かったっけ。わかんないわかんない。
のぐのむが背後で「唾液はご遠慮~」と復唱しながら、わっはっはと大口で健やかに笑う。くうう、のぐのむめ。イケメンのくせに飾らない人柄が憎い。少し前を歩きながら、振り返って呑気な2人を軽く睨む。
2年の新学期、出席番号順の席でたまたま野口、野村、鳩目、つまり俺の順だった。最初は”なんだか雰囲気の似たイケメンが2人いるなぁ”程度の認識で、1年の時のクラスは何となく目立つグループとそれ以外に分かれていたので、漠然と「俺とは別のグループになるんだろうな」なんて思っていた。
席が隣だった糸杉と俺、のぐとのむがそれぞれつるんでいたのが、きっかけが思い出せないくらい自然に、いつの間にか4人になっていた。ちなみに、絵本のキャラクターよろしく「のぐとのむ」と名づけたのは俺だ。
そういえば、と頭を捻る。
「俺って、なんで"まめ"なんだっけ」
『鳩が豆鉄砲を喰らう』
2人の声が揃う。
「確か考えたの糸杉だったよな」とのむ。
「今となってはめっちゃ”まめ”だよね」
「わかる。”まめ”でしかない」
2人がうんうんと頷く。
「どういう意味だよぉ。褒めてんの?ディスってんの?ん?」
腕組みして2人につっかかる。
「わからないなら教えてやろう……」
「鳩が豆鉄砲を喰らいやがれ!」
にやりと笑った2人が、手で銃を作って撃ってきたので、俺はぽてぽてと、歩いても追いつけるくらいの速さで走って逃げる。
「どひゃー。ご勘弁っ」
内心、通常の"おバカ男子高生モード"に戻って、ほっとしている。
いや、元々は”ベタ甘よしよしモード”が通常だったわけで……何が通常なのか、もうわからない。クラスの第4条厳守の雰囲気が生まれて、ようやく気付いた俺も俺だ。よくこんな日常を当たり前だと思って過ごしていたものだと、過去の自分に呆れる。
のぐものむも、こうして男子校特有のバカもやるし、下ネタや悪ノリにもほどよく付き合うけど、一線を弁えていてやり過ぎない。それに、むやみに人のことを悪く言わない。なにより、俺をこうして構ってくれるくらい、とびきり優しい。共学だったらきっと、いや絶対モテただろう。俺なんかが2人と友達になれていたかどうかもわからない。いや、なれてないどころか、認識すらされるかどうかも怪しい。だから、こうしていつメンと呼べるような関係でいられて、本当にうれしい。
うれしいし、大事にしたい。なのに、この2人は俺の気も知らずにゼロ距離で来るから戸惑っている。
「よう。……何してんのお前ら」と後ろから声がする。いつメンの声は振り返らなくてもわかる。
「おはよ糸杉!早速だけど助けて。撃たれてる」
「おう」
「はよー。糸杉。鳩が逃げたから豆鉄砲食らわせてるとこなんだけど混ざる?」
「混ざんねえわ」
俺達を鼻で笑う糸杉の目は、今日も新月間近の月のようにカーブして、笑っているように見える。
糸目だからニックネームは「糸杉」。
これはサッカー部みたいなシュッとした見た目で実は美術部の、のむが付けた。美術室に貼ってある、有名な糸杉の絵から着想を得たらしい。のぐのむと仲良くなるまでは普通に「杉田」と呼んでいたが、4人でいるようになって俺も「糸杉」と呼ぶようになった。糸杉も、「鳩目」から「まめ」になった。
糸杉はデフォルトで笑っている顔の効果で温和そうに見えるが、よっち退学の一件の時のように、実のところ言葉の切れ味が鋭く、情報通で、いつメン唯一の頭脳派だ。
「今日の6時間目、文化祭の話し合いあるだろ」と俺と並んで歩きながら糸杉が言う。
「協力頼むわ」
「ああ、うん。……糸杉は今年も実行委員だもんね」
糸杉は頭は切れるが、学級委員長はやらない。どちらかというと参謀タイプだ。
2年の時、文化祭実行委員になった彼は、他クラスの動向を探ってプレゼンの傾向と対策を練り、見事出し物決めでクラスの希望通り模擬店を勝ち取ってきた。そんなわけで、引き続き今年も、クラス中の期待を背負って委員を任されている。
「まあね。俺がいないと、まとまんねえだろ」
糸杉だから許される、説得力のあるセリフだ。
「今日も絶対、劇の配役決めでごちゃごちゃすると思うんだよね」
「確かに。すんなり決まんねーなきっと。だる……」
糸杉がため息をつくと、のぐも頷いた。だる、はバスケ部みたいな爽やかな見た目だけど、実は面倒くさがりなのぐの口癖だ。
2年の時は模擬店をやった。続けて同じ出し物はできないので、3年では”劇”か”発表”を選ばなければいけなかった。
発表は、テーマを決めて教室の壁に調べたものを張ったり、教室内でできる体験学習のようなことをしたり、イマイチ盛り上がりに欠けるので、出し物の中でも人気が低い。なので消去法で仕方なく劇になった……というわけでもなく、仲良しクラスならではのノリで、劇も楽しそー!となり、糸杉がきっちり劇を勝ち取った。なので、クラスメイトはみんな、楽しみにしていた。……この前までは。
「だいたいのストーリーも決まってるけど、それも含めて話し合いになると思う」
「……うん。決まったのよっちがいなくなる前だったもんね」
脚本が決まった日、「主役はやっぱよっちだよね」と盛り上がった。目立ちたがり屋で陽キャのよっちにはぴったりだと誰もが思った。が、その場の盛り上がりのままに引き受けると思われたよっちは、主役を辞退した。何かを考えるようなそぶりで「……いや俺今回は裏方やるわ。それか村人その1」と言って、クラスを驚かせたことを思い出す。
「いや、村人出てこねぇだろ」と総突っ込みにあった発言の裏には、ストーリーのせいもあったのかもしれないと今では思う。
クラスで決まったのは、ラブストーリーだった。
採用されたのは、あくまでも男子校ノリの延長でやるラブコメみたいな脚本だけど、主役を辞退したのはきっと、”2組のいけちゃん”のためだったのだと思う。その時は知る由もなかったが、今になってよっちが本気だったのだということを些細なエピソードからも実感する。
「まぁ、あんま日にちないけど、またストーリーも含めて話し合いだな」
それも仕方ないだろうと思った。きっと今のクラスの雰囲気では、ラブストーリーをやる方向にならないだろう。
ーーそう思っていたのに。なんで、どうして。
その日の話し合いは、思わぬ方向に向かっていた。
「……男役、まめがいんじゃね?」
朝、通学路を一人歩きながら考える。
もしのぐのむが、糸杉が、などと考えるだけで思わず涙腺が緩みそうになる。
「まめ!はよー」
「よ〜まめ〜〜」
不意に後ろからクラスメイトの声がしたので、慌てて潤んだ目をぎゅっと閉じ、瞬きを一つした。
さぁ、今朝はバックハグ、いや肩を組まれるか、それとも頭なでなであたり来るか!?と身構えるけど……来ない。その後も同じ。来ない。みんな、俺に向かって挙げかけた手を途中で止め、所在なく首の後ろを掻いたり、ひらひらと振って先を行く。
俺はその背中を見送りながら「……はよ〜」と返した。
俺のクラスは本当に仲が良い。もちろん俺達いつメンみたいにそれぞれのグループみたいなものは存在するけど、それぞれの垣根が低いし、いわゆる1軍、2軍みたいなものがない。だからこそ、のぐのむみたいな”長身の顔整い”が俺なんかと一緒にいるし、”学年1,2を争う成績優秀者”の糸杉が、俺なんかを構ってくれる世界線があるのだ。
さらに、あまり自慢にならないけど……俺は多少クラスのマスコット的にかわいがられている自覚があった。
頭を撫でられ、肩や腕を組まれ、ハグされるのはいつものことだし、これは本当にここだけの話だが、「かわいい」と言われるのにはすっかり慣れてしまった。「昨日の夜コンビニの前にまめいた」と光る首輪をしたポメラニアンの写真が送られて来た時は「さすがにこんなにかわいくないでしょ」と呆れた。が、かわいかったので、今でもスマホの待ち受けにしている。
無遠慮に愛でられるのもおもちゃにされるのも、悪意を感じなければ別によくて、「俺なんかでみんなが楽しそうにしてくれて何よりだよ〜」くらいに思っていた。ましてや「おいおい、第4条……」と頭を過ることすらなかった。
それが今、みんなの意識が変わろうとしている。よっちの一件を機に、「男子校でバグった距離感を正常化しよう」と努めている。それくらい、仲間を卒業前に失ったことに”食らって”いる。
仲が悪くなったり関係性が拗れたわけではない。俺としては、それはそれで特に困ることもないので「ひとつの流行りが終わったのね」程度に受け止めていたけれど。
実は今……とっても困っている。
「まめ。おはよ」
「はよ」
両手でリュックの肩紐を掴みながらうーん、と考え事をしていたら、まさに考え事の相手、のぐとのむが俺に追いついてきた。
背の高い2人から両腕がぶつかりそうなほど、いや、もはやぶつかりながらぴったりくっつかれ、「お……おはようございますお二方」とぎこちなく返す。
「なんとまぁ、本日もパーソナルスペースの概念をどこかに落としてきなすったのですね」
朝からニコニコ爽やかスマイルののぐと、朝が苦手で午前中は半分しか目が開いていない、アンニュイボーイののむ。”あなたはどちらがお好き?”と言わんばかりにそれぞれのイケメンっぷりを存分に発揮しながら歩く2人は、俺の渾身の突っ込みを全く意に介さない。
「まめ、ここ寝癖直ってないぞ」と、のむが俺の後頭部を撫でる。
「あ、ほんとだ」と、のぐがぴょんと跳ねているらしい後頭部の髪をくるくると弄ぶ。
ーーそういうのさぁ……という言葉を飲み込み、俺は頬を膨らませながら「朝時間がなかったんだよ」と言い訳をする。実際、よっちの件があってからというもの、なんとなく夜の寝つきが悪く朝もすっきり起きられない気がする。理由は、わかっている。
「かわいい」
のむが頭一つ分小さい俺の背に合わせるように屈み、俺の耳元で反対側にいるのぐに聞こえるか聞こえないかくらいの声で言う。
ーーそういうのさぁ……!
顔に出てしまいそうになり、思わず右耳に手をやる。
のむはそんな俺の様子に構うことなく、今度はのぐに向かって声を張った。
「のぐ、あとであれ貸して。学校着いたら直してやるよ」
「ワックス?いいよー」
「……のぐのワックスっていいにおいするんだよねぇ」と俺が言うと、のむが「は?」と眉をひそめる。
「なんで知ってるんだよ」
「この前、のぐ香水付けてないのに何かいいにおいしない?って糸杉となってさ、においを辿ったら髪だったんだよ」
「においを辿るって警察犬かよって糸杉と笑ってさー」とのぐが、ふふっ、と肩を震わせる。
「それ知らな……」と不服そうに言いかけるのむに被せるように、のぐは俺の頭をぽんぽんしながら「まめ、今日は俺とお揃いのいいにおいにしようなっ」とキラースマイルを向けてきた。
ーーだから、そういうのさぁ!
「……のぐ、やっぱワックスいいわ。俺の唾液でなんとかする」
のむが手のひらにぺっぺっとするふりをして、跳ねた俺の髪に触る。
「唾液!唾液は、ご遠慮願いますぅ〜〜!」
俺の気まずいメーターが振り切れて、辛うじて2人から半歩前にぴょこんと逃げた。
もう、前からこんなに距離近かったっけ。わかんないわかんない。
のぐのむが背後で「唾液はご遠慮~」と復唱しながら、わっはっはと大口で健やかに笑う。くうう、のぐのむめ。イケメンのくせに飾らない人柄が憎い。少し前を歩きながら、振り返って呑気な2人を軽く睨む。
2年の新学期、出席番号順の席でたまたま野口、野村、鳩目、つまり俺の順だった。最初は”なんだか雰囲気の似たイケメンが2人いるなぁ”程度の認識で、1年の時のクラスは何となく目立つグループとそれ以外に分かれていたので、漠然と「俺とは別のグループになるんだろうな」なんて思っていた。
席が隣だった糸杉と俺、のぐとのむがそれぞれつるんでいたのが、きっかけが思い出せないくらい自然に、いつの間にか4人になっていた。ちなみに、絵本のキャラクターよろしく「のぐとのむ」と名づけたのは俺だ。
そういえば、と頭を捻る。
「俺って、なんで"まめ"なんだっけ」
『鳩が豆鉄砲を喰らう』
2人の声が揃う。
「確か考えたの糸杉だったよな」とのむ。
「今となってはめっちゃ”まめ”だよね」
「わかる。”まめ”でしかない」
2人がうんうんと頷く。
「どういう意味だよぉ。褒めてんの?ディスってんの?ん?」
腕組みして2人につっかかる。
「わからないなら教えてやろう……」
「鳩が豆鉄砲を喰らいやがれ!」
にやりと笑った2人が、手で銃を作って撃ってきたので、俺はぽてぽてと、歩いても追いつけるくらいの速さで走って逃げる。
「どひゃー。ご勘弁っ」
内心、通常の"おバカ男子高生モード"に戻って、ほっとしている。
いや、元々は”ベタ甘よしよしモード”が通常だったわけで……何が通常なのか、もうわからない。クラスの第4条厳守の雰囲気が生まれて、ようやく気付いた俺も俺だ。よくこんな日常を当たり前だと思って過ごしていたものだと、過去の自分に呆れる。
のぐものむも、こうして男子校特有のバカもやるし、下ネタや悪ノリにもほどよく付き合うけど、一線を弁えていてやり過ぎない。それに、むやみに人のことを悪く言わない。なにより、俺をこうして構ってくれるくらい、とびきり優しい。共学だったらきっと、いや絶対モテただろう。俺なんかが2人と友達になれていたかどうかもわからない。いや、なれてないどころか、認識すらされるかどうかも怪しい。だから、こうしていつメンと呼べるような関係でいられて、本当にうれしい。
うれしいし、大事にしたい。なのに、この2人は俺の気も知らずにゼロ距離で来るから戸惑っている。
「よう。……何してんのお前ら」と後ろから声がする。いつメンの声は振り返らなくてもわかる。
「おはよ糸杉!早速だけど助けて。撃たれてる」
「おう」
「はよー。糸杉。鳩が逃げたから豆鉄砲食らわせてるとこなんだけど混ざる?」
「混ざんねえわ」
俺達を鼻で笑う糸杉の目は、今日も新月間近の月のようにカーブして、笑っているように見える。
糸目だからニックネームは「糸杉」。
これはサッカー部みたいなシュッとした見た目で実は美術部の、のむが付けた。美術室に貼ってある、有名な糸杉の絵から着想を得たらしい。のぐのむと仲良くなるまでは普通に「杉田」と呼んでいたが、4人でいるようになって俺も「糸杉」と呼ぶようになった。糸杉も、「鳩目」から「まめ」になった。
糸杉はデフォルトで笑っている顔の効果で温和そうに見えるが、よっち退学の一件の時のように、実のところ言葉の切れ味が鋭く、情報通で、いつメン唯一の頭脳派だ。
「今日の6時間目、文化祭の話し合いあるだろ」と俺と並んで歩きながら糸杉が言う。
「協力頼むわ」
「ああ、うん。……糸杉は今年も実行委員だもんね」
糸杉は頭は切れるが、学級委員長はやらない。どちらかというと参謀タイプだ。
2年の時、文化祭実行委員になった彼は、他クラスの動向を探ってプレゼンの傾向と対策を練り、見事出し物決めでクラスの希望通り模擬店を勝ち取ってきた。そんなわけで、引き続き今年も、クラス中の期待を背負って委員を任されている。
「まあね。俺がいないと、まとまんねえだろ」
糸杉だから許される、説得力のあるセリフだ。
「今日も絶対、劇の配役決めでごちゃごちゃすると思うんだよね」
「確かに。すんなり決まんねーなきっと。だる……」
糸杉がため息をつくと、のぐも頷いた。だる、はバスケ部みたいな爽やかな見た目だけど、実は面倒くさがりなのぐの口癖だ。
2年の時は模擬店をやった。続けて同じ出し物はできないので、3年では”劇”か”発表”を選ばなければいけなかった。
発表は、テーマを決めて教室の壁に調べたものを張ったり、教室内でできる体験学習のようなことをしたり、イマイチ盛り上がりに欠けるので、出し物の中でも人気が低い。なので消去法で仕方なく劇になった……というわけでもなく、仲良しクラスならではのノリで、劇も楽しそー!となり、糸杉がきっちり劇を勝ち取った。なので、クラスメイトはみんな、楽しみにしていた。……この前までは。
「だいたいのストーリーも決まってるけど、それも含めて話し合いになると思う」
「……うん。決まったのよっちがいなくなる前だったもんね」
脚本が決まった日、「主役はやっぱよっちだよね」と盛り上がった。目立ちたがり屋で陽キャのよっちにはぴったりだと誰もが思った。が、その場の盛り上がりのままに引き受けると思われたよっちは、主役を辞退した。何かを考えるようなそぶりで「……いや俺今回は裏方やるわ。それか村人その1」と言って、クラスを驚かせたことを思い出す。
「いや、村人出てこねぇだろ」と総突っ込みにあった発言の裏には、ストーリーのせいもあったのかもしれないと今では思う。
クラスで決まったのは、ラブストーリーだった。
採用されたのは、あくまでも男子校ノリの延長でやるラブコメみたいな脚本だけど、主役を辞退したのはきっと、”2組のいけちゃん”のためだったのだと思う。その時は知る由もなかったが、今になってよっちが本気だったのだということを些細なエピソードからも実感する。
「まぁ、あんま日にちないけど、またストーリーも含めて話し合いだな」
それも仕方ないだろうと思った。きっと今のクラスの雰囲気では、ラブストーリーをやる方向にならないだろう。
ーーそう思っていたのに。なんで、どうして。
その日の話し合いは、思わぬ方向に向かっていた。
「……男役、まめがいんじゃね?」
