みんな友達との思い出作りで、周りのことを気にしている暇などなかったのだろう。屋久と糸杉のキスは、意外なほど騒ぎにならなかった。
あれから糸杉のことを3人で質問攻めにしたが、「付き合ってない」の一点張りで、その他については黙秘を貫かれた。
屋久の言う「成功報酬」という言葉に、俺とのむは何となく聞き覚えがあったが、糸杉は頑として口を割らなかった。
糸杉と屋久が何でどう繋がっているのか、2人の関係にどんな名前が付くのか、わからないことだらけだが、いつメンとの付き合いはこれからも続く。糸杉には、これから時間をかけて、言いたくなった時に話してもらえばいい。
のぐは、母親待たせてるから、と学校に戻っていった。どうしても一緒に写真を撮りたいと言われているそうだ。
俺とのむもちょっとだけ学校に戻り、親と1、2枚写真を撮ったり、のむは美術部の後輩から色紙をもらったりして、再び外に出た。仕事で忙しい親がまさか来ると思わなかったので、なんだかくすぐったい気持ちだった。
そして、今。
のむと俺、2人で公園のベンチに座っている。
クラスの打ち上げは夜で、まだ十分時間があった。
「2人きりって、やばいな」
「ね」
胸に付いていた花飾りを、アルバムや卒業証書が入った紙袋にしまい込む。何となく、これから話をするのに必要ないなと思った。
普段の制服姿に戻っても、やはりいつもと違って落ち着かなかった。これまでだって、何度も2人で過ごす時間はあったけど、今まではいつメンといる延長線上に、のむがいたから。
改めて意識すると、こういう状況に、全くもって不慣れなことを痛感する。
「……このバージョン初めてだね」
「バージョンて」
のむが笑う。そして、真剣な顔をして言う。
「なぁ。ずっと我慢してたことやってもいい?」
「えっ」
身体の前で手をクロスして顔をしかめてみせる。
「ばぁか」
のむは、そう言うと、ベンチに跨るようにしてこちらに向き直り、俺の髪を両手でわしゃわしゃした。
そういえば、のぐにも糸杉にもたまにされていたが、のむからされたのは初めてかもしれない。幸せを噛み締めながら、されるがままになる。
「……俺、まめのその、髪をわしゃわしゃされる時、顔上げて無防備にニコニコするやつ、ほんと好き」
唐突に「好き」という言葉を聞いて、ドキドキした。
「だから、逆にできなかった。あいつらが羨ましかった。……やっとできた」
満足そうに、のむが微笑む。
「あいつらよく、まめに癒されるって言ってたけど、俺は逆だったから。そばにいるとうれしいのに、ずっと、苦しかったから」
「今初めてほっとしてる」と穏やかな表情で言うのむの手が、少し下がり、俺の両頬を包んだ。
「……何か、この角度」
「……ん?」
「キスしそうじゃない?」
そう言うと、ものすごい速さで両手が離れる。
「もうーーー!」とのむが天を仰いだ。
「……まめ、今のはデリカシーがない!もっと情緒を大事にして!」
「あ、なんかごめん。思わず」
「いや、何か俺も……ちょっと、雰囲気作るとか今さらもう、どうしたらいいかわかんねぇかも」
「……いつメンすぎるよね」
「そうなんだよな」
2人でため息を吐いて、それから、脱力して笑った。
「これからも、たくさん時間あるだろ。ちょっとずつバージョン、変えていこうぜ」
「うん。ゆっくりバージョンアップできたら、うれしい」
でも。今だから、伝えたいこともある。
まだ肌寒い公園には、他に人がいない。
俺も、「よいしょっ」と、のむがしているようにベンチに跨る。
「ねぇのむ。……俺、ちょっと思ったんだけどさ」
「なに?」
「もしかしてだけど、俺達、告白して両思いになるの得意なんじゃない?」
のむが、心からわけわからん、という顔をして「ん?」と首を傾げる。
そののむの顎を、人差し指と中指でクイッと持ち上げる。
「君、顎クイされるの、初めて?」
のむの目がまん丸に見開かれる。やがて意味を理解すると、わはは、と大口を開けて笑った。
「……確かに、俺らみっちり練習してるわ」
「そうだよ。だから俺、きっと上手にできると思うよ」
平気なフリをして言ったけど、本当は緊張していた。こほん、と咳払いをひとつする。
文化祭で演じた劇の最後のシーンを思い出しながら、俺は両手を広げた。
劇では女役ののむが俺の胸に抱かれるシーンだったけど、今は違った。のむは、俺の首に手を回すと、長い腕ですっぽりと俺の身体ごと包み込んでしまった。まるで、全身が心臓になってしまったみたいに、身体中に鼓動が響き渡っている。
のむの腕に力がこもる。こんな風に人に触れられるのは初めてだ。それが、好きな人だったらこんなに幸せだなんて、知らなかった。俺も、気持ちを返すように、ギュッと腕に力を込めた。
どれくらい、そうしていただろう。ふと力が緩むと、のむが俺を見下ろす。
にっと笑い、目配せをしてくる。「次、お前のセリフの番だぞ」と言われているのだと、少しして気付いた。
改めて、のむを見つめた。好きだ、と思った。
「のむが好きだ」
思ったことが、勝手にこぼれ出た。まるで、自分の声じゃないみたいだった。
のむがうん、うん、と何度も頷くと、満面の笑みで言った。
「まめが好き」
言葉を、全身で受け止める。
俺もうん、うん、と頷き、のむに微笑み返す。
この後の動きも、身体が覚えていた。
ゆっくりと顔を近付ける。頬を寄せて、身体を少し捻る。
頬が触れる。そして、もう一度離れた。
もう、フリじゃなくていいんだ。
そう思った時、のむの唇が触れた。
閉じた目を少しだけ開くと、のむのまつ毛と、その向こうに空が見えた。
空には、真昼の月が出ていた。
ーーあとで、のむに教えよう。
そう思いながら、もう一度目を閉じた。
【完】
あれから糸杉のことを3人で質問攻めにしたが、「付き合ってない」の一点張りで、その他については黙秘を貫かれた。
屋久の言う「成功報酬」という言葉に、俺とのむは何となく聞き覚えがあったが、糸杉は頑として口を割らなかった。
糸杉と屋久が何でどう繋がっているのか、2人の関係にどんな名前が付くのか、わからないことだらけだが、いつメンとの付き合いはこれからも続く。糸杉には、これから時間をかけて、言いたくなった時に話してもらえばいい。
のぐは、母親待たせてるから、と学校に戻っていった。どうしても一緒に写真を撮りたいと言われているそうだ。
俺とのむもちょっとだけ学校に戻り、親と1、2枚写真を撮ったり、のむは美術部の後輩から色紙をもらったりして、再び外に出た。仕事で忙しい親がまさか来ると思わなかったので、なんだかくすぐったい気持ちだった。
そして、今。
のむと俺、2人で公園のベンチに座っている。
クラスの打ち上げは夜で、まだ十分時間があった。
「2人きりって、やばいな」
「ね」
胸に付いていた花飾りを、アルバムや卒業証書が入った紙袋にしまい込む。何となく、これから話をするのに必要ないなと思った。
普段の制服姿に戻っても、やはりいつもと違って落ち着かなかった。これまでだって、何度も2人で過ごす時間はあったけど、今まではいつメンといる延長線上に、のむがいたから。
改めて意識すると、こういう状況に、全くもって不慣れなことを痛感する。
「……このバージョン初めてだね」
「バージョンて」
のむが笑う。そして、真剣な顔をして言う。
「なぁ。ずっと我慢してたことやってもいい?」
「えっ」
身体の前で手をクロスして顔をしかめてみせる。
「ばぁか」
のむは、そう言うと、ベンチに跨るようにしてこちらに向き直り、俺の髪を両手でわしゃわしゃした。
そういえば、のぐにも糸杉にもたまにされていたが、のむからされたのは初めてかもしれない。幸せを噛み締めながら、されるがままになる。
「……俺、まめのその、髪をわしゃわしゃされる時、顔上げて無防備にニコニコするやつ、ほんと好き」
唐突に「好き」という言葉を聞いて、ドキドキした。
「だから、逆にできなかった。あいつらが羨ましかった。……やっとできた」
満足そうに、のむが微笑む。
「あいつらよく、まめに癒されるって言ってたけど、俺は逆だったから。そばにいるとうれしいのに、ずっと、苦しかったから」
「今初めてほっとしてる」と穏やかな表情で言うのむの手が、少し下がり、俺の両頬を包んだ。
「……何か、この角度」
「……ん?」
「キスしそうじゃない?」
そう言うと、ものすごい速さで両手が離れる。
「もうーーー!」とのむが天を仰いだ。
「……まめ、今のはデリカシーがない!もっと情緒を大事にして!」
「あ、なんかごめん。思わず」
「いや、何か俺も……ちょっと、雰囲気作るとか今さらもう、どうしたらいいかわかんねぇかも」
「……いつメンすぎるよね」
「そうなんだよな」
2人でため息を吐いて、それから、脱力して笑った。
「これからも、たくさん時間あるだろ。ちょっとずつバージョン、変えていこうぜ」
「うん。ゆっくりバージョンアップできたら、うれしい」
でも。今だから、伝えたいこともある。
まだ肌寒い公園には、他に人がいない。
俺も、「よいしょっ」と、のむがしているようにベンチに跨る。
「ねぇのむ。……俺、ちょっと思ったんだけどさ」
「なに?」
「もしかしてだけど、俺達、告白して両思いになるの得意なんじゃない?」
のむが、心からわけわからん、という顔をして「ん?」と首を傾げる。
そののむの顎を、人差し指と中指でクイッと持ち上げる。
「君、顎クイされるの、初めて?」
のむの目がまん丸に見開かれる。やがて意味を理解すると、わはは、と大口を開けて笑った。
「……確かに、俺らみっちり練習してるわ」
「そうだよ。だから俺、きっと上手にできると思うよ」
平気なフリをして言ったけど、本当は緊張していた。こほん、と咳払いをひとつする。
文化祭で演じた劇の最後のシーンを思い出しながら、俺は両手を広げた。
劇では女役ののむが俺の胸に抱かれるシーンだったけど、今は違った。のむは、俺の首に手を回すと、長い腕ですっぽりと俺の身体ごと包み込んでしまった。まるで、全身が心臓になってしまったみたいに、身体中に鼓動が響き渡っている。
のむの腕に力がこもる。こんな風に人に触れられるのは初めてだ。それが、好きな人だったらこんなに幸せだなんて、知らなかった。俺も、気持ちを返すように、ギュッと腕に力を込めた。
どれくらい、そうしていただろう。ふと力が緩むと、のむが俺を見下ろす。
にっと笑い、目配せをしてくる。「次、お前のセリフの番だぞ」と言われているのだと、少しして気付いた。
改めて、のむを見つめた。好きだ、と思った。
「のむが好きだ」
思ったことが、勝手にこぼれ出た。まるで、自分の声じゃないみたいだった。
のむがうん、うん、と何度も頷くと、満面の笑みで言った。
「まめが好き」
言葉を、全身で受け止める。
俺もうん、うん、と頷き、のむに微笑み返す。
この後の動きも、身体が覚えていた。
ゆっくりと顔を近付ける。頬を寄せて、身体を少し捻る。
頬が触れる。そして、もう一度離れた。
もう、フリじゃなくていいんだ。
そう思った時、のむの唇が触れた。
閉じた目を少しだけ開くと、のむのまつ毛と、その向こうに空が見えた。
空には、真昼の月が出ていた。
ーーあとで、のむに教えよう。
そう思いながら、もう一度目を閉じた。
【完】
