愛を伝えると退学になる男子校だけど、いつメンに毎日迫られている(気がする)。

 胸に桜をあしらった花飾りを付けたクラスメイトを見て、あぁ、今日で最後なのかと、少しずつ実感が湧いてきた。
 粛々と卒業式が進む中、校歌を歌いながら、もう「また明日」はないんだな、などと考えた。
 そして、思う。いつメンと、卒業できるんだ。色々あったけど、今日を迎えることができたんだ。
 よっちは、退学を選んだ。でも、俺は選ばなかった。
 人の数だけ正解がある、という言葉を思い出す。
 俺は、俺の思う正解を、信じてる。

 卒業式が終わり、ヤミケンが、今日のために新調したという見慣れないスーツで教壇に立つ。
 普段は足を投げ出して椅子にもたれかかっている奴も、今日は背筋を伸ばして、ヤミケンの言葉を待っている。

「はい、というわけで、卒業式も終わったし、解散!……というのも味気ないから、俺からお前らに言っておく」

 出席番号順に、名前を呼ぶ。一人一人に、短い言葉を送る。
 これには呼ばれた生徒は、次々に涙した。毎日見ていてくれた人じゃないとわからないような思い出、それぞれへのエールだった。

「杉田」
「はい」

 糸杉が呼ばれて、返事をする。

「お前は、飄々として簡単に人に本心を見せないが、俺はお前ほど努力家で優しい奴を知らない。そういうところを、尊敬している。努力はきっと実を結ぶ。応援しているからな」
「はい」

 糸杉が、力強く頷く。

「野口」
「はい」

 のぐの番になり、2つ前の席にいるのぐが、顔を上げた。

「お前は、面倒くさがりなところがあるが、愛嬌のある奴だ。それは、生まれ持っての才能だってことを忘れるな。社会に出た時、必ず武器になる。やりたいことを見つけて、一生懸命取り組んだ時のお前は強い。いつか、俺に飯を食わせろ」
「絶対、食わせてやる」

 ヤミケンに向かって、のぐが笑う。

「野村」
「はい」

 名前を呼ばれ、目の前にあるのむの背中がスッと伸びた。

「お前は、慎重で一歩前に出るまでに時間がかかるタイプだ。でも、こうと決めた時の芯の強さ、コツコツ頑張ってやり切る気持ちの強さは誰よりもある奴だと思う。お前なら、最後には必ず自分で決めた目標を達成できる。で、お前も俺に飯を食わせろ」
「絶対に俺の方が、のぐよりうまいやつを食わせる」

 のむが宣言すると、「無理だね」「無理じゃない」とのぐと言い合いになり、みんなが笑った。

「鳩目」

 いよいよ自分の名前が呼ばれ、胸が高鳴った。「はい」と返す声が少し掠れる。

「お前は、クラスの奴らに愛されすぎ!」

 それを聞いたクラスメイトが、どっと笑った。

「それがなんでかわかるか?裏表なく、誰にでも公平に接することができるからだ。お前は、信用できる奴だ。鳩目は自分に自信がないところもあるが、これは自信をもって誇るべきだと思う。自分を信じてこれからも進んでほしい」
「はい」

 今度は、掠れずにはっきりと応えた。

 ヤミケンが全員への言葉を送り終えると「最後になるが」と、クラス全体に視線を投げかけた。

「卒業おめでとう」

 一斉に席を立って、歓声を上げる。
 運動部が中心になって、ヤミケンを取り囲み、胴上げした。ヤミケンは終始「怖い怖い怖い!もういいもういい!」と叫んでいた。
 みんな笑っていて、泣いている奴もいて、改めてこのクラスで良かったと心から思った。

 ひとしきり記念写真などを撮り終えると、1人ずつ教室から出ていく。

「彼女できたら教えろよ」
「お前もな」
「次は合格の報告に来るから」
「おう、待ってる」

 教室の入り口に立つヤミケンと、最後の挨拶を交わす。

「先生。ありがと」 
「お前なら大丈夫だ。頑張れ」

 俺は、背中を押されるような気持ちで、教室を出た。
 出たところに、いつメンが待っている。
 糸杉が。
 のぐが。
 のむが、俺を呼ぶ。 

「まめ」

 4人で廊下を通り、階段を下りて、玄関を出る。
 外に出ると、卒業生と保護者、それに加えて部活の先輩を待つ後輩達で賑わう中庭の向こうに、校門が見える。

「……俺、母親には言ってある。お前らと校門くぐるって」
「俺も。親に言ってきた」
「うん、俺も。美術部の後輩にも言ってある」
「俺も、大丈夫」

 お互いの顔を見合わせる。

「行こう」

 賑わう中庭を、ゆっくりと歩き出す。
 校門をまっすぐに見据えて、黙って進む。一歩一歩、進むごとに速度が上がっていく。
 糸杉の手を取った。2人で顔を見合わせて、にっと笑う。
 反対側ののむを見て、手を取る。その手を、強く握った。
 糸杉が、のぐに向かって「ほら」と、手を伸ばす。「も~。そういうのだるいって~」と言いながら笑うと、のぐも糸杉の手を取った。

「わーーー!!!」

 誰からともなく、叫び声をあげながら、校門に向かって全速力で走った。
 無我夢中で走って躓きそうになったが、のむの手がぐっと引き上げてくれた。
 校門が近付く。
 前だけを見て、ただひたすら走った。
 
 ーー俺達は、ゴールテープを切るように、4人で手を繋いで校門を走り抜けた。

 息が上がって、頭がくらくらする。
 4人で、卒業できた。色々あったけど、無事に卒業できたんだ。
 不意に片方の手が、がくんと下がった。驚いて見ると、糸杉が膝をついていた。

「大丈夫?!糸杉」

 糸杉の肩が震えている。

「……ははは」

 笑い声とともに、そのままその場に、腰が抜けたように座り込んだ。

「卒業できた。4人で卒業できたんだ」

 笑っている糸杉の目から、ぼろぼろと涙がこぼれた。
 卒業式でも涙を見せなかった糸杉が、声を押し殺して泣いていた。

「4人で笑って卒業できて、本っ当に、よかっ……」

 糸杉の傍らにしゃがみ込み、口を開いたのぐの言葉は、涙で最後まで続かなかった。

「心配かけてごめんな」

 のむが言うと「本当だよ、ばかやろう」とのぐが涙声で返す。

「俺、みんなのこと大好きだよ。ありがとう」

 大切な、俺の自慢の友達。 
 みんな、手を繋いだまま、涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑い合った。
 のむの方を見ると、のむもこちらを見た。
 握った手にぎゅっと力を込めてきたので、俺も握り返した。
 もう、好きって言っていいんだ。そう意識した途端、心臓が高鳴った。
 のむに、伝えたいことがたくさんある。
 俺が口を開きかけた時だった。

 とんとん、と糸杉が、誰かに肩を叩かれた。
 振り返った糸杉の顎に手が添えられる。

「……あ」

 糸杉が、短い声を上げた。
 屋久だった。

「成功報酬、もらいにきたよ」

 俺達3人が目を見開く中、屋久は糸杉にキスをした。

「ーーえ?」
「なっ……」
「……えっ……?」
「無事卒業できてよかったね」

 混乱する俺達を横目に、屋久は去っていった。
 糸杉を見ると、出会ってから今までで、見たことがないくらい目が開いていた。