その言葉を聞いて、俺の中で、コトン、とも、プツンともいえない、何か不思議な音がした気がした。
その途端、この前からずっと俺の心の内側にある黒い点が、ひとつひとつ言葉になって勢いよく溢れ出して止まらなくなった。
「……のむが眠れなくて、今朝も駅で動けなくなるくらい怖がっているのが、俺のせいだったらうれしい!」
「え?」
「俺は、文化祭の練習が始まってからずっと怖かった。キュンを教えてなんて、今思うと俺、馬鹿すぎる!どんどん変わっていく自分の気持ちについていけなくて、もう大混乱の大パニックだよ!全部、のむのせいだ!だから、ざまあみろだ!」
のむが、目を丸くして俺を見ている。大きな声を出したので、通りすがりの生徒が「え、なに?ケンカ?」と振り返った。
「あの時は、毎日毎日よくもやってくれたな。おかげで俺は、すっかり変わってしまった。……あんな扱いを毎日受けたおかげで調子に乗って、俺は、俺は……」
「まめ」
「玉子焼きひとつで、ネチネチ嫌な言い方しちゃうような人間になっちゃった……」
「まめ、それは」
のむが慌てた様子で口を挟む。俺が突然大声で捲し立てたので、周囲を気にしながら話す。
「ごめんまめ。俺、卑怯だった。本当のこと言わないで、ごめんな。でもさ……」
「なんだよ」
「……のぐに教えてもらったって言ったら、のぐのことも褒めるじゃん!俺は、俺だけがまめに褒められたかった!」
「な、なにそれ。子どもか!自分勝手すぎる!」
「そうだよ!悪いか。まめだって、なんだよあれ。”そういうやつ”だと思ってた?勘違いするからやめて?ーー”そういうやつ”だわ全部!もっと早く気付けよ!」
ばーか!と開き直ったように大声で、のむが叫ぶ。俺にこんな話し方をするのは、初めてだ。体温が上がり、心臓が跳ねる。
「……”そういうやつ”なんだよね?」
「……」
「”そういうやつ”で、いいんだよね?」
「……そうだよ。ずっと」
自分の気持ちを心のままに話したら、支離滅裂で、ぐちゃぐちゃで、あまりにも不格好で酷い有様だった。
たくさんの生徒に目撃され、職員室も近いこの場所で大声を出して、まともじゃない。
なのに今、心の底から叫び出したいくらいうれしかった。
購買で買って、ずっとお守りのように手に握りしめていたものを、祈るように顔の前で捧げ持つ。
「のむ。今は、これが精一杯なんだけど」
ストローを取り出して、飲み口に刺す。手が震えて、3回目でようやく刺さった。
口元に持っていき、ちゅーっと、一口飲む。
「一緒に、飲みませんか」
紙パックのカフェオレを、のむに差し出す。学校で、どうやったら気持ちを伝えられるだろうと考えた結果、これしか思いつかなかった。
もうとっくにぬるくなっているそれを見て、のむは額に手を当てて吹き出した。
「ーー本当、まめのやることって予想を上回るっていうか、斜め上をいくっていうか」
「あっ。笑ったな!」
そう言いながら、のむにつられて俺も笑ってしまった。
「これ、あの時、練習帰りに飲んだっきりだわ」
「うん。交換こ、したよね」
「今日は俺、持ってねぇけど、いいのか?」
「いい」
俺はのむをまっすぐに見つめて、言った。
「これは、”そういうやつ”だから」
のむの目に涙が浮かんで、俺もじんわりと視界が歪んだ。
2人とも、泣き笑いみたいになってしまった。
のむの手が伸びてきて、のむに向かって差し出した俺の手ごと、カフェオレを掴んだ。顔が近付いてきて、一口飲む。まつ毛に涙の粒が一粒、乗っているのが見えた。ストローを咥える口元に目をやると、途端に頬が熱くなった。
「……うま。こんなにうまかったっけ」
のむが手で涙を払いながら、噛み締めるように言う。
「そうだよ」
見るとのむの頬も赤くて、目が合うと、2人で笑ってしまった。
「ーーお前ら、廊下で何騒いでんだ」
背後から不意に声を掛けられた。
振り返ると、教師が近付いてきていた。
チョコレートバーを買いに行った時に通りがかった教師だった。
「……何してる?」
不審がって俺達を交互に見る。
職員室からほど近い廊下で騒いでいたのだから、聞きつけても当然だった。
何か言わないと、と口を開きかけた時、登校してきたクラスメイトが俺達を見つけて、すれ違いざまに声をかけてきた。
「はよー。あれ、お前ら仲直りしたんか?」
「あ、おはようございまーす」と、教師に気付いて挨拶を交わすと、クラスメイトは何事もなかったように教室に向かっていった。
「仲直り?」
教師が言う。
俺達は目を見合わせると、「気を付け」の姿勢で、言った。
「俺が野村くんの玉子焼きを食べて、ケンカになりましたぁ」
「鳩目くんがカフェオレをくれて、仲直りしましたぁ」
教師は、この前と同じ「気の毒に」という顔して、「受験生、大変だな」と言った。
その途端、この前からずっと俺の心の内側にある黒い点が、ひとつひとつ言葉になって勢いよく溢れ出して止まらなくなった。
「……のむが眠れなくて、今朝も駅で動けなくなるくらい怖がっているのが、俺のせいだったらうれしい!」
「え?」
「俺は、文化祭の練習が始まってからずっと怖かった。キュンを教えてなんて、今思うと俺、馬鹿すぎる!どんどん変わっていく自分の気持ちについていけなくて、もう大混乱の大パニックだよ!全部、のむのせいだ!だから、ざまあみろだ!」
のむが、目を丸くして俺を見ている。大きな声を出したので、通りすがりの生徒が「え、なに?ケンカ?」と振り返った。
「あの時は、毎日毎日よくもやってくれたな。おかげで俺は、すっかり変わってしまった。……あんな扱いを毎日受けたおかげで調子に乗って、俺は、俺は……」
「まめ」
「玉子焼きひとつで、ネチネチ嫌な言い方しちゃうような人間になっちゃった……」
「まめ、それは」
のむが慌てた様子で口を挟む。俺が突然大声で捲し立てたので、周囲を気にしながら話す。
「ごめんまめ。俺、卑怯だった。本当のこと言わないで、ごめんな。でもさ……」
「なんだよ」
「……のぐに教えてもらったって言ったら、のぐのことも褒めるじゃん!俺は、俺だけがまめに褒められたかった!」
「な、なにそれ。子どもか!自分勝手すぎる!」
「そうだよ!悪いか。まめだって、なんだよあれ。”そういうやつ”だと思ってた?勘違いするからやめて?ーー”そういうやつ”だわ全部!もっと早く気付けよ!」
ばーか!と開き直ったように大声で、のむが叫ぶ。俺にこんな話し方をするのは、初めてだ。体温が上がり、心臓が跳ねる。
「……”そういうやつ”なんだよね?」
「……」
「”そういうやつ”で、いいんだよね?」
「……そうだよ。ずっと」
自分の気持ちを心のままに話したら、支離滅裂で、ぐちゃぐちゃで、あまりにも不格好で酷い有様だった。
たくさんの生徒に目撃され、職員室も近いこの場所で大声を出して、まともじゃない。
なのに今、心の底から叫び出したいくらいうれしかった。
購買で買って、ずっとお守りのように手に握りしめていたものを、祈るように顔の前で捧げ持つ。
「のむ。今は、これが精一杯なんだけど」
ストローを取り出して、飲み口に刺す。手が震えて、3回目でようやく刺さった。
口元に持っていき、ちゅーっと、一口飲む。
「一緒に、飲みませんか」
紙パックのカフェオレを、のむに差し出す。学校で、どうやったら気持ちを伝えられるだろうと考えた結果、これしか思いつかなかった。
もうとっくにぬるくなっているそれを見て、のむは額に手を当てて吹き出した。
「ーー本当、まめのやることって予想を上回るっていうか、斜め上をいくっていうか」
「あっ。笑ったな!」
そう言いながら、のむにつられて俺も笑ってしまった。
「これ、あの時、練習帰りに飲んだっきりだわ」
「うん。交換こ、したよね」
「今日は俺、持ってねぇけど、いいのか?」
「いい」
俺はのむをまっすぐに見つめて、言った。
「これは、”そういうやつ”だから」
のむの目に涙が浮かんで、俺もじんわりと視界が歪んだ。
2人とも、泣き笑いみたいになってしまった。
のむの手が伸びてきて、のむに向かって差し出した俺の手ごと、カフェオレを掴んだ。顔が近付いてきて、一口飲む。まつ毛に涙の粒が一粒、乗っているのが見えた。ストローを咥える口元に目をやると、途端に頬が熱くなった。
「……うま。こんなにうまかったっけ」
のむが手で涙を払いながら、噛み締めるように言う。
「そうだよ」
見るとのむの頬も赤くて、目が合うと、2人で笑ってしまった。
「ーーお前ら、廊下で何騒いでんだ」
背後から不意に声を掛けられた。
振り返ると、教師が近付いてきていた。
チョコレートバーを買いに行った時に通りがかった教師だった。
「……何してる?」
不審がって俺達を交互に見る。
職員室からほど近い廊下で騒いでいたのだから、聞きつけても当然だった。
何か言わないと、と口を開きかけた時、登校してきたクラスメイトが俺達を見つけて、すれ違いざまに声をかけてきた。
「はよー。あれ、お前ら仲直りしたんか?」
「あ、おはようございまーす」と、教師に気付いて挨拶を交わすと、クラスメイトは何事もなかったように教室に向かっていった。
「仲直り?」
教師が言う。
俺達は目を見合わせると、「気を付け」の姿勢で、言った。
「俺が野村くんの玉子焼きを食べて、ケンカになりましたぁ」
「鳩目くんがカフェオレをくれて、仲直りしましたぁ」
教師は、この前と同じ「気の毒に」という顔して、「受験生、大変だな」と言った。
