愛を伝えると退学になる男子校だけど、いつメンに毎日迫られている(気がする)。

 翌朝、いつもより数本早い電車に乗って、学校の最寄駅に着いた。
 まだ生徒のいない通学路を、精一杯、背筋を伸ばして歩く。朝のひんやりとした空気を大きく吸い込んで、吐き出す。
 空は晴れていて、静かで、遠くに鳥の鳴き声が聞こえた。
 一歩踏み出すのに、相応しい朝だ。

 昨日、家に着いてから「明日の朝話したい」とのむにメッセージを送った。いつもより30分早い時間を伝えて、教室で待ってると言った。既読はついたが、のむから返事はなかった。

 朝練をしている部活があるので、玄関はもう開いている。予定より早く着いて上靴に履き替え、教室に行く前に、購買に立ち寄った。
 それでも結局、約束よりかなり早く教室に着いてしまった。リュックを下ろしてドアの方を向いて座ると、ふう、と息を吐く。

 のむが来ても、来なくても、もう心は決まっている。
 どう伝えようか一晩中考えたけど、まとまらなくてもいいから、自分の気持ちを心のままに話そうと思い直した。
 来なかったら、その時に考えよう。

 約束の時間が近付いても、のむの姿はなかった。
 緊張で逃げ出したい気持ちと、早く来てほしい気持ちが、同時に湧いてせめぎ合っている。

 5分。10分。時間が過ぎていった。
 ーー20分過ぎても、のむは来なかった。

 上靴のつま先を見つめながら、そうだよね、返信なかったし来ないよね、と心の中で呟く。期待しないと決めたのに、また勝手に傷付いている自分が、情けなくて泣きたくなる。

 その時、遠くからバタバタと慌ただしく階段を上がる足音が聞こえてきた。

 反射的に、席を立つ。
 机にぶつかりながら、夢中になってドアの方に向かった。足音が聞こえてきた方のドアの前に走り寄り、ドアに手をかけようとした時、先にドアが開いた。

 すぐ目の前に、のむがいる。首筋にうっすら汗をかいて、髪は乱れ、手にマフラーを握りしめて立っている。

「ごめ……遅く、なった」

 制服の胸が激しく上下して、のむは何とか口を開くと、その場でドアに手を付き、少しむせた。

「ごめん」

 もう一度、のむが言う。俺は何度も首を振った。来てくれただけで十分だった。

「のむ、あのね。俺ーー」

 全部、思っていることを伝える。
 覚悟を決めて顔を上げた時、のむの背後で「ういっすー」と声がした。

「あれー、お前ら早いな」
「はよーっす」

 朝練を終えた部活組だった。
 続々と入ってくるのを、呆然と目で追った。

「あ……」

 出かけた言葉を、引っ込める。今日はもう、ダメかもしれない。
 諦めかけた時だった。

「まめこっち」

 のむが、俺の手を掴んで引いた。
 「えっ」と、声を上げて、されるがままに教室の外へ出た。
 掴まれていた手が離れ、のむが教室から遠ざかるように歩き出したので、慌ててそれを追いかけた。
 話すタイミングを探りながら、まだ生徒のまばらな廊下をあてもなく2人で歩く。

 一言も話すことができないまま、面談室が見えてくる。俺は、何とかのむに話しかけようと口を開いた。
「……のむ」
「教頭と学年主任に詰められた時は焦ったな」

 のむは、俺の呼びかけにも止まることなく、歩き続ける。面談室の隣にある、職員室の前を通り過ぎた。
「……ねぇ、のむ」
「あん時ヤミケン、俺らの味方してくれたよな」

 のむは、こちらを見ようとしない。

「のむ」
「嫌だ、聞きたくない」

 止まらず、どんどん歩いていく。
 その間にも時間は過ぎ、廊下には生徒が増えてきた。

「のむ」
「ずっと返信しなきゃと思ってたけど、できなかった。何言われるんだろうって考えたら、全然寝れなかったし」
「のむ」
「今朝だって、駅着いたら足が動かなかった」

 階段が近付くと、大勢の生徒が階段を上がってきていた。のむは、教室に向かう生徒の波に逆行するように、立ち止まった。みんな、怪訝そうな顔をして俺達を避けて歩いていく。
 のむが振り返った。

「怖ぇよ」

 廊下の喧騒に掻き消されそうな、小さな声だった。