普段このカフェには入らない。駅から少し遠いのもそうだが、オーダーが難解すぎて緊張するからだ。知っているのは、トールが実は一番大きいサイズではないことと、ラテは苦い、ということだけ。
俺は、どうにかアイスラテのトールサイズとガムシロップ2個を手に、席に着いた。
ここにいる全員がこの店の常連に見えてくる。俺だけが浮いているような気がして、ガムシロップを立て続けに2個入れると、緊張をかき消すようにストローでグルグルかき混ぜる。
本当は入ってすぐのショーケースにあるドーナツが食べたかったが、高校生の小遣いでは少し贅沢なので、我慢した。
「よ。久しぶり」
無心でストローをグルグル回していたら、目の前で懐かしい声がして、顔を上げる。
「久しぶり」
退学してから久々に会うよっちは、変わらない様子で目の前に立っていた。
そういえば、私服姿を初めて見た気がする。デニムに古着のようなバンドTシャツを合わせていて、制服の時よりも少しだけ大人びて見えるが、醸し出す雰囲気はよっちそのもので、懐かしくてうれしかった。
「あ」
そして、手に持つトレイには、ドーナツが置かれていた。
「急で悪ぃな。今日たまたまバイト休みだったからさ」
「なるほど……資金力の差というわけか……」
「ん?なんて?」
目の前のドーナツを睨みながら呟く俺に、よっちが怪訝な顔をする。
「よっち、ここよく来るの?」
「や、辞めてからは全然。でも前はたまに来てた」
「相方と」と、自然な調子でよっちは言った。駅から遠くて、うちの生徒いねぇじゃん、と。
「そっか、よかった」
「よかったって何だよ」
「よかったは、よかっただよ」
何がだよ、とよっちが笑う。
ーーよっち、いけちゃんと今も続いているんだ。
放課後、制服姿でこの店でこっそりデートしているよっちを想像する。クラスではお調子者で目立ちたがりの陽キャだったよっち。バカ騒ぎがおよそ似合わないこの店で過ごす姿は、いけちゃんのことを知らないのもあって、ぼんやりとしてうまくイメージできない。
「まめは、最近どう?って、受験組だっけ。忙しいか……お前、地味に頭いいからな」
「えへへ、ありがとう」
前なら「そんなことないよ」と言っていたと思う。最近になって、言葉をそのまま褒めとして受け取れるようになった。
「地味に頭いい」がどの程度を指すのかよくわからないけど、もしそうだとしたら、わからないところを教えてくれる糸杉のおかげだな、と思った。
よっちがドーナツを豪快にひと齧りするのを憎らしい気持ちで目で追いながら、連絡をもらってからずっと気になっていたことを聞いてみた。
「よっち、どうして俺だったの?」
「んん?」
「誰も、よっちと連絡つかないって言ってたのに」
よっちは、退学後にクラスのグループからも退出して、誰の連絡にも既読がつかないと、クラスメイトが皆言っていた。
俺より仲良かった奴でさえそうなのだから、俺がわざわざ「大丈夫?」と送るのは余計だと思い、送ることはしなかった。
なので、よっちが俺だけに連絡を取ってきたのは、少し不思議な気がしていたのだ。
「んーーー。そこは、"内緒"ってことで!」
よっちが片手をあげて「ごめん」のポーズをする。
そもそも、今日呼ばれたことも"内緒"だった。「俺と会うことは誰にも言わないで来てくれ」とメッセージにあったので、今ここにいることは誰にも言っていない。
内緒、秘密。この言葉を聞くと、ずしんと心が重くなる。カップに汗をかいたアイスラテを、意味もなく掻き回した。ガムシロップ、もう1個もらってくればよかった。
「……まめ。お前さ、自分の良いところってわかる?」
「え。何?突然」
唐突によっちが質問をしてきて、首を捻った。前ならすぐに「そんなの特にないよぉ」と答えていたかもしれないけれど、真剣に考える。
「うーん。うーん……」
「5秒で出せよそれくらい」
よっちが笑う。
「俺、面接の練習なんかしたことないもん……」
「俺だってしたことねぇよ」
うーん、としばらく考えて、ようやく捻り出す。
「……糸杉が、俺といると蓄積されたストレスが減るって言ってた。のぐも、俺の頭をわしゃわしゃすると癒されるってよく言ってる。クラスの奴らも割とそういうことを言ってくれる気がする」
「そう。まめは、良い」
良い。いい、じゃなくて、よい。よっちが頷きながら、一言一言に、力を込めて言う。その2文字がぐっと胸に届く。
「まめがどうして良いのかというと……とにかく良いからなんだけど」
「よっち、それ説明になってないよ……」
「俺、国語苦手なんだわ」
「知ってる。退学になった時、クラス中に暴露されてた」
「マジか。ウケる」
よっちは気にするそぶりもなく笑うと、腕組みして、考えながら少し上を見て話す。
「まめは、誰と話す時も変わらない。いつも一緒にいる奴も、普段あまり話さない奴も、人で態度を変えたりしない。それに、どんな奴もそのまんま受け入れてくれる感じ。なんつーか、心が安定してる?」
「そうかな」
「そう。何となくみんな、まめなら受け止めてくれるって安心感がある。わかる?」
「わっかんないな〜……でも、うれしい」
素直にそう思う。でも、心が安定しているかどうかは怪しい。というか、今はゲーム終盤のジェンガみたいにグラグラだ。
「……そうじゃなければ、俺は今日まめを誘わなかった」
不意に声のトーンが変わる。よっちが俺を見つめ、俺もまっすぐに見返した。
教室では見たことがない表情だった。急によっちが大人びて見える。
「まめ。……あの日のこと。俺達のこと、聞いてくれるか」
俺は、どうにかアイスラテのトールサイズとガムシロップ2個を手に、席に着いた。
ここにいる全員がこの店の常連に見えてくる。俺だけが浮いているような気がして、ガムシロップを立て続けに2個入れると、緊張をかき消すようにストローでグルグルかき混ぜる。
本当は入ってすぐのショーケースにあるドーナツが食べたかったが、高校生の小遣いでは少し贅沢なので、我慢した。
「よ。久しぶり」
無心でストローをグルグル回していたら、目の前で懐かしい声がして、顔を上げる。
「久しぶり」
退学してから久々に会うよっちは、変わらない様子で目の前に立っていた。
そういえば、私服姿を初めて見た気がする。デニムに古着のようなバンドTシャツを合わせていて、制服の時よりも少しだけ大人びて見えるが、醸し出す雰囲気はよっちそのもので、懐かしくてうれしかった。
「あ」
そして、手に持つトレイには、ドーナツが置かれていた。
「急で悪ぃな。今日たまたまバイト休みだったからさ」
「なるほど……資金力の差というわけか……」
「ん?なんて?」
目の前のドーナツを睨みながら呟く俺に、よっちが怪訝な顔をする。
「よっち、ここよく来るの?」
「や、辞めてからは全然。でも前はたまに来てた」
「相方と」と、自然な調子でよっちは言った。駅から遠くて、うちの生徒いねぇじゃん、と。
「そっか、よかった」
「よかったって何だよ」
「よかったは、よかっただよ」
何がだよ、とよっちが笑う。
ーーよっち、いけちゃんと今も続いているんだ。
放課後、制服姿でこの店でこっそりデートしているよっちを想像する。クラスではお調子者で目立ちたがりの陽キャだったよっち。バカ騒ぎがおよそ似合わないこの店で過ごす姿は、いけちゃんのことを知らないのもあって、ぼんやりとしてうまくイメージできない。
「まめは、最近どう?って、受験組だっけ。忙しいか……お前、地味に頭いいからな」
「えへへ、ありがとう」
前なら「そんなことないよ」と言っていたと思う。最近になって、言葉をそのまま褒めとして受け取れるようになった。
「地味に頭いい」がどの程度を指すのかよくわからないけど、もしそうだとしたら、わからないところを教えてくれる糸杉のおかげだな、と思った。
よっちがドーナツを豪快にひと齧りするのを憎らしい気持ちで目で追いながら、連絡をもらってからずっと気になっていたことを聞いてみた。
「よっち、どうして俺だったの?」
「んん?」
「誰も、よっちと連絡つかないって言ってたのに」
よっちは、退学後にクラスのグループからも退出して、誰の連絡にも既読がつかないと、クラスメイトが皆言っていた。
俺より仲良かった奴でさえそうなのだから、俺がわざわざ「大丈夫?」と送るのは余計だと思い、送ることはしなかった。
なので、よっちが俺だけに連絡を取ってきたのは、少し不思議な気がしていたのだ。
「んーーー。そこは、"内緒"ってことで!」
よっちが片手をあげて「ごめん」のポーズをする。
そもそも、今日呼ばれたことも"内緒"だった。「俺と会うことは誰にも言わないで来てくれ」とメッセージにあったので、今ここにいることは誰にも言っていない。
内緒、秘密。この言葉を聞くと、ずしんと心が重くなる。カップに汗をかいたアイスラテを、意味もなく掻き回した。ガムシロップ、もう1個もらってくればよかった。
「……まめ。お前さ、自分の良いところってわかる?」
「え。何?突然」
唐突によっちが質問をしてきて、首を捻った。前ならすぐに「そんなの特にないよぉ」と答えていたかもしれないけれど、真剣に考える。
「うーん。うーん……」
「5秒で出せよそれくらい」
よっちが笑う。
「俺、面接の練習なんかしたことないもん……」
「俺だってしたことねぇよ」
うーん、としばらく考えて、ようやく捻り出す。
「……糸杉が、俺といると蓄積されたストレスが減るって言ってた。のぐも、俺の頭をわしゃわしゃすると癒されるってよく言ってる。クラスの奴らも割とそういうことを言ってくれる気がする」
「そう。まめは、良い」
良い。いい、じゃなくて、よい。よっちが頷きながら、一言一言に、力を込めて言う。その2文字がぐっと胸に届く。
「まめがどうして良いのかというと……とにかく良いからなんだけど」
「よっち、それ説明になってないよ……」
「俺、国語苦手なんだわ」
「知ってる。退学になった時、クラス中に暴露されてた」
「マジか。ウケる」
よっちは気にするそぶりもなく笑うと、腕組みして、考えながら少し上を見て話す。
「まめは、誰と話す時も変わらない。いつも一緒にいる奴も、普段あまり話さない奴も、人で態度を変えたりしない。それに、どんな奴もそのまんま受け入れてくれる感じ。なんつーか、心が安定してる?」
「そうかな」
「そう。何となくみんな、まめなら受け止めてくれるって安心感がある。わかる?」
「わっかんないな〜……でも、うれしい」
素直にそう思う。でも、心が安定しているかどうかは怪しい。というか、今はゲーム終盤のジェンガみたいにグラグラだ。
「……そうじゃなければ、俺は今日まめを誘わなかった」
不意に声のトーンが変わる。よっちが俺を見つめ、俺もまっすぐに見返した。
教室では見たことがない表情だった。急によっちが大人びて見える。
「まめ。……あの日のこと。俺達のこと、聞いてくれるか」
