放課後、約束どおり講習前にのむと購買に向かい、好物のチョコレートバーを買ってもらうことになった。
購買は放課後には閉まってしまうけれど、購買前にはジュース以外にお菓子なんかも売っている、便利な自販機がある。
「まめ、昼はありがとな」
「うん」
「あの時もくれたな、クリームパン」
「そうだね。もう懐かしいね」
美術室でお弁当を作ってきてくれた日。あの日のことも、もう避けずに話すようになった。でも、肝心なことには触れてこないし、俺も触れない。
触れたら、全部話すまで止まれなくなりそうだから。みんなと笑って卒業したいから、触れない。
ボタンを押すと、番号の棚めがけてがウィーンと受け皿が動き、押し出された商品をキャッチする。その様子を子どものように目で追うのむが、自販機に反射して映っている。
「……まめ?出てきたよ?」
声をかけられ、はっとした。
「あっ。ありがと」
「俺、この自販機好きなんだよなぁ」
好き、という言葉に反応しそうになり、慌てて受け取り口に手を伸ばす。
「……知ってる。いつもじーっと見てるもんねぇ」
「バレてたか」
「俺の分も買お」と、のむが小銭を入れる。さっきと同じ数字を押すと、再び受け皿がチョコレートバーをめがけてウィーンと動き出す。
のむが、自販機を見ながら呟いた。
「好きなものってさ」
「ん?」
「見ちゃうよな」
「……見ちゃうね」
2人で黙って、運ばれていくチョコレートバーを見る。
ちらっと自販機越しに映るのむに目を移すと、のむもこちらを見て、自販機越しに目が合った。不意を突かれて、たじろぐ。
目を離せないままかろうじて、へらっと笑い、小さく手を振ると、のむが変顔を返してきた。これには意表を突かれて、思わず声が出る。
「……お前ら、何してんだ?」
振り向くと、通りかがった教師に、怪訝な目で見られていた。
「え!……えっと、自販機を、応援してましたぁ」
「あー。自販機がぐずりそうだったので、あやしてました〜」
適当に答える俺達に「受験生だもんな……お疲れさん」と、教師は、同情して去っていった。
「……受験ストレスでおかしくなってると思われたな」
「そうだね。心配されちゃったね」
とっくに落下して受け取り口で待機しているチョコレートバーを手に取ると、俺達は少しだけ気まずいまま、教室に戻った。
教室に戻るとすぐに、のむは食べる間もなく面接の練習に呼ばれて行ってしまった。
面接組は先生と1対1で練習、進学組は講習が入っているけど、面接組ののぐが1人教室で暇そうにしていたので、ちょっとだけ講習をサボることにした。
「面接練習だるい〜」
面倒くさがりののぐは、だるいだるいと口癖を連発しながら、そのまま床に溶けていきそうな体勢で椅子にもたれている。そんなのぐに、「見てこれ」とチョコレートバーを見せびらかした。
「まめよ。良いもん持ってんじゃねぇの」
「うひひ。のむに買ってもらったんですよ。わたしゃ甘いものに目がなくてね」
パキッと折って、のぐにあげる。
グラノーラやナッツがぎっしり入って、小さくても食べ応えのあるそれを、2人で口いっぱいに含んで、しばらく無言でもしゃもしゃ食べた。
「なぁ」と、ようやく喋られる状態になったのぐが、口を開く。
「ーーのむに言ったら絶対キレるから内緒な」
「えっ何。不穏な前置き……」
のぐから不意にのむの名前が出て、思わずグッと身体に力が入る。
「まめ、前にのむの弁当食っただろ」
「え……」
のぐが、それを知っていることに驚いた。
でも、よく考えたらいつメンが知っててもおかしくない。ましてやのぐとのむの仲だ。知らない方が不自然なのに。
それを、俺とのむだけが知っていると思い込んで、がっかりしている。そんな自分に戸惑った。
戸惑っていると思われないよう、慌てて口を開く。
「そうなんだよ!あの時のむが、俺の栄養状態を心配してくれてさ。聞いてよ。のむのごはん、ちゃんと炊けてたんだよ?それに、玉子焼きなんて焼いて……俺感動しちゃった」
動揺しているのを誤魔化したい一心で、聞かれてもいない感想をペラペラ喋った。
のぐが、俺に向かって言う。
「あいつさ、あの時夜中に突然連絡してきて」
「……なんて?」
「玉子焼きが、全然巻けないって」
のむの、少し焦げた甘い玉子焼きを思い出す。
「動画観て真似してんのに、焦げてフライパンにくっ付いてスクランブルエッグになるって。だから色々教えてやったんだけど、形になるまでに卵なくなって、あいつ深夜にコンビニまでーー」
「ちょっと待って、のぐが玉子焼きの焼き方を?」
「あー……えっと、俺」
のぐが、少し照れくさそうに言う。
「実は弁当、自分で作ってんだ」
ずっと一緒にいるのに、知らなかった。のぐのお弁当はおいしそうで、いつもきれいに詰めてある。
「え、えぇ!すごい。そうだったの?」
「……まぁ。簡単なやつばっか、だけど」
「すごいな、のぐは。俺、今まで全然やろうとも思わなかったよ」
「うち、片親で小学生の妹いるじゃん。だからって俺、家のこと何もしねぇし大抵のことは面倒くせぇんだけど、料理だけは、そうでもないみたいで」
教室の天井を見ながらのぐが話すのを、俺は黙って聞く。
「母親に弁当を持たせてみたら、めちゃくちゃ喜ぶわけ。もう泣く勢いで。そんなに?と思って……なんか、俺馬鹿だし勉強嫌いだけど、これだけはって、思っちゃったんだよね」
のむが作ってくれたお弁当の、他と比べようもない温かさを思い出す。のぐのお母さんも、どんなにうれしかっただろう。
「それで、調理の専門学校なんだね」
「まぁ、そんな感じ」
のぐが、「まめは?」俺の方を見て言う。「何で教育学部?」
「うーん、えっとね。俺、ひとりっ子でずっと両親が仕事忙しくて、家で1人で過ごすことが多くてさ。……だから、子どもの寂しい気持ちには寄り添えるかなって。勉強教えるのは苦手だけど、児童館とかで、子どもに寄り添うことはもしかしたら得意なんじゃないかって、思ったんだよねぇ……」
「まめ、すげー合う。子どもにひっつかれてるの、イメージ湧くわ」
「そうかな」
「ーーあと俺、結構人が好きなのかもって、いつメンのおかげで気付いた」と付け足す。
「……案外、進路ってちょっとしたきっかけで決まるもんだな」
「そうだね。そうかも」
のぐと2人で、こんなに踏み込んだ話をするのは初めてだった。自分の将来に向かって、少し背中を押されたような気持ちになって、うれしかった。
それなのに、なんだろう。さっきから、心の奥にポツンと黒い点のようなものがあって、消えない。
「ーーそれにしても、あのお弁当、のぐが絡んでたとはなぁ……」
ぽつりと俺がこぼすと、のぐがにやりと笑う。
「のむには絶対内緒だぞ」
「うん。……のぐのむの友情が詰まったお弁当、おいしかったよ。ありがと」
それを聞いたのぐが、「友情?」と目を丸くする。
「あ〜……そうきたか……」
「え?」
その時、ガラガラと雑に引き戸を開けて、のむが戻ってきた。
「えっ、まめ?!ここで何してんの?講習行ってないのかよ」
「いやぁ。休憩という名の……あれだよ」
「サボりだ」
「えへへ」
のむは、のぐに向かって言う。
「次お前だぞ。……ヤミケンに、ゴリゴリにダメ出しされるから、折れんなよ」
「え〜〜、だる〜〜。帰りたい」
「とりあえず、ノックは3回な」
「うぇ……」
きっと、そう言いつつも、頑張るのだろう。のぐが面倒そうに立ち上がったタイミングで、俺も立ち上がる。
「のむ、お前は俺が終わるまで待ってろ。終わった後、面接対策会議するぞ」
「チョコバーおいしかったよ。ごちそうさまぁ。……俺も、そろそろ講習行かなきゃ」
「まめ、もう行くのかよ」
のむが不服そうに俺を見るが、俺は、のむの方を見ることができなかった。
夜中に、のぐに教えてもらって作った玉子焼き。のむは、困った時最初にのぐに相談した。そんなことを考えても仕方ないのに、ぐるぐる頭を回っている。
お弁当が2人だけの秘密だなんて勘違いしていた自分が、恥ずかしくていたたまれなかった。それに、何だかモヤモヤして、うまく笑えない。こんな気持ちは、初めてだった。
「……うん。今ならまだ何とか誤魔化して入れそうだから」
また明日ね。そう言って、教室をあとにした。
購買は放課後には閉まってしまうけれど、購買前にはジュース以外にお菓子なんかも売っている、便利な自販機がある。
「まめ、昼はありがとな」
「うん」
「あの時もくれたな、クリームパン」
「そうだね。もう懐かしいね」
美術室でお弁当を作ってきてくれた日。あの日のことも、もう避けずに話すようになった。でも、肝心なことには触れてこないし、俺も触れない。
触れたら、全部話すまで止まれなくなりそうだから。みんなと笑って卒業したいから、触れない。
ボタンを押すと、番号の棚めがけてがウィーンと受け皿が動き、押し出された商品をキャッチする。その様子を子どものように目で追うのむが、自販機に反射して映っている。
「……まめ?出てきたよ?」
声をかけられ、はっとした。
「あっ。ありがと」
「俺、この自販機好きなんだよなぁ」
好き、という言葉に反応しそうになり、慌てて受け取り口に手を伸ばす。
「……知ってる。いつもじーっと見てるもんねぇ」
「バレてたか」
「俺の分も買お」と、のむが小銭を入れる。さっきと同じ数字を押すと、再び受け皿がチョコレートバーをめがけてウィーンと動き出す。
のむが、自販機を見ながら呟いた。
「好きなものってさ」
「ん?」
「見ちゃうよな」
「……見ちゃうね」
2人で黙って、運ばれていくチョコレートバーを見る。
ちらっと自販機越しに映るのむに目を移すと、のむもこちらを見て、自販機越しに目が合った。不意を突かれて、たじろぐ。
目を離せないままかろうじて、へらっと笑い、小さく手を振ると、のむが変顔を返してきた。これには意表を突かれて、思わず声が出る。
「……お前ら、何してんだ?」
振り向くと、通りかがった教師に、怪訝な目で見られていた。
「え!……えっと、自販機を、応援してましたぁ」
「あー。自販機がぐずりそうだったので、あやしてました〜」
適当に答える俺達に「受験生だもんな……お疲れさん」と、教師は、同情して去っていった。
「……受験ストレスでおかしくなってると思われたな」
「そうだね。心配されちゃったね」
とっくに落下して受け取り口で待機しているチョコレートバーを手に取ると、俺達は少しだけ気まずいまま、教室に戻った。
教室に戻るとすぐに、のむは食べる間もなく面接の練習に呼ばれて行ってしまった。
面接組は先生と1対1で練習、進学組は講習が入っているけど、面接組ののぐが1人教室で暇そうにしていたので、ちょっとだけ講習をサボることにした。
「面接練習だるい〜」
面倒くさがりののぐは、だるいだるいと口癖を連発しながら、そのまま床に溶けていきそうな体勢で椅子にもたれている。そんなのぐに、「見てこれ」とチョコレートバーを見せびらかした。
「まめよ。良いもん持ってんじゃねぇの」
「うひひ。のむに買ってもらったんですよ。わたしゃ甘いものに目がなくてね」
パキッと折って、のぐにあげる。
グラノーラやナッツがぎっしり入って、小さくても食べ応えのあるそれを、2人で口いっぱいに含んで、しばらく無言でもしゃもしゃ食べた。
「なぁ」と、ようやく喋られる状態になったのぐが、口を開く。
「ーーのむに言ったら絶対キレるから内緒な」
「えっ何。不穏な前置き……」
のぐから不意にのむの名前が出て、思わずグッと身体に力が入る。
「まめ、前にのむの弁当食っただろ」
「え……」
のぐが、それを知っていることに驚いた。
でも、よく考えたらいつメンが知っててもおかしくない。ましてやのぐとのむの仲だ。知らない方が不自然なのに。
それを、俺とのむだけが知っていると思い込んで、がっかりしている。そんな自分に戸惑った。
戸惑っていると思われないよう、慌てて口を開く。
「そうなんだよ!あの時のむが、俺の栄養状態を心配してくれてさ。聞いてよ。のむのごはん、ちゃんと炊けてたんだよ?それに、玉子焼きなんて焼いて……俺感動しちゃった」
動揺しているのを誤魔化したい一心で、聞かれてもいない感想をペラペラ喋った。
のぐが、俺に向かって言う。
「あいつさ、あの時夜中に突然連絡してきて」
「……なんて?」
「玉子焼きが、全然巻けないって」
のむの、少し焦げた甘い玉子焼きを思い出す。
「動画観て真似してんのに、焦げてフライパンにくっ付いてスクランブルエッグになるって。だから色々教えてやったんだけど、形になるまでに卵なくなって、あいつ深夜にコンビニまでーー」
「ちょっと待って、のぐが玉子焼きの焼き方を?」
「あー……えっと、俺」
のぐが、少し照れくさそうに言う。
「実は弁当、自分で作ってんだ」
ずっと一緒にいるのに、知らなかった。のぐのお弁当はおいしそうで、いつもきれいに詰めてある。
「え、えぇ!すごい。そうだったの?」
「……まぁ。簡単なやつばっか、だけど」
「すごいな、のぐは。俺、今まで全然やろうとも思わなかったよ」
「うち、片親で小学生の妹いるじゃん。だからって俺、家のこと何もしねぇし大抵のことは面倒くせぇんだけど、料理だけは、そうでもないみたいで」
教室の天井を見ながらのぐが話すのを、俺は黙って聞く。
「母親に弁当を持たせてみたら、めちゃくちゃ喜ぶわけ。もう泣く勢いで。そんなに?と思って……なんか、俺馬鹿だし勉強嫌いだけど、これだけはって、思っちゃったんだよね」
のむが作ってくれたお弁当の、他と比べようもない温かさを思い出す。のぐのお母さんも、どんなにうれしかっただろう。
「それで、調理の専門学校なんだね」
「まぁ、そんな感じ」
のぐが、「まめは?」俺の方を見て言う。「何で教育学部?」
「うーん、えっとね。俺、ひとりっ子でずっと両親が仕事忙しくて、家で1人で過ごすことが多くてさ。……だから、子どもの寂しい気持ちには寄り添えるかなって。勉強教えるのは苦手だけど、児童館とかで、子どもに寄り添うことはもしかしたら得意なんじゃないかって、思ったんだよねぇ……」
「まめ、すげー合う。子どもにひっつかれてるの、イメージ湧くわ」
「そうかな」
「ーーあと俺、結構人が好きなのかもって、いつメンのおかげで気付いた」と付け足す。
「……案外、進路ってちょっとしたきっかけで決まるもんだな」
「そうだね。そうかも」
のぐと2人で、こんなに踏み込んだ話をするのは初めてだった。自分の将来に向かって、少し背中を押されたような気持ちになって、うれしかった。
それなのに、なんだろう。さっきから、心の奥にポツンと黒い点のようなものがあって、消えない。
「ーーそれにしても、あのお弁当、のぐが絡んでたとはなぁ……」
ぽつりと俺がこぼすと、のぐがにやりと笑う。
「のむには絶対内緒だぞ」
「うん。……のぐのむの友情が詰まったお弁当、おいしかったよ。ありがと」
それを聞いたのぐが、「友情?」と目を丸くする。
「あ〜……そうきたか……」
「え?」
その時、ガラガラと雑に引き戸を開けて、のむが戻ってきた。
「えっ、まめ?!ここで何してんの?講習行ってないのかよ」
「いやぁ。休憩という名の……あれだよ」
「サボりだ」
「えへへ」
のむは、のぐに向かって言う。
「次お前だぞ。……ヤミケンに、ゴリゴリにダメ出しされるから、折れんなよ」
「え〜〜、だる〜〜。帰りたい」
「とりあえず、ノックは3回な」
「うぇ……」
きっと、そう言いつつも、頑張るのだろう。のぐが面倒そうに立ち上がったタイミングで、俺も立ち上がる。
「のむ、お前は俺が終わるまで待ってろ。終わった後、面接対策会議するぞ」
「チョコバーおいしかったよ。ごちそうさまぁ。……俺も、そろそろ講習行かなきゃ」
「まめ、もう行くのかよ」
のむが不服そうに俺を見るが、俺は、のむの方を見ることができなかった。
夜中に、のぐに教えてもらって作った玉子焼き。のむは、困った時最初にのぐに相談した。そんなことを考えても仕方ないのに、ぐるぐる頭を回っている。
お弁当が2人だけの秘密だなんて勘違いしていた自分が、恥ずかしくていたたまれなかった。それに、何だかモヤモヤして、うまく笑えない。こんな気持ちは、初めてだった。
「……うん。今ならまだ何とか誤魔化して入れそうだから」
また明日ね。そう言って、教室をあとにした。
