愛を伝えると退学になる男子校だけど、いつメンに毎日迫られている(気がする)。

「……"どっち"の?」

 震える声で、尋ねた。
 2つあるSNSのうち、どっちのだ。

「……あぁ。文化祭の、さっさと消えた方のはわかんねぇ。こいつじゃなかったし」

 ーーということは。
 俺達は、息を呑んだ。
 全く得体の知れない相手だったのが、今、すぐ側にいる。
 屋久は腕組みを解くと、手に持っていたスマホを俺達に向かって掲げてみせた。

「これ、こいつのスマホ。SNSのアカウント確認済み。……あ、あと写真も確認したよね」

 まるで友達に話しかけるような気軽さでそいつに顔を向けると、俯いている後ろ姿が、ますます小さくなる。

「……詳しい経緯は省くけど、お前らが面談室に呼ばれたことを、こいつのSNSに捨て垢からDMで流してみた。そしたらノコノコ聞き耳立てに現れたから、こう、ガッ、と捕獲したわけ」

 ガッ、のところで屋久がそいつの頭を掴むと、小さく「ヒッ」という悲鳴が聞こえた。

「ちなみにだけど、お前らのクラスの奴じゃないよ」
「……うん、それは後ろ姿でも、何となくわかる」

 俺がそう言うと、のむも頷く。
 クラスメイトを疑う気持ちがあったわけではないけど、一つ心が軽くなった気がした。

「さて。何か聞きたいことある?って、たくさんあるか。……あ、先に、顔見る?それと、クラスと名前」

「いや」と、のむが口を開く。

「今顔見たら殴っちまうかもしんねぇから、そのままでいい」

 低い声でそう言うと、そいつの背中がビクッと震えた。

「どうしてこんなことしたの?」

 背中に向かって尋ねる。
 一番知りたいことだ。
 しばらく沈黙があって、屋久がそいつの座る椅子の脚を、軽く蹴った。

「……僕がやってたSNSがあって」

 ようやく口を開く。

「SNSにその日あったこととか、思ったこと、呟いてたんだけど、全然見てもらえなくて。……フォロワーも、ほとんどいなくて」

 のむが目を細めて、ぼそぼそと喋るそいつを睨んでいる。俺も、まだ話が見えないので、黙って耳を傾ける。

「学校もたいして面白くないし、つまんなくて。そしたら……ある時、えっと……あなた達、が廊下を歩いてて」
「……それで?」

 もどかしい気持ちで、先を促す。

「ごめんなさい……」
「謝んのとか、今要らねぇから」

 のむが冷たく突き放す。

「ぼ、僕と同じで地味だから、周りにちょっかいかけられてるのを見て、いじめられてるのかと思った。……でも、よく見たら、何か楽しそうにしてて。そこから気になって見るようになりました……」
「……それは、俺のことだよね?」

 俺が尋ねると、後ろ姿がこくんと頷く。それを見たのむの顔色が変わった。

「まめが、お前と同じだって?」

 一歩前に出るのむの腕を掴んで、「待って」と叫ぶ。

「俺、最後まで話聞きたい。のむもだろ?」
「……」

 のむが眉間に皺を寄せて、はぁ、とため息をつく。

「全部話してほしい」
「はい……」

 その日から、登下校、廊下、教室。見かける度、こっそり俺のことを観察するようになったらしい。
 そして、それを「男子高校生の日常」として、自分のことのように投稿し始めたのだと、彼は観念したように語り始めた。

『おいおい、俺の頭は肘置きではないぞ』
『おはよう。投稿中、歩いてたらみんなハグしてくる。ここって日本?』

「そしたら、いいねがもらえた。初めて、フォローもされて……」

『休み時間、なぜか俺の席はクラスの奴の膝の上』
『猫の代わりに俺吸いが流行ってるって、マジか』

 最初は、ただ日常を呟く程度だった。でも、ちょっと距離が近めの投稿をすると、いいねが多くて、フォロワーが増えることに気付いたのだという。

『親友が、耳元で喋るのやめてほしい。さすがに距離近すぎない?』

「投稿に、コメントが付いた……初めてだった。『距離近いのかわいい。何か始まりそうw』って。それで、どんどん"そっち系"の投稿を増やしていった」

 "そっち系"という言葉に、SNSに書かれていた"#リアルBL"のワードを思い出して、胸がざわついた。

「そのうち、いつも同じ4人でいることに気付いて……特にその、あなた達2人の距離が近かったから、見たことを膨らませて色々書きました」

「ーーそしたらフォロワーが増えて、やめられなくなった?」

 俺が、静かに問いかける。
 彼が力なく頷く。

「……写真を撮ったのもそう?」
「顔写ってなくてもいいから見たいと言われて、遠くからこっそり撮ったのを切り抜いて使って。……写真を載せた途端すごくフォロワーが増えて、それで調子に乗りました」

 のむの拳が固く握られているのを見て、俺は腕を掴む手に力を込める。

「バレると思わなかったの?」
「思ったけど……その時は、いいねされたり、コメントをもらえることの方が大事で……」

 写真の投稿に付いた、たくさんのいいねとコメントの数字が脳裏に浮かぶ。恐ろしくて、コメントの内容は見られなかった。

「かっこいい奴とか、定期テスト学年1位で有名な奴とか、そんな奴らにちやほやされて、羨ましくて……」
「え?」

 羨ましい?俺が?

「ごめんなさい。俺のせいでちょっとくらい困っても別にいいだろって、思ってしまいました。ごめんなさい……」

 そいつが、今にも泣きそうな声で言う。

「てめぇ……」
「あのね」

 のむが声を上げるのと同時に、俺も口を開く。のむの方を見てから、再びそいつの後ろ姿に向かって話しかけた。

「あの、今、びっくりしてて。上手く話せないかもだけど。……ちょっとだけ自分語りしてもいい?」

 屋久の方を見る。屋久は「どうぞ」と目配せをした。

「……俺は、ずっと『俺なんか』って思って生きてきたから、そんな風に羨ましがられたり、妬まれたりするような人生とは無縁だと思っていたんだ」

 自分のことをこうして口に出して話すなんて、初めてだ。でも、今話さないといけない気がして、必死に言葉を探す。

「俺はほんと、やりたいことも、なりたい自分も、何にもなくてさ。……だから、あなたが見たように、周りに多少ちやほや?構われていてもね、期間限定の流行り、みたいな。今は楽しくても、みんないつか当たり前に、俺から離れていくんだろうなーって思ってた」

 掴んでいたのむの腕を離す。のむが、俺の言葉に傷付いたような表情をしている。俺は、笑顔でのむに向かって首を振った。

「でも、この前『俺なんかって言うのが嫌いだ』って本気で怒られたんだ。最初、言われている意味がわかんなくて。……今もちゃんと受け取れているか、わかんないけど。でも、俺のことを何もない、俺なんかって思うのって、俺を少しでも大事に思ってくれる人を、否定してることになるんじゃないかって」

 のむを傷付けて、いつメンに心配かけて、こうして悪意を向けられるまで、気付けなかった。

「あなたが、楽しそう、羨ましいと思った俺の姿を、俺自身が認められてなかった」

 話していくうち、自分の心の中で固く絡まった紐が解けていく感覚になる。自分でもわかっていなかった、自分の本当の気持ちがわかっていく。
 俺は、後ろ姿に向かって笑いかける。

「まだできているとは言えないかもしれないけど……俺は、気持ちをそのまま『ありがとう』って受け取って、ちゃんと返せる人になりたい。今の俺を、認めたい。友達と……のむと、笑って卒業したい。それが、今一番大切にしていることなんだ」

 のむが上を向いて、さっと目元を拭った。
 そして、俺の方を真っ直ぐに見る。俺も、のむを見つめる。
 たぶん、同じことを考えている。
 そう思って、口を開いた。