愛を伝えると退学になる男子校だけど、いつメンに毎日迫られている(気がする)。

 思いの外早く解放され、俺達は面談室をあとにした。
 ヤミケンは教頭と学年主任とまだ話があるらしく、面談室に残っている。

 のむと2人、お互い何も話さないまま、教室へと続く廊下を歩く。
 心臓がまだドクンドクンと、のむに聞こえそうな程、音を立てていた。

 窓から西陽(にしび)が差し、誰もいない廊下を照らしている。
 遠くに、運動部のかけ声が聞こえる。

「……運動部は、元気一杯ですねぇ」

 沈黙に耐えかねて、独り言のように呟く。
 すると、のむが突然「あぁ~~……」と声を発しながらしゃがみ込んだ。

「えっ。どした?だいじょ……」
「こわかったーーー!!」

 両手で顔を覆(おお)って叫ぶ。

「……怖かった……」

 少し間があって、もう一度、今度は弱々しい声で言った。

 ーーのむも、怖かったんだ。あんなに堂々としていたように見えたけど。

 俺も傍(かたわ)らに、ちょこんとしゃがむ。

「……怖かったね~!」

 わざと、明るい口調で言う。

「腹も立ったね!」
「な!」
「盗撮キモイよね!」
「ほんとにな」
「あとはさ、えっと、えっと……もう全部キモイ!キモすぎ!」

 後が思い付かず、とにかくキモイキモイと連呼していると、耐えきれないように、くっくっと、のむが笑い出した。
 両手で隠した顔から、目だけを出して俺を見る。
 久しぶりにのむと、心が通い合った気がした。
 今なら言えるかもしれない。と、唐突(とうとつ)に思った。

「のむ、絵画展の絵、見たよ」
「……マジ?」
「マジ」

 お互い、廊下にしゃがんで丸まったまま話す。

「いつ?」
「後夜祭の前」

 その前後の、色々あったことには、敢(あ)えて触れない。

「えー。マジかよ。知らんかった……」

 のむが再び両手で顔を覆う。そして、そのままの体勢で俺に尋(たず)ねた。

「……キモかった?」
「まさか」
「良かった?」
「うん。俺ほんとかわいいなって」
「そうね」

 俺がボケたのに、あっさり受け止められて焦る。

「なんっだそれ」
「……」

 のむが顔を上げた。大きい身体を小さく丸めたまま、じっと見つめてくる。

「そこは突っ込むとこだろぉ」
「……」
「……おい?何か言って?」
「……」

 あ、これふざけてるやつだ。
 空気に耐え切れなくなって、片手で「えいっ」と肩を押した。

「あぁぁぁ……」

 不意を突かれたのむが変な声を上げ、だるまみたいにごろんと廊下に転がった。その姿がツボに入ってしまい、廊下に手をついて、崩れ落ちる。
 久々に心からゲラゲラ笑った。のむも廊下に変な格好で倒れたまま、笑っている。
 文化祭からずっと張りつめていた空気が一時だけ緩んで、ゲラゲラ笑いながら、嬉しくて、少しだけ泣きそうになった。

 ひとしきり笑った後、よいしょ、と立ち上がる。

「はい」

 まだ"行き倒れた人"のような体勢で笑っているのむに、手を差し伸べる。
 手を掴(つか)んで立ち上がると、のむはすぐにパッと離し、その手でズボンの埃(ほこり)を払った。

「……よし。カバン取って帰ろうぜ」

 いつもと変わらない口調でそう言うと、教室に向かって歩いていく。

「……うん」

 俺は、掴んだ右手をギュッと握ると、のむを追って歩き出した。


 教室に戻ると、誰もいないはずの教室に、人影があった。
 扉を開けたのむがその場から動かないので、怪訝(けげん)に思い、隙間から中を覗き込む。

「……っ。そこで、何して……」

 驚きすぎて、言葉を失った。

「……屋久」

 のむが吐き捨てるように言う。
 俺達のカバンだけが置かれた放課後の教室で、俺とのむ、そして屋久が対峙(たいじ)している。

 俺とのむのカバンが置いてある机の間で、屋久は壁にもたれて腕組みをしていた。

「あれ。思ったより早かった」
「……」
「案外すぐ釈放(しゃくほう)されたんだ」
「……何なんだよお前。何してんだよそこで」

 のむが静かに問いただす。静かだけど、爆発する前のように空気が震えているように感じて、胸がざわざわする。

 どうして。
 どうして屋久は、俺達が呼び出されたことを知っているんだ。

「ねぇ」

 今度は俺が口を開いた。
 今はそれよりも、聞かなければならないことがあった。

「ーーそれ……誰?」

 そこには、屋久以外にもう一人いた。
 椅子を屋久の方に向け、向かい合う形でそこに座っていて、後ろ姿しか見えない。

「こいつ?こいつはねーー」

 屋久は笑って言う。その目の奥は笑っていない。

「SNSの投稿者だよ」