帰りのホームルームが終わった後、俺とのむはヤミケンに呼び止められた。
「お前ら、ちょっといいか」
ヤミケンがあまりにいつも通りなので、すぐにはピンと来ず、のむと俺は顔を見合わせる。
「え?俺ら?」
後ろにいるのぐが自分を指差し、その横にいる糸杉も怪訝な顔でヤミケンを見ている。
ヤミケンは、俺とのむに”ピース”を横にしたようなポーズで2本の指を向け、「いや、お前ら2人だけ」と言った。
その瞬間、糸杉の表情が変わったのが見えた。胸さわぎを覚えて、ズボンの端をギュッと握りしめる。
「えー……なんだろね。ちょっと、行ってくる。ちなみに、終わる時間って……」
ヤミケンをちらっと見たが、「わからん」と首を振る。
「……悪いけど先帰ってて」
「いや、待ってる」
糸杉が、被せるように言う。その気持ちがうれしかった。
「いいよ。いつまで待たせるかわかんないし」
「でも」
「糸杉、今日も塾あんだろ。……あとで連絡するから」
のむがそう言うと、糸杉は不安そうな表情のまま、渋々引き下がった。
「絶対連絡しろよ」
そう言って帰っていくのぐと糸杉の後ろ姿を見送ってから、ヤミケンと俺達は教室をあとにした。
「おまえらさぁ……」
ヤミケンは廊下を歩きながらおもむろに口を開くと、ボキボキと音を鳴らして肩を回した。
「ーー今から行く面談室、教頭と学年主任もいるけどビビんじゃねぇぞ」
『えっ……』
2人とも、思わず声が出る。不穏な空気。教頭も学年主任も、話したことすらないんだけど。
ヤミケンが歩きながら、「でかい声出すなよ」と、早口で囁く。
「お前らのことと思われる内容がSNSに上がってる。これから、そのことについて聞かれる。……いいな、やってもねぇことはきっぱり否定しろ。内容を見て嫌な気分になるかもしれないけど、そこは感情的にならずに、どうにか我慢してほしい」
SNSと聞き、文化祭の日の出来事が頭に浮かぶ。
逃げたい気持ちとは裏腹に、面談室の看板が見えてくる。
「先に言っとく。……事前に俺が個人的に聞き取りできなくて、申し訳ない。口裏合わせたりできないように、禁止されてる。本当はこのやり取りもな」
「SNS、削除されて解決したんじゃないのかよ」
のむが、ヤミケンに小声で食ってかかる。
ヤミケンは、それには答えずに「着いたぞ」と、面談室の扉をノックした。
「どうぞ」
全校集会とかでしか聞いたことがない、教頭の声。
手が、じっとりと汗ばんでくる。のむの様子を窺うと、のむも眉間にしわを寄せて俺の方を見ていた。
面談室の扉が開けられる。
覚悟が決まるかどうかなど関係なく、俺達は入るしかなかった。
「失礼します」
「失礼しまぁす……」
中には、ヤミケンが言っていた通り、教頭と学年主任が座っている。
ーーこれは、事前に教えてくれなかったら、ちびってたかも。
心の中でヤミケンに感謝した。
「そこに座って」と指示された席に座ると、すぐに本題に入った。
「鳩目君と、野村君だね。早速だけど君達、このSNSに見覚えある?」
ヤミケンの話を聞いた後だから、俺達に考える間を与えずに、事実確認をしようとしているのがわかる。
カラーで印刷されたA4用紙を何枚か差し出され、俺とのむで覗き込んだ。
SNSの画面に、アカウント名が大きく表示されている。
『男子校生の恋愛事情』
プロフィールには、『高3男子です。学校で言えないこととかここに書きます。あとで消すかも。』
高校名は書いていないが、アイコンがうちの学校の校舎になっている。
「これって、うちの高校か……?」
のむが呟く。
『フォロワー668人』
『20XX年1月から利用しています』
フォロワーも多い。
アカウント開設は、半年前だ。
一番上にある投稿が目に入る。
日付は、文化祭当日。
『キスした。みんなフリだと思ってるけど。』
全体をぼやけさせた、舞台の写真。
それでも、俺達の劇の舞台なのは一目瞭然だ。
「えっ……」
俺が絶句している隣で、のむが時系列に並んだ投稿の一覧に、黙々と目を通している。
紙を持つ手が、小刻みに震えている。
『2人で練習。学校でハグできるなんて、不思議な気分』
『今日も一緒に帰った。XX公園でこっそり手をつないだ』
どれも短い投稿だが、100件前後のいいねと、10件程のコメントが付いているのがマークと数字でわかる。
俺達が100人から覗かれているところを想像して、目眩がした。
『いつも俺と彼含めて4人でいるんだけど、俺たちのこと、親友には打ち明けようかな。でも秘密にするのもドキドキするね』
『親友も俺のことをかわいいってめちゃくちゃ構ってくるから、彼が嫉妬して困ってる笑』
4人、という言葉を見つけて心臓が跳ねた。相手は確実に、俺達のことを認識しているのだと確信する。
"親友"という響きに嫌悪感を覚える。
ーー俺達が、親友をこんな風に扱うはずがないだろ。
怒りが湧いて、かえって少し冷静になれた。
『いつもたくさんのコメントといいねありがとうございます。リクエストがあった俺と彼についてですが、身バレしない程度ならOKと彼から許可をもらいました!これは親友がこっそり撮ってたやつです笑』
見るのが怖い。けれど、下の方に視線を移す。
学校の廊下で撮ったと思われる、後ろ姿の写真があった。この写真にも、舞台の写真と同じくぼやけさせる加工が施してある。
それでもわかる。
「これ、俺とまめじゃん……」
のむが言った。手に力が入って、紙の端がくしゃっと折れ曲がる。
この投稿だけいいねの数がやけに多い。写真が興味を引いたのかもしれない。
勝手に俺達の事が投稿されて、しかも事実の中に嘘を紛れ込ませてある。
そして、投稿のほとんどについている、最後の一文。
『#リアルBL』
”これが例のリアルBLかw”
そう書かれた、文化祭の投稿が頭に浮かんだ。
「なに、これ。なんなの?……何なんですか?」
「君達は関わっていないんだね?」
学年主任が、俺の問いに、問いで返す。
「やってないです。知らないです」
のむが、真っ直ぐに学年主任を見据えて言う。
「俺も、知らないです。こんなの……」
怒りと恐ろしさで声が震えて、うまく話せない。
「こういう投稿をされる、心当たりは?……周りに写真を撮ったり、君達の行動を知ってて投稿できそうな人はいない?」
そんなの、写真くらい、いつメンでいくらでも撮るし、クラスの奴らとも撮る。俺達の行動を知っている奴なんて、クラス全員当てはまるし、他クラスにだって知り合いはいる。
「たくさんいすぎて、わからないです……」
「例えば、いつも一緒に行動してる友達しか知らないようなことを書かれているとか、そういうことはない?」
「……どういう意味ですか?」
「特定の友達だけに話したことが書かれているとか、ないかな」
俺達が投稿内容のようなことを、実際にしているのではないかということ。
投稿者が友達なのではないかということ。つまり、いつメンなんじゃないかということ。
そのどちらも疑われているのだと気付いた途端、ぐらん、と視界が揺れた。
「友達は、絶対にこんなことしません。あと、投稿にはやってもいないことがたくさん書かれてます」
さっき、面談室に入る前にヤミケンから言われた言葉の意味がわかった。
ーー『やってもないことはきっぱり否定しろ、感情的にならずに我慢してほしい』
「野村君も、同じ?」
「はい。嘘ばっかり書かれて、友達まで疑われて、正直すごく気分が悪いです」
のむも、強い言葉で否定する。
「……わかったよ。嫌な気持ちにさせて悪かったね。うちの校則は、他と違って特殊だろう。それもあって、他の学校よりも敏感にならざるを得ない部分があるのは、どうか理解してもらいたい」
「……はい」
俺達の話をすぐに信じてもらえて、助かった。ヤミケンが、事前に先生方に説明してくれていたのかもしれない。
教頭先生が、俺達を交互に見ながら、改めて問いかける。
「校則に違反するような行動はなかった、ということで間違いないね?」
「ないです」
のむが、先生方を見据えて即答する。俺ものむに続いて頷いた。
本当に?
俺、本当はあの文化祭の日、校則違反をしてしまったのではないか。
今もそうだ。自分の気持ちに嘘をついて友達をやっているのは、校則違反じゃないのだろうか。
心臓の鼓動が、嫌な音を立てて、耳の奥で響いていた。
「お前ら、ちょっといいか」
ヤミケンがあまりにいつも通りなので、すぐにはピンと来ず、のむと俺は顔を見合わせる。
「え?俺ら?」
後ろにいるのぐが自分を指差し、その横にいる糸杉も怪訝な顔でヤミケンを見ている。
ヤミケンは、俺とのむに”ピース”を横にしたようなポーズで2本の指を向け、「いや、お前ら2人だけ」と言った。
その瞬間、糸杉の表情が変わったのが見えた。胸さわぎを覚えて、ズボンの端をギュッと握りしめる。
「えー……なんだろね。ちょっと、行ってくる。ちなみに、終わる時間って……」
ヤミケンをちらっと見たが、「わからん」と首を振る。
「……悪いけど先帰ってて」
「いや、待ってる」
糸杉が、被せるように言う。その気持ちがうれしかった。
「いいよ。いつまで待たせるかわかんないし」
「でも」
「糸杉、今日も塾あんだろ。……あとで連絡するから」
のむがそう言うと、糸杉は不安そうな表情のまま、渋々引き下がった。
「絶対連絡しろよ」
そう言って帰っていくのぐと糸杉の後ろ姿を見送ってから、ヤミケンと俺達は教室をあとにした。
「おまえらさぁ……」
ヤミケンは廊下を歩きながらおもむろに口を開くと、ボキボキと音を鳴らして肩を回した。
「ーー今から行く面談室、教頭と学年主任もいるけどビビんじゃねぇぞ」
『えっ……』
2人とも、思わず声が出る。不穏な空気。教頭も学年主任も、話したことすらないんだけど。
ヤミケンが歩きながら、「でかい声出すなよ」と、早口で囁く。
「お前らのことと思われる内容がSNSに上がってる。これから、そのことについて聞かれる。……いいな、やってもねぇことはきっぱり否定しろ。内容を見て嫌な気分になるかもしれないけど、そこは感情的にならずに、どうにか我慢してほしい」
SNSと聞き、文化祭の日の出来事が頭に浮かぶ。
逃げたい気持ちとは裏腹に、面談室の看板が見えてくる。
「先に言っとく。……事前に俺が個人的に聞き取りできなくて、申し訳ない。口裏合わせたりできないように、禁止されてる。本当はこのやり取りもな」
「SNS、削除されて解決したんじゃないのかよ」
のむが、ヤミケンに小声で食ってかかる。
ヤミケンは、それには答えずに「着いたぞ」と、面談室の扉をノックした。
「どうぞ」
全校集会とかでしか聞いたことがない、教頭の声。
手が、じっとりと汗ばんでくる。のむの様子を窺うと、のむも眉間にしわを寄せて俺の方を見ていた。
面談室の扉が開けられる。
覚悟が決まるかどうかなど関係なく、俺達は入るしかなかった。
「失礼します」
「失礼しまぁす……」
中には、ヤミケンが言っていた通り、教頭と学年主任が座っている。
ーーこれは、事前に教えてくれなかったら、ちびってたかも。
心の中でヤミケンに感謝した。
「そこに座って」と指示された席に座ると、すぐに本題に入った。
「鳩目君と、野村君だね。早速だけど君達、このSNSに見覚えある?」
ヤミケンの話を聞いた後だから、俺達に考える間を与えずに、事実確認をしようとしているのがわかる。
カラーで印刷されたA4用紙を何枚か差し出され、俺とのむで覗き込んだ。
SNSの画面に、アカウント名が大きく表示されている。
『男子校生の恋愛事情』
プロフィールには、『高3男子です。学校で言えないこととかここに書きます。あとで消すかも。』
高校名は書いていないが、アイコンがうちの学校の校舎になっている。
「これって、うちの高校か……?」
のむが呟く。
『フォロワー668人』
『20XX年1月から利用しています』
フォロワーも多い。
アカウント開設は、半年前だ。
一番上にある投稿が目に入る。
日付は、文化祭当日。
『キスした。みんなフリだと思ってるけど。』
全体をぼやけさせた、舞台の写真。
それでも、俺達の劇の舞台なのは一目瞭然だ。
「えっ……」
俺が絶句している隣で、のむが時系列に並んだ投稿の一覧に、黙々と目を通している。
紙を持つ手が、小刻みに震えている。
『2人で練習。学校でハグできるなんて、不思議な気分』
『今日も一緒に帰った。XX公園でこっそり手をつないだ』
どれも短い投稿だが、100件前後のいいねと、10件程のコメントが付いているのがマークと数字でわかる。
俺達が100人から覗かれているところを想像して、目眩がした。
『いつも俺と彼含めて4人でいるんだけど、俺たちのこと、親友には打ち明けようかな。でも秘密にするのもドキドキするね』
『親友も俺のことをかわいいってめちゃくちゃ構ってくるから、彼が嫉妬して困ってる笑』
4人、という言葉を見つけて心臓が跳ねた。相手は確実に、俺達のことを認識しているのだと確信する。
"親友"という響きに嫌悪感を覚える。
ーー俺達が、親友をこんな風に扱うはずがないだろ。
怒りが湧いて、かえって少し冷静になれた。
『いつもたくさんのコメントといいねありがとうございます。リクエストがあった俺と彼についてですが、身バレしない程度ならOKと彼から許可をもらいました!これは親友がこっそり撮ってたやつです笑』
見るのが怖い。けれど、下の方に視線を移す。
学校の廊下で撮ったと思われる、後ろ姿の写真があった。この写真にも、舞台の写真と同じくぼやけさせる加工が施してある。
それでもわかる。
「これ、俺とまめじゃん……」
のむが言った。手に力が入って、紙の端がくしゃっと折れ曲がる。
この投稿だけいいねの数がやけに多い。写真が興味を引いたのかもしれない。
勝手に俺達の事が投稿されて、しかも事実の中に嘘を紛れ込ませてある。
そして、投稿のほとんどについている、最後の一文。
『#リアルBL』
”これが例のリアルBLかw”
そう書かれた、文化祭の投稿が頭に浮かんだ。
「なに、これ。なんなの?……何なんですか?」
「君達は関わっていないんだね?」
学年主任が、俺の問いに、問いで返す。
「やってないです。知らないです」
のむが、真っ直ぐに学年主任を見据えて言う。
「俺も、知らないです。こんなの……」
怒りと恐ろしさで声が震えて、うまく話せない。
「こういう投稿をされる、心当たりは?……周りに写真を撮ったり、君達の行動を知ってて投稿できそうな人はいない?」
そんなの、写真くらい、いつメンでいくらでも撮るし、クラスの奴らとも撮る。俺達の行動を知っている奴なんて、クラス全員当てはまるし、他クラスにだって知り合いはいる。
「たくさんいすぎて、わからないです……」
「例えば、いつも一緒に行動してる友達しか知らないようなことを書かれているとか、そういうことはない?」
「……どういう意味ですか?」
「特定の友達だけに話したことが書かれているとか、ないかな」
俺達が投稿内容のようなことを、実際にしているのではないかということ。
投稿者が友達なのではないかということ。つまり、いつメンなんじゃないかということ。
そのどちらも疑われているのだと気付いた途端、ぐらん、と視界が揺れた。
「友達は、絶対にこんなことしません。あと、投稿にはやってもいないことがたくさん書かれてます」
さっき、面談室に入る前にヤミケンから言われた言葉の意味がわかった。
ーー『やってもないことはきっぱり否定しろ、感情的にならずに我慢してほしい』
「野村君も、同じ?」
「はい。嘘ばっかり書かれて、友達まで疑われて、正直すごく気分が悪いです」
のむも、強い言葉で否定する。
「……わかったよ。嫌な気持ちにさせて悪かったね。うちの校則は、他と違って特殊だろう。それもあって、他の学校よりも敏感にならざるを得ない部分があるのは、どうか理解してもらいたい」
「……はい」
俺達の話をすぐに信じてもらえて、助かった。ヤミケンが、事前に先生方に説明してくれていたのかもしれない。
教頭先生が、俺達を交互に見ながら、改めて問いかける。
「校則に違反するような行動はなかった、ということで間違いないね?」
「ないです」
のむが、先生方を見据えて即答する。俺ものむに続いて頷いた。
本当に?
俺、本当はあの文化祭の日、校則違反をしてしまったのではないか。
今もそうだ。自分の気持ちに嘘をついて友達をやっているのは、校則違反じゃないのだろうか。
心臓の鼓動が、嫌な音を立てて、耳の奥で響いていた。
