愛を伝えると退学になる男子校だけど、いつメンに毎日迫られている(気がする)。

 文化祭から1週間が過ぎて日常が戻ると、有名進学校ではない俺達の高校でも、3年生はすっかり受験生モードに切り替わる。
 話題は進学先や受験勉強の話が主になり、休み時間にテキストを開いたり、「あぁぁ、今日も予備校だ。めんどくせー」なんて叫び声が聞こえてくる。

「いやぁ糸杉先生、辛辣(しんらつ)だけどわかりやすいわぁ~」
「もう来んなよ」
「また来ます」

 糸杉はぞんざいに扱いながらも、結局わかるまで付き合ってやるのだから、俺は十分優しいと思う。
 俺は両手で頬杖(ほおづえ)をつきながら、ちゅーっと果汁10%のりんごジュースを飲んだ。

 一方、”俺達にも進路をはぐらかし続ける男”こと、のぐは、受験勉強しているところを見たことがない。
 「あのさ、昨日風呂入ろうとしたらよ」と、のむに話しかける。

「”ここ”に1本毛が生えてるのを見つけたんだけど。これ、何毛だと思う?」

 脚の付け根あたりを差しながら首を傾げるのぐに、のむは「そんなもん」と応じる。

「わかんねぇなら抜いちまえば」
「え?織田信長?お前ホトトギス殺すタイプ?」
「なぁ。その賢いこと言ったみたいな顔やめてもらえる?」

 2人のやり取りを見て、ぷっと吹き出す。

「俺は、脚毛に憧れた陰毛に一票かな」

 そう言うと、2人とも「おぉ」と納得したような顔をした。

「毛質を見てみないとわかんねぇと思うけど。鼠径部(そけいぶ)はちょうどボーダーラインだろ」

 糸杉も乗ってくると、のぐがにやりと笑う。

「鼠径部ってここのこと?かっけぇ……」
「……お前、マジで顔と身長にステータス全振(ぜんふ)りだな。大丈夫か?」

 糸杉が本気で心配そうな顔をするので、俺はまた笑ってしまった。
 その横で、のむも笑っている。

「なぁまめ」
「ん?」
「言いそびれてたけど、今日も後ろ、はねてるぞ」

 自身の後頭部の毛先をつまんで持ち上げながら、のむが言う。

「いやぁもう、お昼じゃん!言ってよー」
「ちなみに、昨日もはねてた」
「……い、いやいやいや、言いなさいよ!」

 わはは、とのむが笑う。

「知ってしまったからには、仕方ないですな。ちょいと直してきますか」

 俺も笑いながら、飲み終えたりんごジュースの紙パックをゴミ箱に放り込み、教室を出た。

 少し歩いた先にある手洗い場の、端が少し黒く変色した鏡を見る。
 鏡を見回したって、はねている毛先は見えない。適当に手に水を付け、わしゃわしゃと後頭部を濡らす。
 もう一度鏡を見るが、さっきと何も変わらない。濡れた後頭部は、前から見たら映らない。

 自分の口角がちゃんと上がっているかどうか、鏡に向かって確認する。
 文化祭のことがあった後も、いつメンと相変わらず毎日バカなことばっかり言って、笑って過ごしている。
 屋久ともあれから話していないし、SNSも、いつの間にか削除されたらしい。
 全て、元通りになった。
 ただ、のむが一切俺に触れなくなっただけだ。

 昼休みが終わるギリギリのタイミングで教室に戻ると、前の席に座るのむが「遅かったな」と迎えてくれた。
 「うん」と返事をして、一度机に突っ伏して伸びをすると、のむが顔をしかめる。

「ちょ、まめ。後ろびっちょびちょじゃん」
「ん?……あー、どうりで首がつめたいと思ったぁ」
「濡れポメラニアン」
「濡れポメです」
「拭(ふ)いとけよ」
「わん」

 適当に返事をしているうちに、授業が始まった。
 目の前に、のむの背中がある。板書をノートに書き写す時だけ小さく丸まって、猫背になる。そのカーブをぼんやりと眺めている自分に気付き、いかんいかん、と慌(あわ)てて黒板を追いかけた。

 頭はそのままにしておいた。
 冷えているくらいで、ちょうどよかった。


 まさか、放課後職員室に呼び出されるなんて、この時は思ってもみなかった。