愛を伝えると退学になる男子校だけど、いつメンに毎日迫られている(気がする)。

 後夜祭が始まる直前に校庭に出た俺達は、のむの姿を探した。
 夕方、日の入り前のまだ少し明るい空に向かって、校庭の中央に組まれたキャンプファイヤーの櫓がそびえ立っている。
 その周辺にはすでに学校中の生徒が集まっていて、賑やかだった。
 談笑する生徒達を縫うように歩いていると、クラスの奴らが集まっているところを見つけた。

「あっ。やっと来たな。主演と振られた奴」
「うるせぇわ」

 おつかれー、と迎えてくれる。クラスメイトがいつも通りで、ホッとする。みんな、俺に気を遣ってくれているのかもしれない。

「のむは?」
「あれ、その辺にいなかった?てかあいつ何か変じゃね?一人で来てやたらキョロキョロしてたけど。……お前ら喧嘩でもしてんのか?」
「なんでだよ。あぁ……でも振られたから、あとでぶん殴ってやろうかなとは思ってる」

 のぐが軽口を叩くと、クラスメイトは笑いながらクラスの輪に戻っていった。

「……あ」

 その時、キャンプファイヤーの輪から少し離れたところに、のむの後ろ姿を見つけた。
 誰かと一緒にいる。その顔には見覚えがあった。

 ーー『仲いいね』とすれ違いざまに呟いた奴だ。
 すごく嫌な予感がする。

「……ちょっと、おい!」

 突然走り出した俺に、のぐが驚いて後に続く。

「ーーは?だから、何のことかわかんねぇって言ってるだろ」
「違うなら、スマホのアルバム見せろって言ってんだよ」

 2人と距離が近付くと、言い争っている声が聞こえた。

「のむ!」

 2人の間に割って入る。
 生徒たちが大勢いる中叫んだので、側にいた生徒達がこちらに注目している。

「ーーまめ」

 のむが、驚いた顔でこちらを向いた。

「あ、揃っちゃったかー」

 のむと話していた奴が頭を掻きながら呑気にそう言って、のむと俺を交互に見る。

「は?屋久、お前他に言うことねぇのかよ。なぁ、まめにも何か言ったんだろ!?」
「だーかーら。『仲いいね』って言っただけって、さっきから言ってんじゃん。見たままのことを言っただけで、何でこんなに詰められなきゃいけないんだよ。めんどくせぇんだけど」

 こいつが屋久なんだと、ようやく繋がった。
 クラスメイトに「俺とのむ、どういう関係?」って聞いてきた奴。

 「まめ、こいつの言ってること、本当か?」とのむがこちらを見る。これまで、のむのこんな顔を見たことがなかった。
 確かに、俺は「仲いいね」って言われただけで、何かをされたわけではなかった。

「……うん」

 俺が頷くと、のむは「何で言わねぇんだよ」と、低く呟いた。初めて聞く声だった。
 言わなかったことが間違いだったのだと、突き付けられた気がした。

 屋久が、心底面倒くさそうに、のむに向かって言う。

「ねぇ、お前さ。さっき廊下で会った時も言ったけど、もうちょっと自分らの置かれた状況、理解した方がいいよ。お前が言うSNSのことは知らねぇけど、そうなる原因が、あるんじゃねぇの」

 それを聞いたのぐが、俺の制止を振り切って、屋久に詰め寄る。

「……お前俺達に何の関係もねぇのに、さっきから何なの?マジだりぃんだけど」

「や、だりぃのはこっちだけど。いきなり突っかかってこられてさ。……お前ら仲いいのはいいけど、周りからどう見えてんのか考えたことある?」
「は?友達と一緒にいて何が悪(わり)ぃんだよ」
「お前のことは言ってねぇよ」
「……は?」

 のぐが一歩屋久に近付いた時、騒ぎを聞きつけた糸杉が、野次馬を押し退けるように分け入ってきた。

「……何してんの?」

 屋久を睨みつけると、屋久は糸杉に向かって、微笑み返した。
 
「……別に何も。もういいでしょ?めんどくさいから自分達で考えてくんない?」
「もう二度と俺らに関わってくんな」
「俺もそうしたいわぁ」

 のむが、苛立った様子で言うと、屋久は俺達に背を向け、去っていった。
 騒ぎが大きくなることなく収束したのを見て、周囲で野次馬をしていた生徒も興味をなくし、それぞれの輪に戻っていった。

「……何があった?」

 糸杉は、委員の仕事でクラスを離れていたので、SNSのことを知らないのだろう。
 俺が口を開こうとした時ーー

 キャンプファイヤーの炎が上がった。
 わっという歓声に搔き消されて、言葉が続かない。
 薄暗さを増す空を炎が照らし、3人の半身が赤く揺れている。
 糸杉、のぐ、のむ。大切ないつメン。
 俺は、息を吸うと歓声に掻き消されないよう大きな声で、精一杯笑顔を作って言った。

「ーーほんと、笑っちゃうよな。仲いいねって、そりゃ仲いいよ。いつメンだわ。……え?俺達仲いいよね?」
 そう言っておどけてみせると、「当たり前」とのぐが言い、糸杉も頷いた。のむは、黙って俺を見つめている。
 それに気付いていたけれど、止められなかった。
 明るい口調のまま、一息に喋り続ける。

「SNS見た。ごめんなのむ。俺なんかとあんな風に載っちゃって。せめてのぐだったらよかったよなぁ」

 それを聞いたのむが、目を伏せるのが見えた。でも、止められない。

「まめ」

 口を開くのむを無視して、話し続ける。

「ねぇ何?リアルBLって。俺なんかがのむと?俺だよ?よくそんな想像するよねぇ、ほんと」

「……もう、聞きたくない」

 苦しげに、絞り出すような声だった。
 その呟きは、喧騒の中でもなぜかはっきりと聞こえた。
 キャンプファイヤーの炎が高く燃え上がり、辺りがますます赤く染まっていくと、のむの今にも泣き出しそうな表情を照らしていた。

「俺、ずっと嫌だった」

 何も言えずに、立ち尽くす。

「まめが『俺なんか』って言うの、嫌いだ」

 嫌い、という言葉を聞いて、唇の震えが止まらず、ギュッと強く噛んだ。
 それでも、何か言わないとダメになってしまうような気がして、必死になって口を開く。

「ごめん!……口癖になっちゃってるんだ。でも、気を付けるね。だから、俺なん、……俺でよければ、このまま卒業まで仲良くしてほしいなぁ、って思ってるんだけど」
「……まめは何で辛い時に笑うんだよ。さっきも、今も。何で屋久に言われたこと、話してくれなかったんだ?」

 今にも消え入りそうな声で、のむが言う。

「そんなに信用ないのか?俺は……」

「のむ、それは違うだろ。そうじゃねぇの、お前が一番わかってるだろ」

 糸杉が首を振る。いつもの鋭さはなく、諭すような優しさがあった。
 のぐが、黙って肩に手を回すと、のむは俯いて、深く息を吐いた。

 ーーそして、顔を上げた。にっ、と俺に向かって笑う。

「……悪い。屋久に何もわかってねぇって言われて、そんなことないって思ってたのに」

 のむが笑っている。

「俺本当に知らなかったんだって情けなくなって、まめに八つ当たりしちゃってた。ごめん」

 どうして笑うんだ。どうして謝るんだ。

「卒業までよろしくな」

 「卒業まで」という言葉に、ショックを受ける。自分で言った言葉なのに。
 これは、さっきの俺の姿だ。
 そう気付いた時には、もう遅かった。