愛を伝えると退学になる男子校だけど、いつメンに毎日迫られている(気がする)。

「まめ!どこ行ってたんだよ~……」

 教室に戻る廊下には、すでに校庭に向かったのか、生徒の姿はほとんどなかった。
 のぐが教室の扉の前で、俺を待ってくれていた。

「スマホも見てねぇしさ」
「いやぁごめん。……ちょっと、トイレとお友達でしたぁ。緊張が解(と)けたら、急に」
「マジか。大丈夫かよ」
「うん、もう平気」

 いつもの調子で笑ってみせる。目は赤くなってないだろうか。
 俺が一線を引くと、のぐは深く突っ込んでこない。今はそれがありがたかった。
 あちこちに劇の道具が散らかった教室を覗(のぞ)くと、のぐ以外誰もいない。
 不思議に思っていると、のぐが口を開く。

「のむ、先に校庭行ったわ。糸杉は委員だし」
「……そうなんだ」
「あいつ、トイレから戻ってから、何か様子おかしくて」
「え?」
「『まめいるか?!』って慌(あわ)てた感じで戻ってきて、『まだ戻ってない』って言ったらまた出て行ってさ。結局見つからなくて戻ってきたんだけど……トイレ行く途中に、のむに会わなかったか?」
「うん……会って、ない」

 トイレに行っていないので、会うはずがなかった。探し回っていたのにも気付かなかった。
 慌てた様子を聞く限り、ただ俺を探していたわけじゃないような気がして、胸がざわつく。

「のむに聞いても何も言わねぇし、実はその後にも色々あって……。あいつ、すげぇ怖い顔して『先に外出るわ』って校庭に一人で向かった」
「色々?」

 のぐが、言いにくそうに頷(うなず)く。
 聞くのが怖い気もしたけれど、聞かないわけにはいかない。

「色々?」
「……見た方が早いわ」

 のぐがスマホを取り出し、SNSを開く。
 画面を見ると、写真が表示されている。俺達の劇が、観客席から撮影されていた。

「俺とのむの、最後のシーン……」

 俺とのむの”キスシーン”。実際は頬を寄せ合っているだけなのに、この角度から見ると、背の高いのむの後ろ姿に隠れて本当にしているように見える。
 どうして。
 混乱したまま画面を見ていると、高校の名前と写真に添えられた一文が、目に留まった。

『これが例のリアルBLかw』

「何、これ。どういうこと……?」
「わかんねぇ。俺もさっき片付けしてたら、他の奴に教えてもらった。誰も知らねぇアカウントだって」

 どんどん手先が冷たくなっていく。

「そもそも、生徒の写真を許可なく撮影してSNSに上げるの自体禁止だから。広まる前に俺らみんなで違反報告したし、見つけた奴がアカウントのスクショ撮ってヤミケンにも言いに行ったし」
「……」

 ”リアルBL”という言葉が頭から離れない。俺はその場から動けなくなった。
 俺が転んだり、変な動きをしたせいだ。台本通りにできなかった俺のせいだ。

「まめ。お前ものむも、何も悪くねぇからな。勘違いするなよ。悪いのは100パー投稿した奴だからな?」
 
 のぐの言葉が、全然頭に入ってこない。

「気にしなくていい。そうだろ?こっちは何も悪いことなんかしてないんだから」
「そうなのかな……」
「そうだろ。お前らは台本通りにやっただけで、その台本は学校に許可を取ったやつだろ」
「でも、俺こけちゃった」
「そんなことで台本と違うって言われたりしねぇよ」
「そう、かな」
「当たり前だろ。転んだからって文句言われる筋合いねぇよ」

 眉間にしわを寄せ、のぐが吐き捨てるように言う。

「……まめ達あんなに頑張ってたのに、ムカつくわ」

 俺達のために悔しがってくれているのぐを見て、少しだけ気持ちが落ち着いた。

「そんなことない。のぐはかっこよかった。……お母さんも妹も喜んだと思うよ」
「おい~。思い出させないでくんない?さっきすげぇ連絡来てたんだけど。帰ったらマジだりぃわ〜」

 やっと、少し笑えるようになって、それを見たのぐも表情を和らげる。

「せっかくの後夜祭だから、このことは一旦忘れようぜ」
「……うん」

 後夜祭が始まるアナウンスが、校内に流れている。
 俺とのぐは、後夜祭の会場に急いだ。


 後夜祭が始まる直前に校庭に出た俺達は、のむの姿を探した。
 夕方、日の入り前のまだ少し明るい空に向かって、組まれたキャンプファイヤーの櫓(やぐら)がそびえ立っている。
 その周辺に集まり、談笑する生徒を縫(ぬ)うように歩いていると、クラスの奴らが集まっているところを見つけた。

「あっ。やっと来たな。主演と振られた奴」
「うるせぇわ」

 おつかれー、と迎えてくれる。クラスメイトがいつも通りで、ホッとする。みんな、俺に気を遣(つか)ってくれているのかもしれない。

「のむは?」
「あれ、その辺にいなかった?てかあいつ何か変じゃね?一人で来てやたらキョロキョロしてたけど。……お前ら喧嘩でもしてんのか?」
「なんでだよ。あぁ……でも振られたから、あとでぶん殴ってやろうかなとは思ってる」

 のぐが軽口を叩くと、クラスメイトは笑いながらクラスの輪に戻っていった。

「……あ」

 その時、キャンプファイヤーの輪から少し離れたところに、のむの後ろ姿を見つけた。
 誰かと一緒にいる。その顔には見覚えがあった。

 ーー『仲いいね』とすれ違いざまに呟(つぶや)いた奴だ。
 すごく嫌な予感がする。

「……ちょっと、おい!」

 突然走り出した俺に、のぐが驚いて後に続く。

「ーーは?だから、何のことかわかんねぇって言ってるだろ」
「違うなら、スマホのアルバム見せろって言ってんだよ」

 言い争っている声が聞こえてくる。

「のむ!」

 2人の間に割って入る。
 生徒たちが大勢いる中叫んだので、側にいた生徒達がこちらに注目している。

「ーーまめ」

 のむが、驚いた顔でこちらを向いた。

「あ、揃(そろ)った」

 のむと話していた奴が呑気(のんき)にそう言って、のむと俺を交互に見る。

「は?屋久、お前他に言うことねぇのかよ。なぁ、まめにも何か言ったんだろ!?」
「だーかーら。『仲いいね』って言っただけって、さっきから言ってんじゃん。見たままのことを言っただけで、何でこんなに詰められなきゃいけないんだよ。めんどくせぇんだけど」

 こいつが屋久なんだと、ようやく繋(つな)がった。
 クラスの奴が言っていた、「俺とのむ、どういう関係?」って聞いてきた奴。

 「まめ、こいつの言ってること、本当か?」とのむがこちらを見る。これまで、のむのこんな顔を見たことがなかった。
 確かに、俺は「仲いいね」って言われただけで、何かをされたわけではなかった。

「……うん」

 俺が頷(うなず)くと、のむは「何で言わねぇんだよ」と、低く呟いた。初めて聞く声だった。
 後悔しても、もう遅かった。

 屋久が、心底面倒くさそうに、のむに向かって言う。

「ねぇ、お前さ。さっき会った時も言ったけど、もうちょっと自分らの置かれた状況、理解した方がいいよ。さっきお前が言ってたSNSのことは知らねぇけど、そうなる原因が、あるんじゃねぇの」

 それを聞いたのぐが、俺の制止を振り切って、屋久に詰め寄る。

「……お前さ。俺達に何の関係もねぇのに、さっきから何なの?マジだりぃんだけど」

「や、だりぃのはこっちだけど。いきなり突っかかってこられてさ。……お前ら仲いいのはいいけど、周りからどう見えてんのか考えたことある?」
「は?友達と一緒にいて何が悪(わり)ぃんだよ」

 のぐが一歩屋久に近付いた時、騒ぎを聞きつけた糸杉が生徒達を押し退(の)けるように、駆け付けてきた。

「……何してんの?」

 屋久を睨(にら)みつけると、糸杉に向かって、微笑(ほほえ)み返す。
 
「……別に何も。もういいでしょ?めんどくさいから自分達で考えてくんない?」
「もう二度と俺らに関わってくんな」
「俺もそうしたいわぁ」

 のむが、苛立った様子で言うと、屋久は俺達に背を向け、去っていった。
 騒ぎが大きくなることなく収束したのを見て、周囲の生徒も興味をなくして、それぞれの輪に戻っていった。

「……何があった?」

 糸杉は、委員の仕事でクラスを離れていたので、SNSのことを知らないのだろう。
 俺が口を開こうとした時ーー

 キャンプファイヤーの炎が上がった。
 わっという歓声に搔(か)き消されて、言葉が続かない。
 薄暗さを増す空を炎が照らし、3人の半身が赤く揺れている。
 糸杉、のぐ、のむ。
 大切ないつメン。
 俺は、息を吸うと歓声に掻き消されないよう大きな声で、精一杯笑顔を作って言った。

「ーーほんと、笑っちゃうよな。仲いいねって、そりゃ仲いいよ。いつメンだわ。……え?俺達仲いいよね?」
「当たり前」とのぐが言い、糸杉も頷いた。のむは、黙って俺を見つめている。
 それに気付いていたけれど、止められなかった。
 明るい口調のまま、一息に喋り続ける。

「SNS見た。ごめんなのむ。俺なんかとあんな風に載(の)っちゃって。せめてのぐだったらよかったよなぁ」

 それを聞いた、のむの顔が悲しげに歪(ゆが)んでいくのが見えた。でも、止められなかった。

「まめ」

 口を開くのむを無視して、話し続ける。

「ねぇ何?リアルBLって。俺なんかがのむと?俺だよ?よくそんな想像するよねぇ、ほんと」
「……もう聞きたくない」

 声を聞いて、怒っているのだと思った。
 その呟きは、喧騒(けんそう)の中でも、なぜかはっきりと聞こえた。
 キャンプファイヤーの炎が高く燃え上がり、辺りがますます赤く染まっていくと、のむの泣き出しそうな表情が見えた。


「俺、ずっと嫌だったんだ」

 何も言えずに、立ち尽くす。

「まめが『俺なんか』って言うの、嫌いだ」

 嫌い、という言葉を聞いて、唇の震えが止まらず、ギュッと強く噛(か)んだ。
 それでも、何か言わないとダメになってしまうような気がして、必死になって口を開く。

「……ごめん。口癖(くちぐせ)になっちゃってるんだ。でも、気を付けるね。だから、俺なん、ーー俺でよければ、このまま卒業まで仲良くしてほしいなぁ、って思ってるんだけど」
「まめは何で辛い時に笑うんだよ。さっきも、今も。何で屋久に言われたこと、話してくれなかったんだ?」

 のむは、泣きそうな声をしていた。

「そんなに信用ないのか?俺は……」
「のむ、それは違うだろ。そうじゃねぇの、お前が一番わかってるだろ」

 糸杉が首を振る。いつもの鋭(するど)さはなく、諭(さと)すような優しさがあった。
 のぐが、黙って肩に手を回すと、のむは俯(うつむ)いて、深く息を吐いた。

 そして、顔を上げた。にっ、と俺に向かって笑う。

「……悪い。屋久に何もわかってねぇって言われて、そんなことないって思ってたのに」

 のむが笑っている。泣きそうな声をしているのに、笑っている。

「俺本当に知らなかったんだって情けなくなって、まめに八つ当たりしちゃってた。ごめん」

 どうして笑うんだ。どうして謝るんだ。

「ーー卒業までよろしくな」

 「卒業まで」という言葉に、ショックを受ける。自分で言った言葉なのに。
 これは、さっきの俺の姿だ。そう気付いた時には、もう遅かった。