愛を伝えると退学になる男子校だけど、いつメンに毎日迫られている(気がする)。

 本番が終わり、教室に背景や小道具を全て運び込んでしまうと、夕方から始まる後夜祭まで一旦解散となった。
 ウィッグにスカートを履いたまま片付けに参加していたのむも、いつもならそのまま着替えてしまうが、さすがに一般客が行き来する中で着替えるのはやめて、トイレに向かった。
 それを横目に、のぐに「俺もトイレ」と耳打ちして教室を出る。

 そして、トイレと反対側に向かって歩いた。
 どんどん歩いて、教室から離れる。
 途中、「あっ、主役の」「劇見たよ」「すげーよかったぞ」と声を掛けられ、どうもどうも、とへらへらしながら進む。
 ーーちゃんと笑っているように、見えたかな。

 文化祭で混み合う校内を、当てもなく歩き続けた。人を避(さ)けて歩いているうちに、一番端にある見慣れた教室に辿(たど)り着いた。
 美術室。あれから、一度も訪れていなかった。今は、控えめに「美術部絵画展」と書かれた看板が置かれている。
 外からそっと中を覗(のぞ)くと、もうじき文化祭も終了の時間だからか美術部員らしき姿はなく、来客もなかった。その様子を見て、俺は開放されている扉から、中に入った。

 誰もいない美術室の引き戸にもたれかかり、ようやく息をつくことができた。

 胸が苦しくて、痛い。
 嘘なんか、うまくつける気がしない。だけど、腹を括(くく)らなければいけない。あと半年、卒業まで。

 周りを見渡すと、美術部員の描いた作品が3つ、無造作(むぞうさ)に中央のパネルに飾られている。

 ーーって3人しか描いてないのかよ。緩(ゆる)い部活だなぁほんとに。
 「緩い部活」と言っていたのむの言葉を思い出す。
 本当は何人いるのか知らないけど、3人しか活動してないのはもはや同好会だろ。
 ふふ、と声が出る。
 扉の前から離れ、並んでいるうち、向かって左側の絵の前に立つ。

 そこに、俺がいる。
 色鉛筆で描かれた、優しいタッチの絵だった。
 髪もまつ毛も、サンドイッチを頬張る膨らんだ頬も、柔らかい光を反射して、金色にきらきら輝いている。

 笑いが込み上げて、両手で口を押さえる。

 ーーねぇのむ。俺こんなにきれいじゃないよ。
 どんだけフィルターかかってるんだよ。

 絵の下にあるタイトルに目を移す。

『おいしい?』

ーー「サンドイッチ、おいしい?」
 あの日、そう聞いてきたのむの顔。じたばたしたら両膝で捕獲(ほかく)されたこと。描いてる間、時々俺の方を見る、真剣な表情。
 突然作ってきたお弁当の、少し焦げた甘い玉子焼き。

 それだけじゃない。

 ーー「へたくそ」って言われたウィンク。

「うまくできないよ。できる気がしない」

ーー「今日だけお揃い」って描かれた頬のほくろ。

「……もう消えちゃった」

 誰もいないから、声に出して呟く。
 のむとのここでの記憶が溢(あふ)れ出す。でも、それはここに置いていかないといけない。
 俺は、上を向いて何度か瞬(まばた)きをすると、両手で溢れたものを拭(ぬぐ)った。

『……この後、18時より校庭にて後夜祭のキャンプファイヤーを行いますので、生徒の皆さんはーー』

 校内アナウンスが流れる。
 それを聞きながら、無理やり口角を上げてみる。

「戻ろ」

 誰にともなくぽつりと言うと、俺は美術室を後にした。