文化祭当日。
俺達の出番は、最終日の最後から2番目だ。
前のクラスが終わると、全員で慌ただしくステージの準備に取り掛かる。
準備を終えると、舞台裏に所狭しと一同が集まった。
ーー大丈夫。セリフも動きも、もう頭に入ってる。
全員で円陣を組む。監督が、みんなの顔を見回し、ゆっくりと口を開いた。
「ーー今日まで俺達みんな頑張った。出役も、裏方も、あとはそれぞれのやることをやるだけ。じゃあ……」
すうっと息を吸って、腹から声を出す。
「……やってやんぞ!!」
『おぉーーーーー!!!』
監督の気合に、俺達全員が大声で応えた。
それを聞いた観客席が、にわかに盛り上がる。その様子を伺いながら、それぞれ配置についた。
監督が手を挙げ、放送委員に向かって準備完了の合図をする。
いよいよ、本番だ。
ーーできる。絶対できる。
薄暗い舞台袖で、目を閉じ、呼吸を整える。
「まめ」
隣にスタンバイしているのむが、俺を呼んだ。
のむが何か言っているが、劇を紹介するアナウンスにかき消されてよく聞こえない。
手を耳に当てて聞き返すポーズをとると、のむの顔が耳元に近付く。劇の練習以外でこんなに近いのは、久しぶりだ。
「俺さ、」と、聞き取りやすいようゆっくり喋ってくれる。
返事の代わりにこくん、と頷いた。
「今日、今までで、一番、かわいいから」
えっ、とのむの方を向く。久しぶりに目が合った。
ロングヘアのウィッグを着けたのむが、顎を少し上げて、にっと笑っている。
「昨日の夜、パック、した。お肌、つるっつる」
ーーそれ、今言うことかよ。
俺は思わず笑ってしまった。それを見て、のむがほっとしたような、うれしそうな顔で力強く頷いた。
小さくグーを作って差し出され、俺もグーで返す。
お互いのグーが触れ合った時、ビーッと開始の合図が鳴った。
俺は顔を上げると、明るい表舞台に向かって真っ直ぐ歩いていった。
まず冒頭、俺が主演という意外性で、同学年がどっと沸いた。それで勢いづき、セリフもすらすら出てきた。
女装したのむが出てくると、仕上がったビジュアルと、俺との身長差でウケた。のむもうれしそうなのがわかる。
「君、顎クイされるの、初めて?」のセリフでは、日々の練習で、自称・幾分艶の増した俺の声色に、結局笑うのを我慢しきれなくなったのむが観客の誘い笑いを生んで、結果オーライ。
演技中じゃなければのむとハイタッチしたいくらいうれしい。
隣にいるのがのむで、のむが楽しそうで、俺も楽しくて、本当にうれしい。
劇は、順調に進んでいく。
いよいよ、最後の場面。俺とのぐが、のむを真ん中に告白をするシーンが始まる。
「なぁ、俺にはお前しかいない。……俺を選んでよ」
のぐも、いつもより感情が乗っている。観客席に母親と妹がいるのを、忘れてるとしか思えないくらいの熱演だ。
「俺も、君が好きだ。世界中の誰より好きだ。俺は、君と離れたら生きていけない」
練習通り、のぐと俺で、両側からのむの手を取る。
「のむ子!」
「のむ子!」
「私……ごめんなさい」
のぐの手を離し、のむが両手で俺の手を握り返す。
「私、あの日の顎クイが……忘れられないの」
「のむ子……」
2人で手を取り合い見つめ合うと、のぐが首を振り、一歩離れて言う。
「わかってたさ、お前の気持ち……どうか、幸せにな」
のぐが立ち去る。タイミングも、完璧だ。
改めて、のむと見つめ合う。お互い、つられるように口角が上がる。
なんか身体がふわふわして、ハイになっているのがわかる。
俺は、のむの顎に指をかけた。
「君の顎は俺のもの。俺の人差し指は、君のものだ」
「あぁ……!」
感極まった2人が抱き合う。
ーーはずだった。
一歩進んだ足元に、外れた台本の1ページが落ちていることに気付かなかった。
違和感を覚えた次の瞬間、足を取られた。
え?と思った時には、天井が見えた。
続いて、驚いた表情ののむが見える。
次の瞬間、床で背中を打った。
頭を打たなかったのは、頭の下に、のむの手があったからだ。
「……」
時間にしたら数秒だったのかもしれないけれど、まるで時が止まったようだった。
俺は気付いたら床に仰向けになっていた。
背中は、思ったより痛まない。
のむの胸が呼吸で激しく上下しているのが間近に見え、ようやく庇ってもらったのだと気付いた。
「のむ……」
すぐ目の前にいる、のむに向かって小さく呟く。
ロングヘアのウィッグで視界が覆われ、周囲が見えない。
ーーまるで、俺とのむだけになったみたいだ。
この状況で、ぼんやりとそんなことを考えている。
「……『君が好きだ』」
のむが、俺にしか聞こえないくらいの声で囁く。
俺とのむだけの世界で、のむが俺に好きだと言っている。
そう思うのと同時に、口が勝手に動いていた。
「俺も」
呟いた後で、パチンと目の前で弾けるように、唐突に頭に下りてきた。
ーーのむが言ったの、”俺の次のセリフ”だ。
慌ててガバッと起き上がり、咄嗟にのむを抱きしめた。
ーーどうしようどうしようどうしよう。
観客席が静まり返り、固唾を飲んで見守っているのがわかる。
何か言わないと。そう思い、のむの肩を両手で掴んで、言った。
「……俺は転んでも、何度でも起き上がる。君が好きだ」
のむが、はっとした顔になり、俺に続く。
「あなたが……好き」
顔を近付けると、何度も練習をしてきた通りに、頬を寄せる。
加減ができず、ぴったりとくっついたまま、動けない。
エンディングの音楽が派手に流れ、静まり返った観客席から嵐のような拍手と歓声が降り注いだ。
止まらない歓声の中、ゆっくりと頬が離れる。
顔半分をライトに照らされたのむが、瞬きもせずに俺を見ている。俺もたぶん、同じ顔をしている。
ーー俺、さっき何て言った?
校則第4条、校内における恋愛およびこれに準ずる一切の行為、言動を禁止する。
1 愛情を示す言動の禁止。
ーー違う。のむが言った「君が好き」はセリフだ。じゃあ「俺も」は?
2 友情に基づく言動については、前項の限りではない。
ーー友情?本当に?
3 本規則に違反した生徒に対しては、違反の内容および程度により1週間から1ヶ月の停学処分もしくは退学処分を科するものとする。
ーー退学。よっち。クラスのみんな。ヤミケン。いつメン。糸杉、のぐ。
のむ。
愛を伝えてはいけない。
愛を伝えてはーー
「お前らすげえわ!」
その声で、まだ舞台上にいることを思い出した。
のぐが、感極まった様子で俺とのむにぐっと腕を回す。
「立てるか?お前ら、この歓声聞こえてる?」
「……俺、大丈夫?」
放心しながら呟く。
「何言ってんだ。大丈夫どころか、大成功だろ!」
監督や他の役者も裏方も、全員歓声を上げながら走り寄ってきて、のむと俺に次々と抱きついた。
「まめ大丈夫か?!マジでありがとうな。のむも最高だった!」
「最後の挨拶するぞ!」
立ち上がり、観客席の方に向かって「ありがとうございました!」と全員で一礼する。
「まめー!」
拍手がひときわ大きくなった観客席の中に、糸杉が見えた。委員の仕事を抜けて観に来ていた。いつも飄々としている糸杉が、大声で手を振りながら、俺の名前を叫んでいる。
ーー俺、のむと、のぐと、糸杉と、一緒にいたいよ。卒業まで、ずっと。
なのに、気付いてしまった。
好きになることがこんなに苦しいなら、知りたくなんかなかった。
俺は、絶望的な気分で舞台に立ち尽くしていた。
俺達の出番は、最終日の最後から2番目だ。
前のクラスが終わると、全員で慌ただしくステージの準備に取り掛かる。
準備を終えると、舞台裏に所狭しと一同が集まった。
ーー大丈夫。セリフも動きも、もう頭に入ってる。
全員で円陣を組む。監督が、みんなの顔を見回し、ゆっくりと口を開いた。
「ーー今日まで俺達みんな頑張った。出役も、裏方も、あとはそれぞれのやることをやるだけ。じゃあ……」
すうっと息を吸って、腹から声を出す。
「……やってやんぞ!!」
『おぉーーーーー!!!』
監督の気合に、俺達全員が大声で応えた。
それを聞いた観客席が、にわかに盛り上がる。その様子を伺いながら、それぞれ配置についた。
監督が手を挙げ、放送委員に向かって準備完了の合図をする。
いよいよ、本番だ。
ーーできる。絶対できる。
薄暗い舞台袖で、目を閉じ、呼吸を整える。
「まめ」
隣にスタンバイしているのむが、俺を呼んだ。
のむが何か言っているが、劇を紹介するアナウンスにかき消されてよく聞こえない。
手を耳に当てて聞き返すポーズをとると、のむの顔が耳元に近付く。劇の練習以外でこんなに近いのは、久しぶりだ。
「俺さ、」と、聞き取りやすいようゆっくり喋ってくれる。
返事の代わりにこくん、と頷いた。
「今日、今までで、一番、かわいいから」
えっ、とのむの方を向く。久しぶりに目が合った。
ロングヘアのウィッグを着けたのむが、顎を少し上げて、にっと笑っている。
「昨日の夜、パック、した。お肌、つるっつる」
ーーそれ、今言うことかよ。
俺は思わず笑ってしまった。それを見て、のむがほっとしたような、うれしそうな顔で力強く頷いた。
小さくグーを作って差し出され、俺もグーで返す。
お互いのグーが触れ合った時、ビーッと開始の合図が鳴った。
俺は顔を上げると、明るい表舞台に向かって真っ直ぐ歩いていった。
まず冒頭、俺が主演という意外性で、同学年がどっと沸いた。それで勢いづき、セリフもすらすら出てきた。
女装したのむが出てくると、仕上がったビジュアルと、俺との身長差でウケた。のむもうれしそうなのがわかる。
「君、顎クイされるの、初めて?」のセリフでは、日々の練習で、自称・幾分艶の増した俺の声色に、結局笑うのを我慢しきれなくなったのむが観客の誘い笑いを生んで、結果オーライ。
演技中じゃなければのむとハイタッチしたいくらいうれしい。
隣にいるのがのむで、のむが楽しそうで、俺も楽しくて、本当にうれしい。
劇は、順調に進んでいく。
いよいよ、最後の場面。俺とのぐが、のむを真ん中に告白をするシーンが始まる。
「なぁ、俺にはお前しかいない。……俺を選んでよ」
のぐも、いつもより感情が乗っている。観客席に母親と妹がいるのを、忘れてるとしか思えないくらいの熱演だ。
「俺も、君が好きだ。世界中の誰より好きだ。俺は、君と離れたら生きていけない」
練習通り、のぐと俺で、両側からのむの手を取る。
「のむ子!」
「のむ子!」
「私……ごめんなさい」
のぐの手を離し、のむが両手で俺の手を握り返す。
「私、あの日の顎クイが……忘れられないの」
「のむ子……」
2人で手を取り合い見つめ合うと、のぐが首を振り、一歩離れて言う。
「わかってたさ、お前の気持ち……どうか、幸せにな」
のぐが立ち去る。タイミングも、完璧だ。
改めて、のむと見つめ合う。お互い、つられるように口角が上がる。
なんか身体がふわふわして、ハイになっているのがわかる。
俺は、のむの顎に指をかけた。
「君の顎は俺のもの。俺の人差し指は、君のものだ」
「あぁ……!」
感極まった2人が抱き合う。
ーーはずだった。
一歩進んだ足元に、外れた台本の1ページが落ちていることに気付かなかった。
違和感を覚えた次の瞬間、足を取られた。
え?と思った時には、天井が見えた。
続いて、驚いた表情ののむが見える。
次の瞬間、床で背中を打った。
頭を打たなかったのは、頭の下に、のむの手があったからだ。
「……」
時間にしたら数秒だったのかもしれないけれど、まるで時が止まったようだった。
俺は気付いたら床に仰向けになっていた。
背中は、思ったより痛まない。
のむの胸が呼吸で激しく上下しているのが間近に見え、ようやく庇ってもらったのだと気付いた。
「のむ……」
すぐ目の前にいる、のむに向かって小さく呟く。
ロングヘアのウィッグで視界が覆われ、周囲が見えない。
ーーまるで、俺とのむだけになったみたいだ。
この状況で、ぼんやりとそんなことを考えている。
「……『君が好きだ』」
のむが、俺にしか聞こえないくらいの声で囁く。
俺とのむだけの世界で、のむが俺に好きだと言っている。
そう思うのと同時に、口が勝手に動いていた。
「俺も」
呟いた後で、パチンと目の前で弾けるように、唐突に頭に下りてきた。
ーーのむが言ったの、”俺の次のセリフ”だ。
慌ててガバッと起き上がり、咄嗟にのむを抱きしめた。
ーーどうしようどうしようどうしよう。
観客席が静まり返り、固唾を飲んで見守っているのがわかる。
何か言わないと。そう思い、のむの肩を両手で掴んで、言った。
「……俺は転んでも、何度でも起き上がる。君が好きだ」
のむが、はっとした顔になり、俺に続く。
「あなたが……好き」
顔を近付けると、何度も練習をしてきた通りに、頬を寄せる。
加減ができず、ぴったりとくっついたまま、動けない。
エンディングの音楽が派手に流れ、静まり返った観客席から嵐のような拍手と歓声が降り注いだ。
止まらない歓声の中、ゆっくりと頬が離れる。
顔半分をライトに照らされたのむが、瞬きもせずに俺を見ている。俺もたぶん、同じ顔をしている。
ーー俺、さっき何て言った?
校則第4条、校内における恋愛およびこれに準ずる一切の行為、言動を禁止する。
1 愛情を示す言動の禁止。
ーー違う。のむが言った「君が好き」はセリフだ。じゃあ「俺も」は?
2 友情に基づく言動については、前項の限りではない。
ーー友情?本当に?
3 本規則に違反した生徒に対しては、違反の内容および程度により1週間から1ヶ月の停学処分もしくは退学処分を科するものとする。
ーー退学。よっち。クラスのみんな。ヤミケン。いつメン。糸杉、のぐ。
のむ。
愛を伝えてはいけない。
愛を伝えてはーー
「お前らすげえわ!」
その声で、まだ舞台上にいることを思い出した。
のぐが、感極まった様子で俺とのむにぐっと腕を回す。
「立てるか?お前ら、この歓声聞こえてる?」
「……俺、大丈夫?」
放心しながら呟く。
「何言ってんだ。大丈夫どころか、大成功だろ!」
監督や他の役者も裏方も、全員歓声を上げながら走り寄ってきて、のむと俺に次々と抱きついた。
「まめ大丈夫か?!マジでありがとうな。のむも最高だった!」
「最後の挨拶するぞ!」
立ち上がり、観客席の方に向かって「ありがとうございました!」と全員で一礼する。
「まめー!」
拍手がひときわ大きくなった観客席の中に、糸杉が見えた。委員の仕事を抜けて観に来ていた。いつも飄々としている糸杉が、大声で手を振りながら、俺の名前を叫んでいる。
ーー俺、のむと、のぐと、糸杉と、一緒にいたいよ。卒業まで、ずっと。
なのに、気付いてしまった。
好きになることがこんなに苦しいなら、知りたくなんかなかった。
俺は、絶望的な気分で舞台に立ち尽くしていた。
