愛を伝えると退学になる男子校だけど、いつメンに毎日迫られている(気がする)。

 のむと2人、美術室から戻る時だった。
 通りすがりに、一瞬、他の生徒と目が合った。

「仲いいね」

 すれ違いざま、俺にしか聞こえないくらいの声で言われた。
 反射的に振り返る。
 そいつはそのままこちらを振り返ることなく、2組の教室に入っていった。

「どうした?」

 俺の様子を見て、のむが尋(たず)ねる。

「……なんでもないよ」

 俺は咄嗟(とっさ)に噓をついた。


 今日の練習は、最後のシーンまでやる。
 小道具も揃い、細かい演技指導も増えてきて、余計なことを考えている暇はない。

「君、顎(あご)クイされるの、初めて?」とのむの顎を指でクイッとして情感たっぷりに言うと、のむが震えてセリフが続かず、NGになった。

「ごめ……俺どうしてもここだけは無理で……」

 しゃがみこんで肩を震わせるのむに、「膝ぁ〜」という監督の厳しい声が飛ぶ。

「何回パンツ見せてんだよ!いい加減女になれ。あと、顎クイはカットする予定ねぇから慣れろ」
「そうだそうだ。俺の渾身(こんしん)の演技を笑うなんて、無礼千万(ぶれいせんばん)だぞ」

 俺も監督のあとに続いて、のむに絡んだ。今は、精一杯元気なフリをしている。
 ……本当は、さっき廊下でかけられた言葉がぐるぐる頭の中を回っていた。

ーー「仲いいね」って、そりゃあ仲いいよ。
 そうだそうだ。いつメンが大事で、何が悪い。

「じゃあ次、最後のシーンだ。これやったら終わりな」
「うん」

 今は練習に集中しないと。俺は顔を上げて、笑ってみせた。

 最後のシーンは、のぐと俺がのむ演じる女子に告白して、俺が選ばれる。そして、愛を囁(ささや)きあって、終わり。
 劇の演技について、"第4条"に引っかからないことは、事前の生徒会による台本チェックによって確認済みだ。
 ただし、もちろん度を越えた演技はフリで済ませること。例えば、軽いハグはOKだけど、キスとか、過度の触れ合いはNG。うちの学校では、勢いでやっちゃった系の、所謂(いわゆる)"悪ノリ"も禁止だ。

「あーもう腹立つわぁ~。これからこいつに振られるのかぁ~」

 のぐは、「ライバルとして見事に振られてやる」と言っていたくせに、この期(ご)に及んでまだ文句を言っている。

「やだやだ。振られたことない男はプライドが高くて嫌になるわね」

 のむが大げさな言い方でのぐをからかうと「お前マジだるいわぁ」と言いながらも、渋々立ち位置につく。

「のぐ、最後決めようね」
「おう」

 のぐに笑いかけると、のぐも、にっと笑った。
 始まる前に、グータッチをする。

「よし、じゃあ始めるぞ。……スタート!」と、監督の声が教室に響く。 

「なぁ、俺にはお前しかいない。……俺を選んでよ」

 最後のシーンは、のぐのセリフから始まる。先ほどまで文句を言っていたとは思えないくらい、感情がこもっている。文句言いつつ、いざ練習が始まると真剣に取り組むのぐ。格好よく決まっている。
 続いて、俺のセリフだ。

「俺も、君が好きだ。世界中の誰より好きだ。俺は、君と離れたら生きていけない」

 のぐと俺で、両側からのむの手を取る。
 練習の初日に比べたら、かなり上手く言えるようになったと思う。

「のむ子!」
「のむ子!」

 役が決まってから付けられた、ヒロインの名前を叫ぶ。これは、練習5回目くらいでやっと笑わずに言えるようになった。

 「私……」と、のむ。裏声がすっかり板についている。
 間をたっぷり取って、「ごめんなさい」と、のぐの手を離す。
 そして、両手で俺の手を取る。

「私、あの日の顎クイが……忘れられないの」
「のむ子……」

 2人で手を取り合い、見つめ合う。
 そこでのぐが、やれやれ、と大袈裟に首を振る。

「わかってたさ、お前の気持ち……どうか、幸せにな」

 そう言って、のぐが立ち去る。改めて見つめ合うと、俺はのむの顎に指をかけた。
 大丈夫、ちゃんとできてる。
 最後のセリフは、練習通り、一番感情を込めて言う。

「君の顎は俺のもの。俺の人差し指は、君のものだ」
「あぁ……!」

 ここで、感極まった2人が抱き合う。身長差があるので、俺が抱きしめられている格好になる。

 ーー仲いいよ。距離だって近いよ。けど、何もないよ。

 制服のジャケット、そして、ネクタイの代わりにのむが身に着けた赤いリボンが近付いてくる。シャツの胸元に顔が触れると、うちのとは違う柔軟剤の香りがした。
 耳元で、のむの心臓の鼓動(こどう)が聞こえる。ちょうど、俺の心臓と同じ速さで脈打っている。
……次のセリフを言わないと。

「君が好きだ」
「あなたが好き」

 そして、キス。
 のむの顔がゆっくりと近付いてくる。

 ーー何もないよ。

 ロングへアのウィッグの毛先が肩からこぼれ落ち、俺の肩に当たって、我に返った。
 俺も、のむにゆっくり顔を近付ける。
 フリなので、頬を寄せて身体を少し捻(ひね)る。これも、練習通り上手くできた。
 一瞬だけ、微(かす)かに頬が触れた。

 ーー何もないよね?

「……オッケー!」

 周りから、歓声と拍手が起こる。

「すげえよかったぞ!お疲れ……」

 監督が言いかけ、俺を見て目を見開く。

「まめ、大丈夫か?!」
「……へ?」
「顔!真っ赤だぞ!」

 心臓が信じられないような速さでドクドク言っているのに気付いた途端、顔が燃えるように熱く感じた。
 息苦しさを覚え、呼吸が浅くなる。

「まめ!」

 のむに身体を支えられる。のむの首筋から流れる汗を、何が起きているのかわからないまま、ぼんやりと眺めた。

「や、ごめん。何だろ……俺緊張してたのかな。大丈夫だから」
「もう今日の練習終わりにしよう。片付け俺らがやるから、まめは休んどけよ」

 監督が心配そうに声をかけてくる。

「うん、ありがと。ごめん」

 どうにか椅子に座って、深呼吸を繰り返した。

「はは、何か、頑張りすぎて息するの忘れてたかも」
「びっくりさせんなよー」

 心配そうに側に付いていた助監督が、安心したように俺の肩に手を置き、監督のもとに戻っていった。

「まめ、もう少し休んでから帰ろうぜ」

 いつの間にかウィッグとスカートを脱いで着替えたのむが、傍(かたわ)らで膝をついて、俺の顔を覗(のぞ)き込んでいる。
 途端に、じんわり汗をかいてくるのがわかった。

「もう大丈夫。ほら、大丈夫そうでしょ?」
「……」

 何とか取り繕(つくろ)おうとするが、のむと目が合うなり咄嗟(とっさ)に逸(そ)らしてしまった。
 そこに、のぐがペットボトルの水を持って戻ってきた。

「ほら、飲みな」
「あ……ありがと」

 こくん、と一口飲む。喉が渇いていたことに気付き、そのまま一気に半分くらい飲んだ。
「大丈夫かよ」と、のぐも俺の顔を覗き込む。

「うん、もう大丈夫。いやぁ熱演しすぎちゃったかな」

 自分でもわけがわからないまま、のぐを見てへらへらと笑った。

ーー仲いいね。
その言葉が、再び頭の中を巡っていた。