その日の放課後、練習が始まる前に”衣装係”の奴らが俺達演者の輪に近付いてきた。
「おい、喜べお前ら。のむの入りそうな制服のスカートが手に入ったぞ」
大きいサイズの制服風のスカートを、クラスメイトの一人がお姉さんの伝手で借りられたらしい。製作費にも限りがある中で、買わずに済んだと得意げに取り出す。
「おぉぉぉー!」
歓声が上がり、演者はもちろん、話を聞きつけた裏方も集まってくる。
「制服のジャケットに合わせてみろよ!早く!」
「何か、共学になったみたいで興奮すんな……!」
急かす一同を、衣装係の生徒が手で制す。
「ーーみんな、慌てんな。……実はウィッグも、もうある」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
教室中、大盛り上がりだ。
そんな中、のむは盛り上がりに少し苦笑いしている。
「お前ら、ちょっと落ち着け。ただのでかいバケモンが爆誕するだけなんだから、期待すんなよ」
そして、すうっと息を吸うと、続けた。
「……ただ、ひとつ言っていいか。スカート入手したって昨日連絡もらって、脚の毛は剃ってきた!」
教室中、拍手喝采になり、のむが片手を挙げて、得意げに頷いてみせる。
男子校なので、”着替えに行く”という概念はない。躊躇なくその場でズボンを下ろすと、スカートに足を入れる。
「マジで毛ないじゃん……ツルツルじゃん」と誰かが呟く。「意外と見れるな……」という声も聞こえてきた。
スカートのチャックが無事に上がっただけで「おぉ」と沸いた。
「まめ、どうよ?相方は」
クラスメイトの一人に水を向けられると、腕組みをして「うーん」と首を捻った。
「さすがにまだ、”スカートを履いたのむ”に他ならないですね。ただ、彼は非常に綺麗な脚をしていると思います」
コメンテーターのように語ってみせると、わははと笑いが起こった。
180センチはある長身に、上はいつもの制服で下は見慣れないプリーツスカートのアンバランスさが面白い。美術部所属で筋肉質じゃないのむは、スカートから伸びる脚がすらっとまっすぐで、意外な程似合っていた。
「のむ、今んとこバケモンじゃないよ。でっかいけどかわいい。でかかわいいよ!」
「えー、ありがとぉ!」
「あら。もう役に入っていらっしゃる……」
のむに声をかけると裏声で返してきて、2人で笑い合う。
続けてウィッグも着けた。
「え……待って、俺いけるかも」
「俺も。むしろ蔑んで、ゴミを見るような目で見下ろしてほしい」
今度は、教室がどよめいた。
日焼けもそれほどしていないからか、黒いロングヘアのウィッグが驚く程似合った。男らしさのある顔の輪郭を隠すようにサイドの髪を下ろすと、一瞬、本当に女の人が立っていると勘違いしそうだ。
「ちょっと、まめ、のぐ。隣に立ってみろよ」とみんなにせがまれると、ニヤニヤしながらのぐがのむに近付いた。
「おいきめぇな。ニヤニヤしてんなよ」
「ほらな、脚の毛剃って正解だったろ」
「……それはそう。マジ感謝」
話している2人の姿を見て、「すげぇ。美男美女。リアルカップルみてぇ」という声が聞こえてくる。
確かに、のぐとのむは本当に絵になる。いつもの小競り合いも、この姿だとカップルの痴話喧嘩を見ているようだ。
俺は……どうだろう。
2人の隣に立っていると、なんだか自信がなくなっていく。
俺だけ場違いな気がして、教室の床を見つめていた。
「まめ」
不意にのむが俺の前でしゃがんで、俺を見上げる格好になった。
「どう?俺」
「すごいよのむ。女装も似合っちゃうなんて」
「ちがう。俺が言ってほしいのは、そんなことじゃない」
のむが首を振る。ロングヘアが揺れて、左頬のほくろが見えた。
のむの人差し指が伸びてきて、俺の左頬に触れる。昼休みが終わって戻っても、誰にも気付かれなかったくらい微かな、黒い点。意識すると、そこだけじんわり温かくなった。
「忘れちゃった?」
「……」
はっとして、顔を上げる。
「……のむかわいい。のむが一番かわいいよ!」
「ありがと」
満足そうな笑顔を浮かべたのむが、真剣な顔つきで言う。
「大丈夫だ、まめはやれる。絶対やれる」
うんうん、と何度も頷くと、のむは安心したように笑った。のぐもそのやり取りを見ながら、俺の背中を手のひらで優しく、とんとん、と叩く。
「俺、相手がこいつだと思うとすげぇ不本意だけど、ライバルとして見事に振られてやるからさ。まめは気楽にやんな」
「のぐ……」
2人の優しさに少し泣きそうなるのを堪えながら、改めて頑張ろうと前を向く。
「のむ。お前しゃがむ時膝閉じろや。パンツ丸見え」
「あ」
クラスメイトに言われたのむが慌てて膝を閉じるのを見て、みんなと一緒に笑った。
その後の練習も、女装したのむがいるだけで雰囲気が違い、大いに盛り上がった。
俺の演技も、のぐとのむに背中を押されて、少しはマシになったような気がする。
練習が終わり、各々解散になった頃。
のぐとのむと帰る支度をしていると、別のグループで作業していた小道具係の生徒が、遠慮がちに近付いてきた。
「あの、さ……」
「ん?何?」
のむが立ち上がりながら返すと、言いにくそうに小声で続ける。
「お前ら、マジで気を付けた方がいいかも」
「何のこと?」
クラスメイトの様子が気になったので先を促すと、「いや、俺もちょっと聞いただけなんだけどさ」と口籠もりながら続けた。
「噂になってるっぽい。まめとのむ」
「は?」
のぐが顔をしかめる。
「美術室に2人でいるのを見かけた奴がいるらしくて。めっちゃ距離が近かったけどあいつらどういう関係?って聞かれて……」
「は?」
今度はもっと棘のある言い方で、返す。
良くない空気を感じて、慌てて間に割って入る。
「待った待った。えー!俺とのむ?どういう関係も何も、ねぇ?」
「いや、俺も『普通にすげー仲いいだけじゃね』って言ったんだけどさ」
クラスメイトも、戸惑っているように見える。
俺は、美術室でのことを思い返して、考えた。
一体、俺達のどの様子を見たんだろう。考えるうちに、動悸が激しくなってくるのを感じる。
ーーあれは、キュンの練習で、それ以上でもなんでもなくて。だから、堂々としていていいはずなのに。
「あー……」
それまで黙っていたのむが、口を開く。
「心配かけて悪ぃ。美術部で文化祭の絵描くのに、まめにモデル頼んでんだよ。……で、ついでにまめの役作りの練習に付き合ってたんだよね。それを見たんじゃね?」
「……あ、あぁー。なるほど、それでか!」
クラスメイトも合点がいったのか、安心した表情に変わった。
「だから、これからもしばらく美術室にいることあるけど、別に気にしなくていんじゃね?って言っといて」
「了解。……いやぁ焦った。よっちに続いてお前らもなんて、シャレになんねぇよ。びっくりさせんなよー」
「それより誰だよ。そんなだりぃこと言ってんの」
のぐはまだ納得がいかない様子でいる。
「2組の屋久って奴。知ってるだろ。俺1年の時、同クラだったんだわ」
屋久という名前は聞いたことがある。というか、見たことがある。テストの度に貼り出される、成績上位者の順位表の、糸杉の上か下に必ずいる名前だ。
「ーーそういうことだから、一応伝えるだけ伝えたからな」
「うん。ありがとね。心配かけてごめんね」
クラスメイトが去っても、俺はなんだかのむの顔を見られなかった。
「おい、喜べお前ら。のむの入りそうな制服のスカートが手に入ったぞ」
大きいサイズの制服風のスカートを、クラスメイトの一人がお姉さんの伝手で借りられたらしい。製作費にも限りがある中で、買わずに済んだと得意げに取り出す。
「おぉぉぉー!」
歓声が上がり、演者はもちろん、話を聞きつけた裏方も集まってくる。
「制服のジャケットに合わせてみろよ!早く!」
「何か、共学になったみたいで興奮すんな……!」
急かす一同を、衣装係の生徒が手で制す。
「ーーみんな、慌てんな。……実はウィッグも、もうある」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
教室中、大盛り上がりだ。
そんな中、のむは盛り上がりに少し苦笑いしている。
「お前ら、ちょっと落ち着け。ただのでかいバケモンが爆誕するだけなんだから、期待すんなよ」
そして、すうっと息を吸うと、続けた。
「……ただ、ひとつ言っていいか。スカート入手したって昨日連絡もらって、脚の毛は剃ってきた!」
教室中、拍手喝采になり、のむが片手を挙げて、得意げに頷いてみせる。
男子校なので、”着替えに行く”という概念はない。躊躇なくその場でズボンを下ろすと、スカートに足を入れる。
「マジで毛ないじゃん……ツルツルじゃん」と誰かが呟く。「意外と見れるな……」という声も聞こえてきた。
スカートのチャックが無事に上がっただけで「おぉ」と沸いた。
「まめ、どうよ?相方は」
クラスメイトの一人に水を向けられると、腕組みをして「うーん」と首を捻った。
「さすがにまだ、”スカートを履いたのむ”に他ならないですね。ただ、彼は非常に綺麗な脚をしていると思います」
コメンテーターのように語ってみせると、わははと笑いが起こった。
180センチはある長身に、上はいつもの制服で下は見慣れないプリーツスカートのアンバランスさが面白い。美術部所属で筋肉質じゃないのむは、スカートから伸びる脚がすらっとまっすぐで、意外な程似合っていた。
「のむ、今んとこバケモンじゃないよ。でっかいけどかわいい。でかかわいいよ!」
「えー、ありがとぉ!」
「あら。もう役に入っていらっしゃる……」
のむに声をかけると裏声で返してきて、2人で笑い合う。
続けてウィッグも着けた。
「え……待って、俺いけるかも」
「俺も。むしろ蔑んで、ゴミを見るような目で見下ろしてほしい」
今度は、教室がどよめいた。
日焼けもそれほどしていないからか、黒いロングヘアのウィッグが驚く程似合った。男らしさのある顔の輪郭を隠すようにサイドの髪を下ろすと、一瞬、本当に女の人が立っていると勘違いしそうだ。
「ちょっと、まめ、のぐ。隣に立ってみろよ」とみんなにせがまれると、ニヤニヤしながらのぐがのむに近付いた。
「おいきめぇな。ニヤニヤしてんなよ」
「ほらな、脚の毛剃って正解だったろ」
「……それはそう。マジ感謝」
話している2人の姿を見て、「すげぇ。美男美女。リアルカップルみてぇ」という声が聞こえてくる。
確かに、のぐとのむは本当に絵になる。いつもの小競り合いも、この姿だとカップルの痴話喧嘩を見ているようだ。
俺は……どうだろう。
2人の隣に立っていると、なんだか自信がなくなっていく。
俺だけ場違いな気がして、教室の床を見つめていた。
「まめ」
不意にのむが俺の前でしゃがんで、俺を見上げる格好になった。
「どう?俺」
「すごいよのむ。女装も似合っちゃうなんて」
「ちがう。俺が言ってほしいのは、そんなことじゃない」
のむが首を振る。ロングヘアが揺れて、左頬のほくろが見えた。
のむの人差し指が伸びてきて、俺の左頬に触れる。昼休みが終わって戻っても、誰にも気付かれなかったくらい微かな、黒い点。意識すると、そこだけじんわり温かくなった。
「忘れちゃった?」
「……」
はっとして、顔を上げる。
「……のむかわいい。のむが一番かわいいよ!」
「ありがと」
満足そうな笑顔を浮かべたのむが、真剣な顔つきで言う。
「大丈夫だ、まめはやれる。絶対やれる」
うんうん、と何度も頷くと、のむは安心したように笑った。のぐもそのやり取りを見ながら、俺の背中を手のひらで優しく、とんとん、と叩く。
「俺、相手がこいつだと思うとすげぇ不本意だけど、ライバルとして見事に振られてやるからさ。まめは気楽にやんな」
「のぐ……」
2人の優しさに少し泣きそうなるのを堪えながら、改めて頑張ろうと前を向く。
「のむ。お前しゃがむ時膝閉じろや。パンツ丸見え」
「あ」
クラスメイトに言われたのむが慌てて膝を閉じるのを見て、みんなと一緒に笑った。
その後の練習も、女装したのむがいるだけで雰囲気が違い、大いに盛り上がった。
俺の演技も、のぐとのむに背中を押されて、少しはマシになったような気がする。
練習が終わり、各々解散になった頃。
のぐとのむと帰る支度をしていると、別のグループで作業していた小道具係の生徒が、遠慮がちに近付いてきた。
「あの、さ……」
「ん?何?」
のむが立ち上がりながら返すと、言いにくそうに小声で続ける。
「お前ら、マジで気を付けた方がいいかも」
「何のこと?」
クラスメイトの様子が気になったので先を促すと、「いや、俺もちょっと聞いただけなんだけどさ」と口籠もりながら続けた。
「噂になってるっぽい。まめとのむ」
「は?」
のぐが顔をしかめる。
「美術室に2人でいるのを見かけた奴がいるらしくて。めっちゃ距離が近かったけどあいつらどういう関係?って聞かれて……」
「は?」
今度はもっと棘のある言い方で、返す。
良くない空気を感じて、慌てて間に割って入る。
「待った待った。えー!俺とのむ?どういう関係も何も、ねぇ?」
「いや、俺も『普通にすげー仲いいだけじゃね』って言ったんだけどさ」
クラスメイトも、戸惑っているように見える。
俺は、美術室でのことを思い返して、考えた。
一体、俺達のどの様子を見たんだろう。考えるうちに、動悸が激しくなってくるのを感じる。
ーーあれは、キュンの練習で、それ以上でもなんでもなくて。だから、堂々としていていいはずなのに。
「あー……」
それまで黙っていたのむが、口を開く。
「心配かけて悪ぃ。美術部で文化祭の絵描くのに、まめにモデル頼んでんだよ。……で、ついでにまめの役作りの練習に付き合ってたんだよね。それを見たんじゃね?」
「……あ、あぁー。なるほど、それでか!」
クラスメイトも合点がいったのか、安心した表情に変わった。
「だから、これからもしばらく美術室にいることあるけど、別に気にしなくていんじゃね?って言っといて」
「了解。……いやぁ焦った。よっちに続いてお前らもなんて、シャレになんねぇよ。びっくりさせんなよー」
「それより誰だよ。そんなだりぃこと言ってんの」
のぐはまだ納得がいかない様子でいる。
「2組の屋久って奴。知ってるだろ。俺1年の時、同クラだったんだわ」
屋久という名前は聞いたことがある。というか、見たことがある。テストの度に貼り出される、成績上位者の順位表の、糸杉の上か下に必ずいる名前だ。
「ーーそういうことだから、一応伝えるだけ伝えたからな」
「うん。ありがとね。心配かけてごめんね」
クラスメイトが去っても、俺はなんだかのむの顔を見られなかった。
