タタタタタタ、タタタン
銃撃音が響き渡る。
「ここはやっぱアサルトでしょ!」
「エグ!建築壊される!回復間に合わない!
利旺(りおう)助けて〜!助けて利旺!」
俺はコントローラーを握りしめて、利旺の部屋を戦場にしている。
利旺はノーパソ開いて、ゼミの課題やってる。
俺のだけど。
デスクチェアをこっちにくるっと回転させて、俺の姿を見る。
目を細めている。俺を見る時の癖。
利旺の部屋のソファーで、俺はテレビ画面に夢中。
ここはいつだって俺の特等席。
利旺がデスクチェアから離れる。
俺はゲームをしながら、チラ見する。
「わたしを置いてどこに行くの?わたしを捨てるのね?ひどいわ、ひどいわ〜」
泣き真似をしてみせる。
「ただのトイレ。赤ちゃんか。」
利旺が戻ってきた。
いつも利旺がそばにいる、この空間がダイスキ。
「勇崎(ゆうざき)、こっち来て。目ぇつぶって?」
不意に利旺がワクワク感を隠せない顔で言ってきた。
後ろ手に何か隠してる。
「何?何?なんのサプライズ?」
そんなこと言われたら、ワクワク感最高潮だ。
いいところまで行ってたゲームを放り出す。
ワンコのように飛んでいく。
嬉しくて目をぎゅっとつぶる。
利旺が俺の右手をそっと持ち上げる。
なんだろう…?
人差し指の先っちょに金属の冷たい感触がした。
もしかしてこれって…指輪じゃん?
と、思ったら、人差し指全体に痛みが走る。
「イテッ!何すんだ利旺!」
目を大きく見開く。
痛いわけだ。指には指輪がねじ込まれて、付け根に食い込んでいる。
指輪は部屋のライトを受けて、光ってる。
俺の痛みなんて、知ったこっちゃないって感じで偉そうすぎる。
迷わず外しにかかる。
こんなきっついのたまったもんじゃない。
「おい、利旺、取れねーじゃんかコレ!」
「…この間、勇崎が寝てる時にサイズ測ったんだけど、おかしいな。」
「寝てる間…えっ…ふつうに怖いんですけど…お前何してくれちゃってんの?俺って寝てる間に好き放題されてるの?」
「必要なことしかしてません。」
「必要じゃない!起きてる時でいいやつ!
サイズ測るものはサプライズできないって分かるだろうが、普通!」
「痛恨のミスだな。やっぱりフロスかなんか糸みたいなやつ使うんだったな。」
「なんで寝てる時前提なの?!利旺〜」
「あ、純金だからお風呂入っても大丈夫」
「そんなこと聞いてんじゃないから!」
「クロスしてる銀色のところはホワイトゴールドだから、ここも大丈夫。温泉も入れる。」
「だから、聞いてねぇ!取れない!」
ケツポケからスマホを取り出して、AIのアイコンを押す。
「指輪がきつい時の外し方は?…っと。」
利旺はやっと事の大きさが分かったらしい。
肩を落として、うつむいた。
「…そっか…そんなにキツかったか…痛い思いさせて、ごめん…。」
利旺も調べ始めた。
漫画だったら絶対汗マークと青ざめる効果線描かれてる。
「気持ちだけ、買っとく。」
スマホをフリックしてる広い背中。
思わず声をかける。
利旺が、俺のこと想って選んでくれたんだろ。たぶん緊張して店の前うろうろして、挙動不審だったんだろうな。
でもさぁ、一緒に店に行けばいい話じゃん。
二人で選んでさ、小さな綺麗な箱に入れてもらって「嬉しい!ありがとう」「似合ってる」…これでいいじゃないか。
「それが、なんでこうなる?!」
俺のデカい声が部屋に響き渡る。
思わず飛び出した本音。
利旺がデカい独り言に切れ長の目を見開いた。
手の位置が下がってスマホの画面が見える。
"指輪のサイズの測り方"
「この後に及んでお前〜〜!!」
「測り方ミスったから。」
「後にしろ!!」
とにかく外し方だ!
油や洗剤などを塗って、それから…?
読むのもイラつく。
実行に移す。
利旺が丁寧にオリーブオイルを俺の指に塗る。
一緒に少しずつ滑らせて、ゆっくりと指輪を回転させる。
何かの秘密の儀式みたいだな。
「オリーブオイル塗りすぎ、服にたれるから!」
腹立てすぎか?
だって痛かったもん、指の寝込み襲われたもん、腹立つよ。
顔が近すぎて、胸がドキドキしてるのにも腹が立つ。
いや、利旺の前髪が俺にちょいちょい触れるのが悪い!
やっと取れた。
「はぁ、自由!フリーダム万歳!一生取れないかと思った。」
「良かった。長い時間痛い思いさせちゃって、ほんと、ごめん。」
"良かった"という割には暗い顔してんな、利旺。
そんなに指輪してて欲しい?
手がオリーブオイルまみれだ。
利旺が俺の手を洗ってくれる。
大きくて長い指が俺の手を包み込む。
オイルのじっとりとしたとろみが摩擦を消して、重たく俺の手の上を滑る。
その生々しさに耐えきれなくなって、思わず手を引っ込めた。
なんか…エロい。
オイルは落ちづらいから、何度も洗う。
その度に冷たい水が、気持ちをフラットにして、スッキリしていった。
洗われた指輪は、前よりキラキラ度が上がって見える。
利旺が俺の指と指輪をまた交互に見つめた。
やっとさっぱりした。
ソファーにどっかり腰掛ける。
俺は加害者…ん?物だから加害物?…の指輪をつまみ上げる。
目の高さまで持ってきて、指輪の穴越しに利旺を見つめた。
丸い穴の向こうに利旺の左耳が見える。
立ってキッチンの後始末をしてる。
黒々とした重めの前髪が耳にかかってる。
さっきまで俺の顔の真横にあったんだな。
なんかいちいち照れるな。
そのまま、望遠鏡みたいに片目をつむって指輪の穴を覗き込む。今度は利旺の顔がロックオンされる。
利旺が気づいて微笑んできた。
口の端を少し上げて、俺のことを眩しそうに覗き返している。
こそばゆい気持ちだ。
俺は手を下ろす。
「コレ…綺麗だな。でももうこりごり、勘弁して。」
素直に口にする。
利旺の瞳の奥がほんのわずかに揺れて、それから自分の耳を触りながら口を開いた。
キッチンからこっちに来る。
「お前さ、どっかにすぐに飛んでいっちゃいそうだから。」
「俺はたんぽぽの綿毛?」
「てか、お前ってさ…
本当にどっか行ってばっかりじゃん。
友達100人タイプの陽キャ一軍のコミュ力お化け。
運動神経いいから野球の代走のためだけに遠征連れてかれてるよな。
先月は3泊も行ってた。」
「頼まれたら行くって。ちょっと長かったけど。」
「サッカーサークルの練習は月・水は夕方、土曜は終日の週3。
クラスの飲みにも絶対行くし。
行ったらもう、最後のカラオケまでいるだろ。行きつけは"まねき犬"。
近所の幼稚園生には結婚してって言われてもう3人に重婚詐欺の返事してるだろ?」
「待て!待て待て待て待て!
なんなのその情報量と精度は?
公安に知り合いいる?」
両手を振って制止する。
でも、完全にスルーされる。
利旺は耳から手を離して前髪を払う。
「お向かいの安田さんちのおばあちゃんとこに上がり込んで、お茶飲んでくつろいでるし、小4のいとことは先週マリカーやってたな。
ちゃんと負けてやってえらいよな。
お前ほんと、老若男女に好かれすぎだろ。
付き合い多すぎて俺との時間が少なすぎる。」
「だから待て!そんなに把握してんのストーカーかお母さんだろ!怖いから!真っ直ぐに目を見て言う内容じゃないから!」
別にお前から離れようなんて思っちゃいないのに。
むしろ、逆。
どこにも行かなくていいくらい捕まえてて欲しいぐらいだし。
そうでないとさ………
…え。
"…飛んでいっちゃいそう…"
"…お母さん…"
"怖い"
あ…ダメだ…
嫌な響きだ…
キーワードになってる。
……俺は誰かが去って行くことが、すごく怖いんだ。
にいにとお母さんがそうだったんだ。
日差しが照り返す白い坂道。
にいにとお母さんが下って遠ざかって行く。
にいにが振り返ろうとする。
その度にお母さんが手を引っ張って前を向かせる。
お母さんは旅行用のかばん、にいにはお気に入りの戦隊ものの武器を持ってる。
遠くで蝉が鳴いていた。
俺は玄関のドアの隙間から二人を見てた。
小さくバイバイを繰り返すくらいしかできなくて…
「行ってらっしゃい」って言っても、二人とも帰って来なかった。
振り向かない背中
俺は顔を伏せた。
瞬きを繰り返す。
自分の身体を抱いた。
「…勇崎?…勇崎?大丈夫か?…おい。」
心配そうな声が聞こえる。
利旺が肩に手をかけてくる。
しっかりとした手の重みがする。
伏せていた顔をゆっくりと上げる。
目をしっかり開ける。
いつもの俺に帰って来れた。
「うん、大丈夫。何にもないけど?」
そう、なんでもない。
いつでも笑ってられる。
みんなが俺を好きになる。
だから、誰も俺に背中なんて見せない。
「…疲れたか?」
「まぁね〜、誰かさんのせいでねー。」
座ったまま首を傾げて利旺を見上げる。
いたずらっぽく笑ってみせる。
利旺がゆっくりと口を開いた。
「無理に笑うな。」
その言葉が胸に突き刺さった。
見透かされている。
俺は唾を飲み込む。
「お前はいつも笑顔だ。誰とでも仲良くなれる。そんなところをいつも眩しいなって思ってる。」
俺の目線に合うようにしゃがむ。
目が利旺から離せない。
「でも、俺の前では無理に笑うな。」
利旺の声は静かで…
「お前のこと…見てるから。
隣に来いよ。隣で心配させてくれよ。
今日みたいに怒ったっていい。怒らせたの、俺だけど…。」
でも力強くて…
「指輪はただの目印。帰ってくるとこは俺のところにして。」
言葉の行き場がなくなった。
こんな告白は、ズルい。
こんだけ自分のこと見られんの、普通引くと思う。
でも、俺は引かない。
ちゃんと見てて欲しい。
泣き顔も。笑顔も。笑顔の裏も。
…他の誰でもない。こいつにだけ…
公安ばりでも全然いい。
「勇崎…。」
俺は袖で涙をぐいっと拭いた。
ベタベタの顔のまんまで利旺の手を取る。
手のひらに指輪をポンと置いた。
そのまま握らせる。
それからソファーを降りる。
利旺も立ち上がった。
腕を上げて利旺の首に抱きついた。
ぐっと引き寄せる。おでこがコツンとくっつく。
戸惑って、利旺は両手の行き場がなくなってる。
「突っ返したわけじゃないからな。
目印なんて、なくていい。
だってさ、いつも一緒じゃん」
言い放つ。
たぶん俺のほうがズルい。
「いい加減、翔太って呼べよ。」
いつもクールな利旺の顔がカーッと赤くなった。
耳まで赤い。さらに言えば首まで赤い。
そんな利旺が俺を抱きしめにかかる。
腰のあたりをぎこちなく引き寄せて。
頭の後ろに片手を添えて。
俺の髪の毛の中に手が滑り込む。
もっとそのまま、ずっとそのままでいたいと思わせる。
あったかいな…
俺の顔も、きっと今真っ赤だな。
「ただ、翔太のこと、好きなだけなんだ。」
利旺の声が耳元に響いた。
俺はどストレートな利旺に結局は負けるんだ。
「だから、俺はお前んとこに帰るってば。」
俺だって、利旺のそばにいたいだけなんだ。
いつだってこの指輪の贈り主のところへ帰りたい。
利旺は、回した手を離さない。
こいつは一生俺に背中なんて見せない。
…ただ、嬉しい。
「腹、減らない?もう昼だし、なんか作るよ。
ホワイトソース缶あったな。
シチューでどう?」
「パンもある?」
「昨日買ったやつなら、バゲットがあるよ。」
俺たちは顔だけ離して相談を始めた。
鼻先がくっつきそうだ。
「昨日?もう固いかな?焼けばいっか。」
「だな。フレンチトーストにアレンジしてもいいし。」
「シチューとフレンチトーストって合わなくね?」
相談の途中で、低くて小さな声がボソリと聞こえた。
「これ以上、動き回られると追いきれないし…サイズは慎重に測るべきだった…。」
「え?なんて?」
「いや、首周り測らないと。」
「え?!」
「この指輪、ペンダントトップにするとなると、サイズいるから。翔太、起きてるし。」
いつの間にか体勢が変わって、利旺がバックハグしてくる。
「うーん、70センチはない感じだな。」
「その測り方、大雑把すぎるだろ!フロス持ってこい!」
「フロスでいいんだ?」
「お前が言うな!」
でも、利旺だから何でもいっか。
たださ、GPSとか、仕込んでないか…?
