夜7時前。目元を赤く腫らした邦雄は、リヴァイの案内でマーンの実家へと向かっていた。
「いやあ、恥ずかしいところを見してしもうた……」
眉をハの字に下げて、邦雄は呟く。
結局あれから、邦雄が抱えている未練をリヴァイは全部聞いてくれた。
日本がどんな戦争をしていたのか。
大和とはどんな戦艦なのか。
母との別れはどうだったのか。
教官とはどんな人で、大和で再会したのがどれだけ嬉しかったか。
大和での最期の夜と、教官から託された軍刀のこと。
あの戦闘がどれだけ恐ろしかったか。
折角「死ニ方用意」をしたのに、なぜ自分だけこんなところでまだ生きているのかという恐怖、苦しさ。
個室で助かった。それほど、我を忘れて泣きじゃくり、全てをぶちまけてしまった。
「かまわん。あんな想像を絶するものを抱えたままじゃ、アイツらの勢いにはついて行けないぞ」
「はあ……、そうなんじゃのぉ」
リヴァイの言葉に、邦雄は曖昧に頷く。
すると突然、前を歩く彼が足を止める。先輩はくるりと、こちらを振り向いた。
「未練は尽きないだろうが……。スッキリしたか? 少しは」
「……!」
その言葉に、また涙腺が刺激されてしまう。
けれど彼の言うとおり、胸の奥は以前より軽い。
「……うん」
「そうか」
リヴァイはまるで、頼れる兄貴分だった上官たちのようだった。
「さ、ここがマーン嬢の実家だ。首都で宴会をする時は、いつもこの店なんだ」
そう言って、彼は左を向く。どうやら目的地には着いていたらしい。
そこにあったのは、邦雄にも親しみやすい木造の家屋。引き戸の入口の上に看板が掲げられ、おいしそうな香りが漂ってくる。
残念ながら、看板が読めない。何故か話し言葉は通じているが、これは文字を覚えないとならないなと、邦雄はぼんやりと考えた。
雰囲気から察するに、大衆食堂だろうか。
「マーン嬢はこの海賊団の立ち上げメンバーだ。だから、ご両親もこちらの事情を把握している。そのおかげで、こうして貸切にしてもらってるんだ」
「あ、へ、へえー……!?」
邦雄より少し年上くらいに見えるマーンが、立ち上げメンバー。もしや夫婦(仮)で始めたのだろうかと思ったが、あの鬼船長とマーン嬢ではどう見ても年の差が大きすぎる。
本当に、謎だ。
そんな衝撃を抱えたまま、邦雄はリヴァイのあとを追って店内へ足を踏み入れた。
「あー! やーっと来た! リヴァイはーん! ニオー! 2人が最後やでー!!」
店内には、中央に長机が1つ。他のスペースは片付けられ、広く確保されていた。まるで、暴れても問題ないとでも言われているようだ。
向かって左奥から、船長、デイブ、1席空けてニッド。そして向かいの席は奥から順に、ヨルム、マーン、レーンと並んで座っている。
1人だけ立っているマーンが、2人に対して手招きをしてきた。
「さあさあニオ! 早く早く! 主役が座らないと始まらないじゃない!」
「え!? す、すみません!」
促されるまま、デイブとニッドの間に座る邦雄。一方リヴァイは、一番入口側の空き席、レーンの隣に腰を下ろした。
目の前の机に、次々と料理が運ばれてくる。
焼いた魚に肉、汁物、パン、果物、そしてまた肉、肉、肉……。どれも山盛りだ。
昼食とは違った雰囲気な豪華さ。リヴァイとの食事のおかげで、邦雄はもう食事格差の衝撃に慄くことはなかった。
「みんな麦酒まわったね!」
マーンの言うとおり、小さな木樽のようなコップに、並々と注がれた麦酒が各自の手元に。
そして彼女は、堂々と宣言した。
「それじゃあ!! 過去最大の戦果と! 船長の爵位授与! それからニオの加入にぃ〜〜〜カンパーイ!!」
応えるように、杯を高く掲げぶつけ合う海賊たち。
呆然としている邦雄に、四方八方から次々と乾杯が襲ってきた。
まさか自分の加入まで祝われるなんて。
主役と言われた意味が、じわりじわりと胸を熱くする。
「ほらほらニオ! 宴は船長の奢りやねん!! 食わな損やでー!!」
ヒョイヒョイと、どんどん邦雄の取り皿に肉を盛っていくニッド。
「今日の宴、前回よりも豪華なんですよ! ニオさんのおかげです! 船を停めたの、ホントに凄いです!!」
レーンは興奮気味にまくし立てる。キラキラと輝く瞳が、本当に豪華なんだと伝えてきた。
「あ、ありがとの……」
なんだか、照れくさい。
はにかみながら、邦雄は勢いよく麦酒を煽ったのだった。
◇
飲んで、食って、語って、騒いで。
まさに無礼講なこの宴会。
邦雄はすっかり酔っぱらっていた。
「うーみー! の男の艦隊勤務! 月月火水木金金ー!!」
隣に座るニッドの肩を組み、麦酒片手にこの熱唱だ。
「アッハハハハ! なんやその曲!! おもろーっ!」
「なにおう! おもろくなどない! こりゃあ軍人たるもの、休日やらのうお国に勤めよという海軍魂を歌うたものでえ!!」
「アッハハハハ!!」
ニッドの爆笑は止まらない。彼らの向かいで、レーンもまたニコニコと楽しそうだ。
緩い手拍子をしながら、ゆらゆらと身体を揺らして彼女も歌う。
「うーみー、のおーとこのかーんたーい勤務?」
「そう! おうとる!!」
「わー! かっこいい曲ですね!」
「じゃろお!!」
レーンの様子に、邦雄は思わず声をあげて大絶賛。
日本にいた頃は、女性とは縁がなかった。だからだろうか、花のように微笑み歌うレーンの可愛らしいことといったら。
「レーンが歌うと可愛いのぉ」
「えへへ、嬉しい〜!」
思ったことがそのまま口をつく。すると彼女は、照れたように小首を傾げる。背丈の低さも相まって、まるで小鳥だ。
彼女が目の前に座っているというだけで、眼福だ。
「なー、デイブはん! レーちゃん、ニオに口説かれてんで!!」
「ニッド!? く、口説いてはないでぇ!!」
そこへすかさず、ニッドが身を乗り出し邦雄を挟んでデイブへ叫ぶ。
だがそちらでは、デイブはすっかり出来上がって机に突っ伏してるではないか。
「ん……?」
「なあなあデイブはーん! レーちゃん可愛い? 可愛い?」
辛うじて上体を上げたデイブ。真っ赤な顔で目が半分閉じているところに、心底楽しんでいるニッドの質問が襲う。
普段からは想像もつかない緩さで、デイブは答えた。
「ン……かわいい……」
「せやろなあ! デイブはん、レーちゃんのこと大好きやもんなあーっ!」
「ン……すき……」
何やら物凄い自白をさせられていないか。
邦雄が衝撃に固まっていると、向かいでレーンはコロコロと笑っている。
「ふふふふ、私もデイブさん好きですー」
「えええ!?」
もしや恋仲なのか。確かに、解散指示の後に連れ立って歩いていたが。
隣ではニッドが爆笑。レーンは何事もなかったかのようにナッツをヒョイヒョイと口へ放っている。
デイブは力尽きたように机へ崩れ落ちてしまった。
ため息と共に、立ち上がるリヴァイ。
「クニオ、言っておくがあの魔物の一方通行だ」
「……えっ!?」
彼はそう言って、潰れているデイブの元へ。容赦なく頭を叩き、とりあえず床へ転がそうと上体を引っぱり始めた。
「なあなあレーちゃん! 俺んことはー? 好きー?」
「はい!ニディのことも、ニオのことも好きですよ!」
「せやんなぁ!! アハハハハハ」
ニッドの恐ろしい質問に、変わらぬ調子で応えるレーン。
漸く納得できた邦雄は、なんだかデイブが不憫に思えてきたのだった。
「と、ところで! ニッドもレーンも、デイブさんみたいに戦うと姿が変わるんか? 2人とも、普通の人間じゃあないのぉ?」
「……!?」
「……!!」
話題を変えねば。
そう思った邦雄が口にした言葉に、先ほどまで笑っていたニッドとレーンが二人揃って目を見開き動きを止めてしまった。
話題の止まった邦雄の周辺。急な静けさに、何事かとマーン、ヨルム、エドワードまでこちらに注目しだした。
くいーっと麦酒を飲んだ邦雄だったが、周囲の空気にハッと我に返った。
(またやってしもうた!!)
邦雄は、昔から霊感が強いのだ。人には見えない霊や妖怪や鬼の気配に敏感で、違和感なくそれらは邦雄の視界に映る。
普段は気をつけているのに、酒に酔うとどうもダメだ。こうして理解されないことを口走って場をシラケさせるのは、いったい何度目だろう。
「あ、あぁの!!」
どう弁明したものか。酔いでグルグルする脳みそをフル回転させようとした、その時だった。
「ニオさん凄い!! まだ人魚姿見せてないですよね? どうしてわかったんですか?」
「へ?」
目を輝かせて身を乗り出すレーン。
「せやせや! デイブはんやレーちゃんはともかく、俺まで見抜かれるとは思うてへんかったんやけど!!」
「えっ、ええ??」
そしてニッドは、満面の笑みで肩を組んでくるではないか。
引かれるどころか、喜ばれてしまった。
船長ら3人も、問題ないと判断したようでそれぞれの話題に戻っている。
さすがにこんな反応は初めてだ。
呆然としている邦雄に、ニッドから得意げに話し始めた。
「俺なー! 海に住んどる精霊と人間のハーフやねん!」
「……えっ!?」
「いやー、残念ながら人間育ちやから、精霊の常識とか魔法とかはないねんけどな! 妖精の兄やんたちや、海に住んどる動物らぁとはお喋りできんで!」
「えええ!?!」
不思議な気配がするな、とは思っていたが。まさかそんな出生だったとは。
呆然としてしまう邦雄に、ケラケラと笑うニッドは続ける。
「ま! 兄やんたち、たぶん故郷にしか居らんけどなー! こっち来てから会ったことないねん!」
「は、はあ……」
故郷ということは、大洋の向こうということか。
またサラリと重たいことを明かされた気がするのは、気のせいだろうか。
そこへ、はいはーいと今度はレーンが手を上げてきた。
「私は人魚だよ。歌うのが好き! 私の歌はね、お怪我を治す力があるんですって!」
「あぁ、たしかに……!」
大和での重傷を治してくれた彼女の、「治癒」の種明かし。確かに商船を襲ったあとも、彼女が歌うと怪我がみるみる治っていた。
ニコニコしている彼女の、改めての自己紹介は続く。
「海に入ったら、人魚の姿になるよ。お夕飯のお魚を捕りに海に入れば、しばらくの間は人間さんみたいに変化できるの!」
「はあ、そうじゃったのか……!」
つまり、レーンが人魚として海にいたから、邦雄は彼女に見つけて貰えたということになる。
改めて思うと、なんて幸運だろう。
なお、ニッドが言うにはデイブは「海の魔物」らしい。彼の故郷はソルラーマ王国だそうで、どんな魔物なのか詳しく知っている者は、海賊団には居ないという。
「えーっと、デイブさんが魔物、ニッドが精霊、レーンが人魚……と、言うことは……?」
聞いた情報をまとめて、邦雄はマーンたちの方へ視線を移す。
まさか、彼ら3人まで人外だろうか。
そう恐れた視線は、すぐにマーンに見抜かれた。
「あっははは! 私たちは普通に人間だよー!!」
酒を煽り、カラリと笑い飛ばしながら返される。
安易すぎる飛躍に、邦雄は少々申し訳なくなってしまった。
「ねえそれよりさ! そんなに異形に気づくなら、ニホンでも大変だったー?」
頬杖をつき、マーンが妖艶な笑みで聞いてきた。
からかうような視線だが、特に嫌な感じはしない。
「そりゃあもう! 子供の頃は、お化けがおっかないのにだあれも信じてくれんで! 戦争が激しゅうなるにつれて、ドンドン見える数も増えるし……」
注ぎ足した麦酒をガンガン煽る邦雄。そして彼は、厳しくても充実していた訓練時代を思い出して呟いた。
「俺のこの目を『才能だ』なんて認めてくれんさったなぁ、教官が初めてじゃったなぁ……」
それが、教官に気にかけて貰えるようになったきっかけだった。
教官も霊が見える。
その上、陰陽術や妖怪を本気で軍事利用しようとしていたらしい。それ専用の特務部隊の話をポツリとしてくれたのは、邦雄が作戦立案について質問に行った時だったか。
チラリと、邦雄はひと席空いた隣にいるエドワードを盗み見る。
結局、教官とお酒を飲み交わすことはできなかった。
「……ニッドぉ、布持っとる?」
「ん?持ってるでー!」
ふと浮かんだ思いつき。そのために声をかければ、ニッドは腰に巻いていたスカーフを外して邦雄へ渡してくれた。
それを握り、エドワードの方へ席を詰める。
「船長……失礼します!!」
「あ?」
敬礼と共にひと声断るやいなや、邦雄は素早くそのスカーフをエドワードの頭に巻き付けた。
しっかりと金髪を隠す。何事かと顔をしかめるエドワードは、まさに眉間に深くシワを寄せている教官そのもの。
これは、いけない。予想以上に、涙腺にきた。
「教官んんんん〜〜〜〜〜!!」
「おい!!!」
感極まって船長の胸へダイブ。そんな邦雄の様子に、周囲は爆笑だ。
もちろんエドワードからは怒鳴られてるのだが、それが余計に邦雄の記憶を刺激する。
「あーー、ほいじゃ、ほれ! ちいと1回『岡本!』って呼んでつかぁさいよーー!」
「誰が言うか!! おい、この酔っぱらい引っ剥がせ!!」
首根っこを引っ張られる。こんなことがあったようななかったような。
「よかったじゃないですか、エド。新入りに懐かれて」
「目ぇ腐ったかヨルム!? このアホが懐いてんのはキョーカンだ!」
「エドに瓜二つ……でしたか。お会いしてみたいものですね、キョーカンさん」
『上官』2人の会話が聞こえてくる。
ヨルムの言葉につい、エドワードと教官が並んでいるところを夢想してしまう。
教官も、大和からこの世界に生還していないだろうか。そしたら、この海賊団に教官を紹介できるのに。
そんな夢を、せり上がる吐き気の合間に思い描く邦雄だった。
「いやあ、恥ずかしいところを見してしもうた……」
眉をハの字に下げて、邦雄は呟く。
結局あれから、邦雄が抱えている未練をリヴァイは全部聞いてくれた。
日本がどんな戦争をしていたのか。
大和とはどんな戦艦なのか。
母との別れはどうだったのか。
教官とはどんな人で、大和で再会したのがどれだけ嬉しかったか。
大和での最期の夜と、教官から託された軍刀のこと。
あの戦闘がどれだけ恐ろしかったか。
折角「死ニ方用意」をしたのに、なぜ自分だけこんなところでまだ生きているのかという恐怖、苦しさ。
個室で助かった。それほど、我を忘れて泣きじゃくり、全てをぶちまけてしまった。
「かまわん。あんな想像を絶するものを抱えたままじゃ、アイツらの勢いにはついて行けないぞ」
「はあ……、そうなんじゃのぉ」
リヴァイの言葉に、邦雄は曖昧に頷く。
すると突然、前を歩く彼が足を止める。先輩はくるりと、こちらを振り向いた。
「未練は尽きないだろうが……。スッキリしたか? 少しは」
「……!」
その言葉に、また涙腺が刺激されてしまう。
けれど彼の言うとおり、胸の奥は以前より軽い。
「……うん」
「そうか」
リヴァイはまるで、頼れる兄貴分だった上官たちのようだった。
「さ、ここがマーン嬢の実家だ。首都で宴会をする時は、いつもこの店なんだ」
そう言って、彼は左を向く。どうやら目的地には着いていたらしい。
そこにあったのは、邦雄にも親しみやすい木造の家屋。引き戸の入口の上に看板が掲げられ、おいしそうな香りが漂ってくる。
残念ながら、看板が読めない。何故か話し言葉は通じているが、これは文字を覚えないとならないなと、邦雄はぼんやりと考えた。
雰囲気から察するに、大衆食堂だろうか。
「マーン嬢はこの海賊団の立ち上げメンバーだ。だから、ご両親もこちらの事情を把握している。そのおかげで、こうして貸切にしてもらってるんだ」
「あ、へ、へえー……!?」
邦雄より少し年上くらいに見えるマーンが、立ち上げメンバー。もしや夫婦(仮)で始めたのだろうかと思ったが、あの鬼船長とマーン嬢ではどう見ても年の差が大きすぎる。
本当に、謎だ。
そんな衝撃を抱えたまま、邦雄はリヴァイのあとを追って店内へ足を踏み入れた。
「あー! やーっと来た! リヴァイはーん! ニオー! 2人が最後やでー!!」
店内には、中央に長机が1つ。他のスペースは片付けられ、広く確保されていた。まるで、暴れても問題ないとでも言われているようだ。
向かって左奥から、船長、デイブ、1席空けてニッド。そして向かいの席は奥から順に、ヨルム、マーン、レーンと並んで座っている。
1人だけ立っているマーンが、2人に対して手招きをしてきた。
「さあさあニオ! 早く早く! 主役が座らないと始まらないじゃない!」
「え!? す、すみません!」
促されるまま、デイブとニッドの間に座る邦雄。一方リヴァイは、一番入口側の空き席、レーンの隣に腰を下ろした。
目の前の机に、次々と料理が運ばれてくる。
焼いた魚に肉、汁物、パン、果物、そしてまた肉、肉、肉……。どれも山盛りだ。
昼食とは違った雰囲気な豪華さ。リヴァイとの食事のおかげで、邦雄はもう食事格差の衝撃に慄くことはなかった。
「みんな麦酒まわったね!」
マーンの言うとおり、小さな木樽のようなコップに、並々と注がれた麦酒が各自の手元に。
そして彼女は、堂々と宣言した。
「それじゃあ!! 過去最大の戦果と! 船長の爵位授与! それからニオの加入にぃ〜〜〜カンパーイ!!」
応えるように、杯を高く掲げぶつけ合う海賊たち。
呆然としている邦雄に、四方八方から次々と乾杯が襲ってきた。
まさか自分の加入まで祝われるなんて。
主役と言われた意味が、じわりじわりと胸を熱くする。
「ほらほらニオ! 宴は船長の奢りやねん!! 食わな損やでー!!」
ヒョイヒョイと、どんどん邦雄の取り皿に肉を盛っていくニッド。
「今日の宴、前回よりも豪華なんですよ! ニオさんのおかげです! 船を停めたの、ホントに凄いです!!」
レーンは興奮気味にまくし立てる。キラキラと輝く瞳が、本当に豪華なんだと伝えてきた。
「あ、ありがとの……」
なんだか、照れくさい。
はにかみながら、邦雄は勢いよく麦酒を煽ったのだった。
◇
飲んで、食って、語って、騒いで。
まさに無礼講なこの宴会。
邦雄はすっかり酔っぱらっていた。
「うーみー! の男の艦隊勤務! 月月火水木金金ー!!」
隣に座るニッドの肩を組み、麦酒片手にこの熱唱だ。
「アッハハハハ! なんやその曲!! おもろーっ!」
「なにおう! おもろくなどない! こりゃあ軍人たるもの、休日やらのうお国に勤めよという海軍魂を歌うたものでえ!!」
「アッハハハハ!!」
ニッドの爆笑は止まらない。彼らの向かいで、レーンもまたニコニコと楽しそうだ。
緩い手拍子をしながら、ゆらゆらと身体を揺らして彼女も歌う。
「うーみー、のおーとこのかーんたーい勤務?」
「そう! おうとる!!」
「わー! かっこいい曲ですね!」
「じゃろお!!」
レーンの様子に、邦雄は思わず声をあげて大絶賛。
日本にいた頃は、女性とは縁がなかった。だからだろうか、花のように微笑み歌うレーンの可愛らしいことといったら。
「レーンが歌うと可愛いのぉ」
「えへへ、嬉しい〜!」
思ったことがそのまま口をつく。すると彼女は、照れたように小首を傾げる。背丈の低さも相まって、まるで小鳥だ。
彼女が目の前に座っているというだけで、眼福だ。
「なー、デイブはん! レーちゃん、ニオに口説かれてんで!!」
「ニッド!? く、口説いてはないでぇ!!」
そこへすかさず、ニッドが身を乗り出し邦雄を挟んでデイブへ叫ぶ。
だがそちらでは、デイブはすっかり出来上がって机に突っ伏してるではないか。
「ん……?」
「なあなあデイブはーん! レーちゃん可愛い? 可愛い?」
辛うじて上体を上げたデイブ。真っ赤な顔で目が半分閉じているところに、心底楽しんでいるニッドの質問が襲う。
普段からは想像もつかない緩さで、デイブは答えた。
「ン……かわいい……」
「せやろなあ! デイブはん、レーちゃんのこと大好きやもんなあーっ!」
「ン……すき……」
何やら物凄い自白をさせられていないか。
邦雄が衝撃に固まっていると、向かいでレーンはコロコロと笑っている。
「ふふふふ、私もデイブさん好きですー」
「えええ!?」
もしや恋仲なのか。確かに、解散指示の後に連れ立って歩いていたが。
隣ではニッドが爆笑。レーンは何事もなかったかのようにナッツをヒョイヒョイと口へ放っている。
デイブは力尽きたように机へ崩れ落ちてしまった。
ため息と共に、立ち上がるリヴァイ。
「クニオ、言っておくがあの魔物の一方通行だ」
「……えっ!?」
彼はそう言って、潰れているデイブの元へ。容赦なく頭を叩き、とりあえず床へ転がそうと上体を引っぱり始めた。
「なあなあレーちゃん! 俺んことはー? 好きー?」
「はい!ニディのことも、ニオのことも好きですよ!」
「せやんなぁ!! アハハハハハ」
ニッドの恐ろしい質問に、変わらぬ調子で応えるレーン。
漸く納得できた邦雄は、なんだかデイブが不憫に思えてきたのだった。
「と、ところで! ニッドもレーンも、デイブさんみたいに戦うと姿が変わるんか? 2人とも、普通の人間じゃあないのぉ?」
「……!?」
「……!!」
話題を変えねば。
そう思った邦雄が口にした言葉に、先ほどまで笑っていたニッドとレーンが二人揃って目を見開き動きを止めてしまった。
話題の止まった邦雄の周辺。急な静けさに、何事かとマーン、ヨルム、エドワードまでこちらに注目しだした。
くいーっと麦酒を飲んだ邦雄だったが、周囲の空気にハッと我に返った。
(またやってしもうた!!)
邦雄は、昔から霊感が強いのだ。人には見えない霊や妖怪や鬼の気配に敏感で、違和感なくそれらは邦雄の視界に映る。
普段は気をつけているのに、酒に酔うとどうもダメだ。こうして理解されないことを口走って場をシラケさせるのは、いったい何度目だろう。
「あ、あぁの!!」
どう弁明したものか。酔いでグルグルする脳みそをフル回転させようとした、その時だった。
「ニオさん凄い!! まだ人魚姿見せてないですよね? どうしてわかったんですか?」
「へ?」
目を輝かせて身を乗り出すレーン。
「せやせや! デイブはんやレーちゃんはともかく、俺まで見抜かれるとは思うてへんかったんやけど!!」
「えっ、ええ??」
そしてニッドは、満面の笑みで肩を組んでくるではないか。
引かれるどころか、喜ばれてしまった。
船長ら3人も、問題ないと判断したようでそれぞれの話題に戻っている。
さすがにこんな反応は初めてだ。
呆然としている邦雄に、ニッドから得意げに話し始めた。
「俺なー! 海に住んどる精霊と人間のハーフやねん!」
「……えっ!?」
「いやー、残念ながら人間育ちやから、精霊の常識とか魔法とかはないねんけどな! 妖精の兄やんたちや、海に住んどる動物らぁとはお喋りできんで!」
「えええ!?!」
不思議な気配がするな、とは思っていたが。まさかそんな出生だったとは。
呆然としてしまう邦雄に、ケラケラと笑うニッドは続ける。
「ま! 兄やんたち、たぶん故郷にしか居らんけどなー! こっち来てから会ったことないねん!」
「は、はあ……」
故郷ということは、大洋の向こうということか。
またサラリと重たいことを明かされた気がするのは、気のせいだろうか。
そこへ、はいはーいと今度はレーンが手を上げてきた。
「私は人魚だよ。歌うのが好き! 私の歌はね、お怪我を治す力があるんですって!」
「あぁ、たしかに……!」
大和での重傷を治してくれた彼女の、「治癒」の種明かし。確かに商船を襲ったあとも、彼女が歌うと怪我がみるみる治っていた。
ニコニコしている彼女の、改めての自己紹介は続く。
「海に入ったら、人魚の姿になるよ。お夕飯のお魚を捕りに海に入れば、しばらくの間は人間さんみたいに変化できるの!」
「はあ、そうじゃったのか……!」
つまり、レーンが人魚として海にいたから、邦雄は彼女に見つけて貰えたということになる。
改めて思うと、なんて幸運だろう。
なお、ニッドが言うにはデイブは「海の魔物」らしい。彼の故郷はソルラーマ王国だそうで、どんな魔物なのか詳しく知っている者は、海賊団には居ないという。
「えーっと、デイブさんが魔物、ニッドが精霊、レーンが人魚……と、言うことは……?」
聞いた情報をまとめて、邦雄はマーンたちの方へ視線を移す。
まさか、彼ら3人まで人外だろうか。
そう恐れた視線は、すぐにマーンに見抜かれた。
「あっははは! 私たちは普通に人間だよー!!」
酒を煽り、カラリと笑い飛ばしながら返される。
安易すぎる飛躍に、邦雄は少々申し訳なくなってしまった。
「ねえそれよりさ! そんなに異形に気づくなら、ニホンでも大変だったー?」
頬杖をつき、マーンが妖艶な笑みで聞いてきた。
からかうような視線だが、特に嫌な感じはしない。
「そりゃあもう! 子供の頃は、お化けがおっかないのにだあれも信じてくれんで! 戦争が激しゅうなるにつれて、ドンドン見える数も増えるし……」
注ぎ足した麦酒をガンガン煽る邦雄。そして彼は、厳しくても充実していた訓練時代を思い出して呟いた。
「俺のこの目を『才能だ』なんて認めてくれんさったなぁ、教官が初めてじゃったなぁ……」
それが、教官に気にかけて貰えるようになったきっかけだった。
教官も霊が見える。
その上、陰陽術や妖怪を本気で軍事利用しようとしていたらしい。それ専用の特務部隊の話をポツリとしてくれたのは、邦雄が作戦立案について質問に行った時だったか。
チラリと、邦雄はひと席空いた隣にいるエドワードを盗み見る。
結局、教官とお酒を飲み交わすことはできなかった。
「……ニッドぉ、布持っとる?」
「ん?持ってるでー!」
ふと浮かんだ思いつき。そのために声をかければ、ニッドは腰に巻いていたスカーフを外して邦雄へ渡してくれた。
それを握り、エドワードの方へ席を詰める。
「船長……失礼します!!」
「あ?」
敬礼と共にひと声断るやいなや、邦雄は素早くそのスカーフをエドワードの頭に巻き付けた。
しっかりと金髪を隠す。何事かと顔をしかめるエドワードは、まさに眉間に深くシワを寄せている教官そのもの。
これは、いけない。予想以上に、涙腺にきた。
「教官んんんん〜〜〜〜〜!!」
「おい!!!」
感極まって船長の胸へダイブ。そんな邦雄の様子に、周囲は爆笑だ。
もちろんエドワードからは怒鳴られてるのだが、それが余計に邦雄の記憶を刺激する。
「あーー、ほいじゃ、ほれ! ちいと1回『岡本!』って呼んでつかぁさいよーー!」
「誰が言うか!! おい、この酔っぱらい引っ剥がせ!!」
首根っこを引っ張られる。こんなことがあったようななかったような。
「よかったじゃないですか、エド。新入りに懐かれて」
「目ぇ腐ったかヨルム!? このアホが懐いてんのはキョーカンだ!」
「エドに瓜二つ……でしたか。お会いしてみたいものですね、キョーカンさん」
『上官』2人の会話が聞こえてくる。
ヨルムの言葉につい、エドワードと教官が並んでいるところを夢想してしまう。
教官も、大和からこの世界に生還していないだろうか。そしたら、この海賊団に教官を紹介できるのに。
そんな夢を、せり上がる吐き気の合間に思い描く邦雄だった。



