戦艦大和で戦死した男、異世界で海賊になる

 邦雄が、リヴァイとの昼食で号泣している一方その頃。

 エドワードは、この国の国王に謁見していた。

「おらよ。約束の上納金だ」

 カシャ、と僅かに金貨同士がぶつかる音を鳴らして、分厚く膨れた革袋が5束も机の上に放り出された。
 警備の騎士がざわめく。向かいに座る国王も、見開いた目を徐々に細めた。

「本当に……これが3割だというのか……?」
「んだよ、不満かぁ? 明細の書簡は事前に出しただろうが」
「違う! そうじゃない、疑っているわけじゃない!」

 呟かれた言葉を目ざとく拾って突き返してやれば、王は青ざめて頭を振る。
 騎士たちはざわめくのをピタリと止めた。

 大方、彼らが言いたいのは3割にしては多いという意味だろう。そのくらい、エドワードだって分かる。
 このお高くとまってる行儀のいい国王連中が、たかが海賊に恐れ慄き、財源を握られ震えている姿の滑稽さ。
 この瞬間が、彼には堪らなく気持ちがいい。

 この国は10年ほど前から、海賊団へ国王の承認を与え始めた。代わりに海賊団は、略奪品の3割をこうして王家へ上納している。
 国家を後ろ盾に、堂々とソルラーマの商船を襲うことができる。
 その先駆けとなったのが、エドワード率いるアンピシア海賊団だ。

 近隣の大陸とのちゃちな交易しかしていない国内の商船になど、端から興味がない。
 正規ルートでは、わざわざソルラーマ王国を経由しなければ手に入らない大洋の向こうの品々がこの国の首都に流通しているのは、海賊たちの手柄ゆえだった。

 普段ならば、上納なんて面倒くさい場はサッサと退散する。だが今日ばかりは、エドワードにはもう一つやるべきことがあった。

「そう怯えるなよ。 俺達親戚だろ? 大叔父上?」
「黙らんか……!!」

 真っ青な顔で、国王が声を張り上げる。そして周囲の騎士への言い訳のように、こちらを睨みながら陛下はのたまった。

「ワシの曽祖父と、貴様の曾祖母君は確かにご兄妹であられる。だがそれは先々代の話! 貴様などという野蛮な海賊が王家の血を引き、魔法まで発現しているなどという事実、断じて公表することは許さんぞ……!」
「くっくっくっく……」
「なにがおかしい!! だいたい! 貴様はロングハースト家を出奔した身だろうが!! 何を今更親戚ヅラを……!!」

 これを笑わずしてなんとする。
 怯えなくとも、建国神話に起源を持つ王家特有の髪と目の色を、エドワードは持っていないというのに。
 
 こんな都合の良い立場にしてくれた、顔も知らない曾祖母。元王女である彼女に、エドワードは心から感謝していた。

「大変失礼しました陛下。……代わりに、国際情勢をひっくり返せる『とっておきの宝』を差し上げましょう」
「……なんだと?」

 前のめりになった国王に、海賊は口角を上げる。
 ロングコートのポケットから木箱を取り出し、中身を机の上へ。

 それは、赤く光り続けるあの謎の石。

「陛下、これはソルラーマ王国の船を動かし続ける動力源だ。これを奪ったことで、かの国の商船は海上で停止した」
「……!?」

 かつてないほどのざわめきが起こる。
 驚く声、疑う声、鼻で笑う声……。一方国王は、事実とも嘘とも断定せず、ただジッとあの石を見つめている。

「俺の魔法の解明に、かのチャーチウッド家イチの秀才、ヨルムが関わっているのは陛下もご存知でしょう? その彼が言うには、何かしらの炎属性の魔法がこの石にかけられているとのこと」
「なんと……」
「残念ながら我々一介の海賊に解析できるのはここまで。王家が従える国内の叡智を持ってすれば、この石の謎を解明し、海上の国際勢力を塗り替えることだって可能でしょう」
「……!!」

 国王の目の色が、変わった。
 向こうからすれば、王家主導で海上貿易ができるなら、海賊に怯えることはなくなるのだから。

「もちろん、陛下に差し上げましょう」
「本当か!?」
「ただし!」

 カン! と音を立てて、エドワードは木箱で赤い石を覆い隠す。
 そして、本日イチの交渉の本題を提示した。

「……相応の報酬をくださるのなら、なァ?」

 ◇

 鼻歌交じりに城の裏口から出てきたエドワード。
 彼の手には、たっぷり膨れた王家の紋章入りの革袋が。

「結果は上々のようですね」

 そこへ声をかけてきたのは、指示通り城の前で待機していたヨルムだった。

「当然だろ? そっちはどうだ」

 ジャラ、と音を立てて革袋を掲げる。対するヨルムも、同じように膨れた革袋を2つ掲げてきた。
 互いに同じ種類の笑みを浮かべ、エドワードは相棒の肩を組んだ。

 互いに40代も半ばになってきたというのに、この瞬間は実に心が踊る。
 これで今晩の宴も、次の冒険も盛大にできるというものだ。

「まさか、金だけではないのでしょう?」

 歩き出しつつ、ヨルムが当然のように問いかける。ガハハと笑い声で、エドワードは答えた。

「実家より上の爵位だ! 俺個人宛でな!」
「それはそれは。伯爵様となるのなら、そろそろマーンの求婚も受けなくてはなりませんね?」
「ふざけんじゃねえ! 子孫まで継がせる気はねぇんだから結婚なんざ死んでもごめんだ!」

 本気で顔をしかめるが、ヨルムは肩をすくめるだけで何食わぬ顔。彼女の熱意の経緯から全て知られている関係というのは、こういう時にはやっかいだ。

 歩の悪い話は、さっさと変えるに限る。
  
「ったく。んなことより、授与式は明日だ。お前も来い。……面白くなるぞ」

 悪どい笑みと共に、エドワードはそう吐き捨てた。
 彼は首都へ戻るまでの航路で、ソルラーマ王国の公的な船がこの国へ向かって来ていることを感知している。
 その船の到着目処も、明日だった。

「そっちはどうなんだ。クニオの衣服は売れたのか?」

 話題を相棒へ振る。するとヨルムも、笑みを深くした。

「えぇ。どう作られたものなのか、何の繊維なのかも分からない、特殊で丈夫な服ですから。生々しい血の痕が難点でしたが、想定以上の金額で商談は成立しましたよ」
「ハッハッハ!! 流石だな大魔王!!」
「それほどでも」

 これであのグントウまで売れたら、相当だっただろう。
 そうエドワードはほくそ笑むが、それはソレだ。

 あのナイフは、邦雄をこの海賊団に留めるいい人質。だからこそ、包んでいた上質な布からナイフと共に包まれていた読めない書簡まで含め、グントウ一式には手をつけていなかった。

「ヨルム、大砲の弾を船に積める最大分を確保しておけ。次の航海とは別だ。お前の実家の倉庫にでも置いてろ」
「……イエッサー」

 目的も告げぬままの指示。ヨルムからすれば謎だろうに、彼は文句ひとつ言わずに受け入れた。

 そして、彼らもまた各々の目的地へ。久しぶりの陸地を、楽しむのだった。