SOSのラッパが鳴った瞬間、デイブはソルラーマの王子を言い負かしていた頃。
アンピシア海賊団の船にて。
主砲の弾を抱えたニッドは、音を鳴らした船を探してキョロキョロと辺りを見渡していた。
マストを見上げれば、邦雄が望遠鏡を向けている。それを頼りに11時の方角へ顔を向ける。
だがニッドの目に映るのは、立ち上る黒煙と敵の船のみ。煙は海賊船に積んだ大砲のものだろうが、果たして戦況はどうなっているのだろう。
「おいニッド!」
「え!? なんや船長!」
目を凝らしていたところに、エドワードの声が響く。
慌てて弾を持ち直しながらニッドが振り向くと、この船のリーダーはとんでもないことを言い出した。
「11時の方向を狙撃しろ。別にあの巨大海賊が負けるのはどうでもいいが、それで手が空いた敵船がこっちに来るのはめんどくせぇ」
「はいぃ!?!?」
口をあんぐりとあけるニッド。持っていた大砲の弾を落とさなかったことを褒めてほしいくらいだ。
どれだけ距離が離れているか分かっているのだろうか、このおっさんは。
風の強さは、波による船の揺れは。ニッドが腰に差しているのは銃ではなくパチンコだというのに。
しかし船長は、ニッドの言外の文句など聞きはしない。
言いたいことだけ言うと、彼はすでに船の右舷へ駆けている。
「マーン! すぐ右の敵船に気付いてんだろうな!」
「あったりまえでしょ、旦那様ーーっ!」
上段で舵輪を回すマーンと、いつもの夫婦漫才。甲板の上下ですれ違いながらそれを繰り広げ、この船の長は迫りくる敵船へ銃を向ける。
発砲。1発、2発。
「主砲をこっちに持ってこい! 砲身を仰角45度! 敵船煙突を狙って撃て!!」
ゆっくりと左へ向きを変えていく船の上を、タイヤつきの土台に乗せられた大砲が横切っていく。
船長の弾の軌道を参考にして、照準を合わせる。ニッドの運んでいた弾も、乗船している他の海賊が持って行った。
響く轟音。揺れる船。のぼる煙。
甲板の大砲が、こちらに迫っていた敵船を撃ち抜いた。
ヨルムが船内から指揮している副砲たちの援護が、それに続く。
誰一人として、「負ける」だなんて考えていない。
なら、たった1隻の海賊船が負けていたって、問題ないではないか。負けたのが大きな海賊団なら、後のライバルが減るというもの。
ニッドの脳裏をグルグルとそう言葉が巡る。彼は、できない理由ばかりを並べ立てていた。
「ニッド。少しいいか」
「え、はい? どないしたん、リヴァイはん」
船の上の様子に置いて行かれているニッドの肩に、コンと軽く相手の肩が触れる。
右に振り向けば、そこにいたのはリヴァイだった。彼の右手は、マストから延びるロープを握っている。
「俺の手に、このロープを巻いてほしい」
「……え?」
「はやく」
「え、あ、はいっす?」
先輩からの謎の指示に、ニッドは面食らう。だがリヴァイの淡々とした低音で急かされてしまうと、その真意を聞くのもはばかられた。
言われた通り、手袋に覆われた彼の右手にくるくるとロープを巻く。親指の付け根あたりまで巻いたところで、リヴァイはロープごと強く手を握りしめた。
「礼を言う、ニッド」
「えぇけど……。リヴァイはん、何するん?」
そう尋ねながら、ニッドは風に揺れる左袖に視線が向いてしまう。そのまま目線を少し落とせば、リヴァイは愛刀を腰に差したままだ。
剣を握る唯一の手にロープなんて巻いては、戦えないのではないか。
そんなニッドの疑問は、顔に出ていたのだろう。
ロープの強度を確かめながら船の後方へ下がっていたリヴァイと目が合った瞬間、剣士はわずかに口角を上げた。
「安心しろ。戦う時にはこのロープはもう用済みだ」
「うん? どういうこと?」
「移動手段だからな、これは」
リヴァイの言葉に、ますます疑問符が増えていく。
この大海原に浮かぶ船の上で、「移動」とは。
「……どこ行くん?」
恐る恐る、ニッドはつぶやく。
対するリヴァイの答えは、たったの一言だった。
「魔物の援護」
「……え?」
魔物。それは、リヴァイのみが使うデイブへの呼称だ。
リヴァイ自身が裏切りを暴き、船長と共に処刑したはず。
ダンッと強く木の板を踏み込む音で、ニッドはハッと我に返る。
瞬間、目の前で起きたことに彼は目を疑った。
ロープをピンと貼ったまま、円を描くように駆けるリヴァイ。
その勢いのままに彼は船のヘリへ踏み込み、宙へ駆け出して行くではないか。
「えええぇ!?! リヴァイはん……!?」
ロープに引かれたリヴァイの身体は、勢いのまま弧を描いて前方へと運ばれていく。
そして彼は、敵の旗艦上空で紐から手を離した。
スルスルと彼の手から抜けていくロープ。
支えを失い、リヴァイの身体は敵船へ落ちていく。
あんな高さから落下して、着地は大丈夫なのか。敵地のど真ん中で、足を痛めたりでもしたら。
船から身を乗り出して様子をうかがうニッド。
彼が目にしたのは、灰色の触手がリヴァイの身体に巻き付いて引き寄せる光景。
「デイブ、はん……?」
あの頼もしい触手を、ニッドはよく覚えていた。
そこへ、ちゃぽんと何かが海へ落ちた音が聞こえてきた。
かすかなその音に視線を水面へ向ければ、小型の爆弾を乗せた器がプカプカと海に浮いている。
「……はい?」
目的地があるかのように波をぬっていくその器。
よく見ると、海の中で何かがキラキラと光っていた。
それは、人魚の鱗だった。レーンが爆弾を自ら運んでいるのだ。
11時の方向。SOSのラッパを鳴らした船を、助けに行くのだろう。
「っ〜〜〜! あぁ、もうっ!!」
ムカムカと気分が悪い。意味もなく地団駄を踏みそうになる。
確かにリヴァイは、ロープを使用して船を渡る練習をしていた。他の海賊団相手に、片腕で百人組手のようなものも。
毎日、毎日。
普段、戦闘では補佐役なレーン。そんな彼女が、邦雄から真剣に話を聞いているのを見た。ギョライ、という危険な作戦らしい。
マーンやヨルムまで交えて、何やら四人で話し込んでいた。
そんな様子を沢山見ていたのに、果たして自分は何をしていたのだろう。
船長からの無茶振りひとつ、応えようともしないまま。
「わかったわかった!! やればええんやろ!!」
誰に向けてでもなく、ニッドはわめく。
彼の手に握られるのは、愛用のパチンコと弾。
ぐぐ、とゴムを引く。黒煙を上げる方角へ、照準を合わせる。
風は西へ向けて吹いている。ならば弾は、狙いより左に逸れるはず。
「いっけやぁぁぁぁ!!」
手を、放した。
「……」
目を凝らす。だが、大砲ほど派手じゃない故に、結果が分からない。当たったのか、逸れたのか。
それさえ判別できずに、どうやって修正しろというのか。
「……ええい、もう知らんがな!!」
ヤケではない。決して自棄を起こした訳では無いが、無我夢中に次の弾を取る。
何も備えなかったのだから、まぐれなんて起きないのは当たり前。
けれどだからと言って、何もせずに諦めるのでは、アンピシア海賊団の名が廃るというもの。
「要は、敵の船がこっちに来へんかったらええんやろ!」
覚悟を決めて、ニッドはひたすら敵の船を狙うのだった。
アンピシア海賊団の船にて。
主砲の弾を抱えたニッドは、音を鳴らした船を探してキョロキョロと辺りを見渡していた。
マストを見上げれば、邦雄が望遠鏡を向けている。それを頼りに11時の方角へ顔を向ける。
だがニッドの目に映るのは、立ち上る黒煙と敵の船のみ。煙は海賊船に積んだ大砲のものだろうが、果たして戦況はどうなっているのだろう。
「おいニッド!」
「え!? なんや船長!」
目を凝らしていたところに、エドワードの声が響く。
慌てて弾を持ち直しながらニッドが振り向くと、この船のリーダーはとんでもないことを言い出した。
「11時の方向を狙撃しろ。別にあの巨大海賊が負けるのはどうでもいいが、それで手が空いた敵船がこっちに来るのはめんどくせぇ」
「はいぃ!?!?」
口をあんぐりとあけるニッド。持っていた大砲の弾を落とさなかったことを褒めてほしいくらいだ。
どれだけ距離が離れているか分かっているのだろうか、このおっさんは。
風の強さは、波による船の揺れは。ニッドが腰に差しているのは銃ではなくパチンコだというのに。
しかし船長は、ニッドの言外の文句など聞きはしない。
言いたいことだけ言うと、彼はすでに船の右舷へ駆けている。
「マーン! すぐ右の敵船に気付いてんだろうな!」
「あったりまえでしょ、旦那様ーーっ!」
上段で舵輪を回すマーンと、いつもの夫婦漫才。甲板の上下ですれ違いながらそれを繰り広げ、この船の長は迫りくる敵船へ銃を向ける。
発砲。1発、2発。
「主砲をこっちに持ってこい! 砲身を仰角45度! 敵船煙突を狙って撃て!!」
ゆっくりと左へ向きを変えていく船の上を、タイヤつきの土台に乗せられた大砲が横切っていく。
船長の弾の軌道を参考にして、照準を合わせる。ニッドの運んでいた弾も、乗船している他の海賊が持って行った。
響く轟音。揺れる船。のぼる煙。
甲板の大砲が、こちらに迫っていた敵船を撃ち抜いた。
ヨルムが船内から指揮している副砲たちの援護が、それに続く。
誰一人として、「負ける」だなんて考えていない。
なら、たった1隻の海賊船が負けていたって、問題ないではないか。負けたのが大きな海賊団なら、後のライバルが減るというもの。
ニッドの脳裏をグルグルとそう言葉が巡る。彼は、できない理由ばかりを並べ立てていた。
「ニッド。少しいいか」
「え、はい? どないしたん、リヴァイはん」
船の上の様子に置いて行かれているニッドの肩に、コンと軽く相手の肩が触れる。
右に振り向けば、そこにいたのはリヴァイだった。彼の右手は、マストから延びるロープを握っている。
「俺の手に、このロープを巻いてほしい」
「……え?」
「はやく」
「え、あ、はいっす?」
先輩からの謎の指示に、ニッドは面食らう。だがリヴァイの淡々とした低音で急かされてしまうと、その真意を聞くのもはばかられた。
言われた通り、手袋に覆われた彼の右手にくるくるとロープを巻く。親指の付け根あたりまで巻いたところで、リヴァイはロープごと強く手を握りしめた。
「礼を言う、ニッド」
「えぇけど……。リヴァイはん、何するん?」
そう尋ねながら、ニッドは風に揺れる左袖に視線が向いてしまう。そのまま目線を少し落とせば、リヴァイは愛刀を腰に差したままだ。
剣を握る唯一の手にロープなんて巻いては、戦えないのではないか。
そんなニッドの疑問は、顔に出ていたのだろう。
ロープの強度を確かめながら船の後方へ下がっていたリヴァイと目が合った瞬間、剣士はわずかに口角を上げた。
「安心しろ。戦う時にはこのロープはもう用済みだ」
「うん? どういうこと?」
「移動手段だからな、これは」
リヴァイの言葉に、ますます疑問符が増えていく。
この大海原に浮かぶ船の上で、「移動」とは。
「……どこ行くん?」
恐る恐る、ニッドはつぶやく。
対するリヴァイの答えは、たったの一言だった。
「魔物の援護」
「……え?」
魔物。それは、リヴァイのみが使うデイブへの呼称だ。
リヴァイ自身が裏切りを暴き、船長と共に処刑したはず。
ダンッと強く木の板を踏み込む音で、ニッドはハッと我に返る。
瞬間、目の前で起きたことに彼は目を疑った。
ロープをピンと貼ったまま、円を描くように駆けるリヴァイ。
その勢いのままに彼は船のヘリへ踏み込み、宙へ駆け出して行くではないか。
「えええぇ!?! リヴァイはん……!?」
ロープに引かれたリヴァイの身体は、勢いのまま弧を描いて前方へと運ばれていく。
そして彼は、敵の旗艦上空で紐から手を離した。
スルスルと彼の手から抜けていくロープ。
支えを失い、リヴァイの身体は敵船へ落ちていく。
あんな高さから落下して、着地は大丈夫なのか。敵地のど真ん中で、足を痛めたりでもしたら。
船から身を乗り出して様子をうかがうニッド。
彼が目にしたのは、灰色の触手がリヴァイの身体に巻き付いて引き寄せる光景。
「デイブ、はん……?」
あの頼もしい触手を、ニッドはよく覚えていた。
そこへ、ちゃぽんと何かが海へ落ちた音が聞こえてきた。
かすかなその音に視線を水面へ向ければ、小型の爆弾を乗せた器がプカプカと海に浮いている。
「……はい?」
目的地があるかのように波をぬっていくその器。
よく見ると、海の中で何かがキラキラと光っていた。
それは、人魚の鱗だった。レーンが爆弾を自ら運んでいるのだ。
11時の方向。SOSのラッパを鳴らした船を、助けに行くのだろう。
「っ〜〜〜! あぁ、もうっ!!」
ムカムカと気分が悪い。意味もなく地団駄を踏みそうになる。
確かにリヴァイは、ロープを使用して船を渡る練習をしていた。他の海賊団相手に、片腕で百人組手のようなものも。
毎日、毎日。
普段、戦闘では補佐役なレーン。そんな彼女が、邦雄から真剣に話を聞いているのを見た。ギョライ、という危険な作戦らしい。
マーンやヨルムまで交えて、何やら四人で話し込んでいた。
そんな様子を沢山見ていたのに、果たして自分は何をしていたのだろう。
船長からの無茶振りひとつ、応えようともしないまま。
「わかったわかった!! やればええんやろ!!」
誰に向けてでもなく、ニッドはわめく。
彼の手に握られるのは、愛用のパチンコと弾。
ぐぐ、とゴムを引く。黒煙を上げる方角へ、照準を合わせる。
風は西へ向けて吹いている。ならば弾は、狙いより左に逸れるはず。
「いっけやぁぁぁぁ!!」
手を、放した。
「……」
目を凝らす。だが、大砲ほど派手じゃない故に、結果が分からない。当たったのか、逸れたのか。
それさえ判別できずに、どうやって修正しろというのか。
「……ええい、もう知らんがな!!」
ヤケではない。決して自棄を起こした訳では無いが、無我夢中に次の弾を取る。
何も備えなかったのだから、まぐれなんて起きないのは当たり前。
けれどだからと言って、何もせずに諦めるのでは、アンピシア海賊団の名が廃るというもの。
「要は、敵の船がこっちに来へんかったらええんやろ!」
覚悟を決めて、ニッドはひたすら敵の船を狙うのだった。



