戦争の数週間前、邦雄達が酒場でマーンから話を聞いていた頃のこと。
海賊船の地下牢では、上半身を晒したデイブが頭を垂れていた。
鉄格子の向こうにある木箱には、足を組んで座るエドワードの姿。
その両脇に控えるのは、ヨルムとリヴァイだ。
「でぇ? まずはその魔法陣の効果から口を割ってもらおうか」
船長のドスの効いた声が、デイブに突き刺さる。
恩人を裏切った。その事実を、船長の声によって改めて突き付けられた。
せめてもの、謝罪を。
そんな思いで、デイブは口を開いた。
「ソルラーマの王子に、俺の居場所がバレます」
「へぇー……?」
ギシ、と鳴る木箱。エドワードが深く座り直したのだろう。
同時に聞こえたのは、「なるほど」というため息交じりの副船長の声だった。
「ソルラーマの王族ならば、かの国の軍を動かす権力があるのも当然。彼の固有魔法は、離れた場所からでもその魔法陣の位置を把握できる……、ということですね」
まさに、ヨルムの言葉通りだ。
デイブの脳裏に浮かぶのは、自分に魔法をかけたあの王子の憎たらしい顔。
彼の部下に取り押さえられ、魔法陣を刻まれた。
「これでお前は俺の下僕だ」とあざ笑った王子の声が、耳の奥に聞こえてきた気がした。
それを遮ってくれたのは、リヴァイとヨルムが考察を交わす会話だ。
「……つまり先の奇襲は、この魔物がいたから船の位置がソルラーマ軍にバレたせいで発生したモノだと」
「そういうことになりますね。デイブを脅したならば、エドの魔法の詳細な範囲を聞き出していてもおかしくはありません」
「船長の索敵が可能な広さと、空は範囲外だという事実……」
「えぇ、そうです」
彼らの推測は、事実と相違ない。
自分の迷いが、情報漏洩という失態を引き起こした。
そんな自分が変わらずこの船にいたせいで、奇襲をしかけられてしまった。
その結果、リヴァイの腕まで……。
この海賊団の知将二人の声は、デイブにとって深海へ引きずり込む重りのようだった。
「てこたぁ、単純な話だ」
エドワードが口を開く。
「テメェを処刑すりゃあ、もう船の位置が割れることもない。そうだろ?」
「ッ、」
船長の言葉は、当然の判断だろう。
「ハイ……」
デイブはただ、肯定を返すしかできなかった。
走馬灯とは、死を受け入れたその瞬間に起こるものらしい。
捨て子だった自分を拾ってくれた両親。受け入れてくれた姉と、のちに生まれた妹。
血がつながらなくても、大事な家族だった。
出稼ぎに行ったまま、戻らなかった両親。3人きょうだいで支え合った日々。
それを壊したのも、ソルラーマのあの王子だ。
デイブに「異形」とレッテルを張り、それを匿ったことを罪として姉を焼かれた。
あの日の怒りと絶望を、いまでも鮮明に思い出せる。
村を壊した自分と一緒にいては、妹まで命を奪われかねない。
だから、泣いて追いかけて来る幼い彼女を突き放して、この海賊団へ単身で仲間入りしたというのに。
王子の秘書は、成長した妹だった。
何も知らない彼女を人質にとられ、船長の情報と妹の命を天秤にかけられた。
グラグラと揺れ続けた天秤は結局、妹の方へと傾いてしまったのだった。
「おい」
「ッ!!は、はい……!」
どのくらい回想に沈んでいたのだろう。突如響いた鋭い声に、デイブはハッと顔を上げる。
目と鼻の先に迫っていたのは、ヨルムの靴底のヒールだった。
「ぶっ、グ……!?」
容赦なく鼻っ柱を蹴られる。
大きな音を立ててぶっ倒れたデイブへ、船長が馬乗りに。いったいいつの間に牢の中へ入って来ていたのだろう。
首を絞めるように掴まれ、唇が触れそうなほど距離が近くなる。
「デイブ、——」
「……!?」
エドワードが囁く吐息が、耳を擽った。
その言葉に胸が熱くなる。裏切者である自分を、エドワードはいまだに戦力として扱ってくれているというのか。
しかしそれもほんの一瞬。結局デイブは、船長からボコボコにされてしまった。
そうして、船から海へ突き出た板の上へと追いやられた彼。
簡単に縄抜けできるほど緩い拘束は、ヨルムによるものだった。
レーンが海へ飛び込まないよう、片腕で彼女を抑え込むリヴァイが見える。
こんな自分のために、愛しい彼女があんな悲痛な表情をしてくれるだなんて。
「……大丈夫だから」
デイブに言えるのは、たったそれだけ。船長を見れば、「さっさと行け」と目が語っていた。
そして彼は、「処刑」されることによって単独行動の権利を得る。
それは、ソルラーマへの復讐であり、船長からの信頼を取り戻すための重大な仕事の始まりだった。
◇
ソルラーマ軍の無敵艦隊が、海賊船たちと戦う海原にて。
デイブは、ソルラーマの船の混乱ぶりに顔がニヤけて仕方がなかった。
最初の一撃で、船の煙突が折れた。
その後も続く砲撃により木片が飛び散り、水飛沫が上がる。
激しい揺れで、王子の玉座はあっという間に倒れた。甲板に膝をつく王子の、混乱と恐怖に満ちたあの顔といったら。
アンピシア海賊団が大砲を撃ちやすいように、自身が握る舵輪を回すデイブ。
海賊船のマストに設置された見張り台にいるのは、おそらくクニオだろう。望遠鏡をこちらへ向けた彼ならば、こちらの意図に気付くはず。
デイブはそう思い、心を躍らせていた。
「おいこら化け物!! お前がこのルートならば海賊どもの不意をつけると言ったんだろう!!どうにかしろ!!!」
王子がこちらを指さして喚いている。
彼の魔法陣はとっくに消えているというのに、デイブのことをいつまでも下僕扱いしてくる愚かな王子。
「俺は『不意をつける』と確かに申しました。ですが……『ソルラーマが』とは、ひと言も言っていませんが?」
「は、ハァ!?」
思い浮かべるのはヨルムの冷笑。尊敬する副官を真似るように、デイブは口角をつり上げた。
それに呼応するように、王子はワナワナと震えている。全身の毛を逆立てたまま、彼は再び大口を開けた。
「ふざけるなよ……!!今更、自分を処刑しようとした海賊どもに味方するというのか!!ボロボロの重傷で海を漂ってた貴様を助けてやったのは誰だと思っている!!」
あぁ、なんて都合のいい。船長の描いた筋書き通りの展開だろうか。
デイブの笑みは自然と、極悪人のようなものへ変わっていく。こみ上げるものを、抑えることなどできはしない。
「お言葉ですが! あの日の俺の傷が船長たちによる処刑だというのは、アンタの勝手な思い込みだろう!!」
「なっ……!!」
豪快で、容赦のない嘲笑。それはまさに、アンピシア海賊団の船長に酷似したもの。
デイブの宣言に花を添えるように、再びアンピシア海賊団からの砲撃が命中。
転倒していた王子の玉座は、木っ端みじんに砕け散った。
鳴りやまない砲撃の轟音。海賊船の位置をしっかりと確認し、弾は届くがこちらの兵士は向こうに乗り込めない絶妙な距離を保って航行させていく。
その時、デイブの耳はかすかな高音を拾った。
ピーー……という、指笛。それは、ニッドが時たま吹いていたものだ。
何かの合図だろうか。
そう思い、より一層海賊船を注視する。
その瞬間、マストのロープのうちひとつが大きくこちらへ向かって弧を描いた。
そのロープに掴まる小さな人影。太陽の光がまぶしすぎて、いったい誰なのか見当もつかない。
人影は、重力のままにどんどんこちらへ落下してくるではないか。
ヒラヒラと、左腕の袖が風を受けてはためいている。
「は!?!?」
デイブは思わずそう叫び、慌てて左腕を触手へ変化させてその人影へ。
ありえない距離を飛んできた男を、むんずと巻き取って自身のそばまで引き寄せた。
ダン!!と、甲板に響く着地の音。片腕の男は、デイブの触手から見事に無敵艦隊の旗艦に着地した。
「お前っ……アホか!? 何考えてんだ!!」
悠々と立ち上がるリヴァイへ、デイブは怒鳴る。
だがその言葉すら聞き流すように、ムカつく騎士気取りは答えた。
「鍛錬は十分に積んでいた。貴様の手助けなどなくても、この船への着地は問題なかったぞ。怪物め」
「あんな高さから人間が着地できるか!! 足まで失う気かお前は!!」
出会った時から全く調子を変えないこの男。こうやって怒鳴り返すのはいったい何度目だろうか。
そんな犬猿の仲のリヴァイの背が、とんとデイブの背中を叩く。背後で、彼が自慢の剣を抜いた気配がした。
「で? いつまでソルラーマの操舵手ごっこをしているつもりだ」
「……!」
船長からの指令は確かに、すでに果たした。
ゆっくりと、デイブは舵輪から手を離す。そのまま両手を横へ広げ、うねうねと縦横無尽に動く触手へと変えていく。
後ろから聞こえるのは、周囲を囲む兵士へのリヴァイの名乗り口上。
「おい、騎士気取り。……負けた方が、相手が倒した人数分の金貨な?」
「相変わらず野蛮だな、海賊め。だが……今回ばかりは、乗った」
四面楚歌の敵船にて。
アンピシア海賊団きっての戦闘員2人による殺戮勝負が、今まさに幕を上げた。
海賊船の地下牢では、上半身を晒したデイブが頭を垂れていた。
鉄格子の向こうにある木箱には、足を組んで座るエドワードの姿。
その両脇に控えるのは、ヨルムとリヴァイだ。
「でぇ? まずはその魔法陣の効果から口を割ってもらおうか」
船長のドスの効いた声が、デイブに突き刺さる。
恩人を裏切った。その事実を、船長の声によって改めて突き付けられた。
せめてもの、謝罪を。
そんな思いで、デイブは口を開いた。
「ソルラーマの王子に、俺の居場所がバレます」
「へぇー……?」
ギシ、と鳴る木箱。エドワードが深く座り直したのだろう。
同時に聞こえたのは、「なるほど」というため息交じりの副船長の声だった。
「ソルラーマの王族ならば、かの国の軍を動かす権力があるのも当然。彼の固有魔法は、離れた場所からでもその魔法陣の位置を把握できる……、ということですね」
まさに、ヨルムの言葉通りだ。
デイブの脳裏に浮かぶのは、自分に魔法をかけたあの王子の憎たらしい顔。
彼の部下に取り押さえられ、魔法陣を刻まれた。
「これでお前は俺の下僕だ」とあざ笑った王子の声が、耳の奥に聞こえてきた気がした。
それを遮ってくれたのは、リヴァイとヨルムが考察を交わす会話だ。
「……つまり先の奇襲は、この魔物がいたから船の位置がソルラーマ軍にバレたせいで発生したモノだと」
「そういうことになりますね。デイブを脅したならば、エドの魔法の詳細な範囲を聞き出していてもおかしくはありません」
「船長の索敵が可能な広さと、空は範囲外だという事実……」
「えぇ、そうです」
彼らの推測は、事実と相違ない。
自分の迷いが、情報漏洩という失態を引き起こした。
そんな自分が変わらずこの船にいたせいで、奇襲をしかけられてしまった。
その結果、リヴァイの腕まで……。
この海賊団の知将二人の声は、デイブにとって深海へ引きずり込む重りのようだった。
「てこたぁ、単純な話だ」
エドワードが口を開く。
「テメェを処刑すりゃあ、もう船の位置が割れることもない。そうだろ?」
「ッ、」
船長の言葉は、当然の判断だろう。
「ハイ……」
デイブはただ、肯定を返すしかできなかった。
走馬灯とは、死を受け入れたその瞬間に起こるものらしい。
捨て子だった自分を拾ってくれた両親。受け入れてくれた姉と、のちに生まれた妹。
血がつながらなくても、大事な家族だった。
出稼ぎに行ったまま、戻らなかった両親。3人きょうだいで支え合った日々。
それを壊したのも、ソルラーマのあの王子だ。
デイブに「異形」とレッテルを張り、それを匿ったことを罪として姉を焼かれた。
あの日の怒りと絶望を、いまでも鮮明に思い出せる。
村を壊した自分と一緒にいては、妹まで命を奪われかねない。
だから、泣いて追いかけて来る幼い彼女を突き放して、この海賊団へ単身で仲間入りしたというのに。
王子の秘書は、成長した妹だった。
何も知らない彼女を人質にとられ、船長の情報と妹の命を天秤にかけられた。
グラグラと揺れ続けた天秤は結局、妹の方へと傾いてしまったのだった。
「おい」
「ッ!!は、はい……!」
どのくらい回想に沈んでいたのだろう。突如響いた鋭い声に、デイブはハッと顔を上げる。
目と鼻の先に迫っていたのは、ヨルムの靴底のヒールだった。
「ぶっ、グ……!?」
容赦なく鼻っ柱を蹴られる。
大きな音を立ててぶっ倒れたデイブへ、船長が馬乗りに。いったいいつの間に牢の中へ入って来ていたのだろう。
首を絞めるように掴まれ、唇が触れそうなほど距離が近くなる。
「デイブ、——」
「……!?」
エドワードが囁く吐息が、耳を擽った。
その言葉に胸が熱くなる。裏切者である自分を、エドワードはいまだに戦力として扱ってくれているというのか。
しかしそれもほんの一瞬。結局デイブは、船長からボコボコにされてしまった。
そうして、船から海へ突き出た板の上へと追いやられた彼。
簡単に縄抜けできるほど緩い拘束は、ヨルムによるものだった。
レーンが海へ飛び込まないよう、片腕で彼女を抑え込むリヴァイが見える。
こんな自分のために、愛しい彼女があんな悲痛な表情をしてくれるだなんて。
「……大丈夫だから」
デイブに言えるのは、たったそれだけ。船長を見れば、「さっさと行け」と目が語っていた。
そして彼は、「処刑」されることによって単独行動の権利を得る。
それは、ソルラーマへの復讐であり、船長からの信頼を取り戻すための重大な仕事の始まりだった。
◇
ソルラーマ軍の無敵艦隊が、海賊船たちと戦う海原にて。
デイブは、ソルラーマの船の混乱ぶりに顔がニヤけて仕方がなかった。
最初の一撃で、船の煙突が折れた。
その後も続く砲撃により木片が飛び散り、水飛沫が上がる。
激しい揺れで、王子の玉座はあっという間に倒れた。甲板に膝をつく王子の、混乱と恐怖に満ちたあの顔といったら。
アンピシア海賊団が大砲を撃ちやすいように、自身が握る舵輪を回すデイブ。
海賊船のマストに設置された見張り台にいるのは、おそらくクニオだろう。望遠鏡をこちらへ向けた彼ならば、こちらの意図に気付くはず。
デイブはそう思い、心を躍らせていた。
「おいこら化け物!! お前がこのルートならば海賊どもの不意をつけると言ったんだろう!!どうにかしろ!!!」
王子がこちらを指さして喚いている。
彼の魔法陣はとっくに消えているというのに、デイブのことをいつまでも下僕扱いしてくる愚かな王子。
「俺は『不意をつける』と確かに申しました。ですが……『ソルラーマが』とは、ひと言も言っていませんが?」
「は、ハァ!?」
思い浮かべるのはヨルムの冷笑。尊敬する副官を真似るように、デイブは口角をつり上げた。
それに呼応するように、王子はワナワナと震えている。全身の毛を逆立てたまま、彼は再び大口を開けた。
「ふざけるなよ……!!今更、自分を処刑しようとした海賊どもに味方するというのか!!ボロボロの重傷で海を漂ってた貴様を助けてやったのは誰だと思っている!!」
あぁ、なんて都合のいい。船長の描いた筋書き通りの展開だろうか。
デイブの笑みは自然と、極悪人のようなものへ変わっていく。こみ上げるものを、抑えることなどできはしない。
「お言葉ですが! あの日の俺の傷が船長たちによる処刑だというのは、アンタの勝手な思い込みだろう!!」
「なっ……!!」
豪快で、容赦のない嘲笑。それはまさに、アンピシア海賊団の船長に酷似したもの。
デイブの宣言に花を添えるように、再びアンピシア海賊団からの砲撃が命中。
転倒していた王子の玉座は、木っ端みじんに砕け散った。
鳴りやまない砲撃の轟音。海賊船の位置をしっかりと確認し、弾は届くがこちらの兵士は向こうに乗り込めない絶妙な距離を保って航行させていく。
その時、デイブの耳はかすかな高音を拾った。
ピーー……という、指笛。それは、ニッドが時たま吹いていたものだ。
何かの合図だろうか。
そう思い、より一層海賊船を注視する。
その瞬間、マストのロープのうちひとつが大きくこちらへ向かって弧を描いた。
そのロープに掴まる小さな人影。太陽の光がまぶしすぎて、いったい誰なのか見当もつかない。
人影は、重力のままにどんどんこちらへ落下してくるではないか。
ヒラヒラと、左腕の袖が風を受けてはためいている。
「は!?!?」
デイブは思わずそう叫び、慌てて左腕を触手へ変化させてその人影へ。
ありえない距離を飛んできた男を、むんずと巻き取って自身のそばまで引き寄せた。
ダン!!と、甲板に響く着地の音。片腕の男は、デイブの触手から見事に無敵艦隊の旗艦に着地した。
「お前っ……アホか!? 何考えてんだ!!」
悠々と立ち上がるリヴァイへ、デイブは怒鳴る。
だがその言葉すら聞き流すように、ムカつく騎士気取りは答えた。
「鍛錬は十分に積んでいた。貴様の手助けなどなくても、この船への着地は問題なかったぞ。怪物め」
「あんな高さから人間が着地できるか!! 足まで失う気かお前は!!」
出会った時から全く調子を変えないこの男。こうやって怒鳴り返すのはいったい何度目だろうか。
そんな犬猿の仲のリヴァイの背が、とんとデイブの背中を叩く。背後で、彼が自慢の剣を抜いた気配がした。
「で? いつまでソルラーマの操舵手ごっこをしているつもりだ」
「……!」
船長からの指令は確かに、すでに果たした。
ゆっくりと、デイブは舵輪から手を離す。そのまま両手を横へ広げ、うねうねと縦横無尽に動く触手へと変えていく。
後ろから聞こえるのは、周囲を囲む兵士へのリヴァイの名乗り口上。
「おい、騎士気取り。……負けた方が、相手が倒した人数分の金貨な?」
「相変わらず野蛮だな、海賊め。だが……今回ばかりは、乗った」
四面楚歌の敵船にて。
アンピシア海賊団きっての戦闘員2人による殺戮勝負が、今まさに幕を上げた。



