細く線のような弧を描く月が浮かぶ夜。国内最大の山の崖を背後に、小舟がさざ波に揺れる。
エドワードは1人、その船の上で静かに魔法を発動させていた。
詠唱はなし。あくまで常時発動の範囲内。相手に気付かれないギリギリの力加減で、最大範囲の詳細な情報を拾う。
毎晩行っているが、なかなかに骨の折れる作業だった。
(陸でも発動できりゃあ、もう少し楽なんだがな)
そんな愚痴が脳裏をかすめる。南端にある首都から北端のこの山の周辺まで来るには、国内を縦断する必要があるのだから。
けれど南の海で魔法を発動しても、北国であるソルラーマの船が通るであろう航路は索敵の範囲外。
だからこうして、彼は毎夜わざわざ沿岸をたどって北端に赴いているのだった。
波の音を聞く。脳裏に浮かぶ海中の景色から、魚と浮遊ゴミを排除する。
情報を集めるのは、船とその中の人間。
「ん……?」
思わず声が漏れる。彼の魔法は、こちらへ航路をとる船をとらえた。
その数、1,2……20隻。
それは、マーンとレーンが聞き出してきた敵船の数と一致していた。
「……我は海の観測者なり。波よ、潮よ、我が問いかけに答えよ……」
夜の海は黒い。そこに黒の魔法陣が浮かび上がったところで、発光を抑えられれば気付かれまい。
そう判断し、エドワードは魔法の出力を上げた。
20隻の詳細を感じ取る。中でもひと際大きな船に意識を向けた。
隊列を組む船たちの中央に陣取るその船は、規模に見合った豪華さのようだ。横柄な男が1人、そして……。
読み取った情報に、エドワードは口角をつり上げた。
舵輪のそばにいた男がした動き。それは邦雄が広めていた手旗信号とやらの、「ヨシ」だった。
「……ちゃあんと仕事をこなしてるらしいなぁ?」
裏切り者……否、ソルラーマへのスパイの仕事ぶりに、笑いが止まらない。
戦争への勝利を確信したうえで、エドワードは小舟の漕ぎ手に戻るよう指示を伝えた。
この翌日、海賊連合は本格的にソルラーマの無敵艦隊を迎撃する準備に入るのだった。
◇
邦雄は、マストの見張り台で心臓が張り裂けそうだった。
大和で米軍機発見の報を聞いた時と同等か、それ以上の緊張。
海賊連合は今、自国の北端に位置する山の影に隠れるように陣取っていた。
事態は、邦雄が予想していなかった順調さで進んだ。
ファルト海賊団敗北の報により、あれだけ反対を受けた主砲設置はアッサリと受け入れられた。
マーンの働きか、はたまたエドワードの顔のおかげか、「アンピシア海賊団」に逆らう者はいなかった。最初の会議では舐められていた邦雄の話を、誰もが聞いてくれている。
そんな中、突如エドワードから告げられた敵艦隊接近と交戦の目途の知らせ。
それからの数日はもう、あっという間だった。
なぜかヨルムの実家に大量に備蓄されていた砲弾を各海賊船に積み込む。
通信手段の最終確認。
そして作戦の最終伝達と合意。
それらを経て、連合艦隊……ではなく、海賊団の寄せ集めは、「戦争」のためにこうして海へ漕ぎ出していた。
視界良好。風向きは追い風。波は穏やかだ。
望遠鏡をのぞけば、無敵と言われている蒸気船の艦隊の影がちらつき始めている。
(だ、だ、大丈夫、大丈夫なはず……! 敵の戦法はわかってる。ヨルムさんとも、船長とも何度も作戦を確認した。船同士の通信手段も確認した。大丈夫、大丈夫……!)
バクバクと音を立てている心臓をなだめるように邦雄は自身に言い聞かせる。
すでに、作戦は開始されていた。
リヴァイの剣のように、腰に差した教官の軍刀。邦雄はそっと、その鞘に手を触れた。
(教官……。どうか、力を貸してください)
どこかで生きていると信じている恩師に対して、そう祈った時だった。
「おいクニオ! 開戦だ」
甲板から船長の声が聞こえてくる。望遠鏡をのぞけば、彼の言う通り。
作戦通り、敵から「海賊」と認識されていないであろう小規模の海賊たちが、その機動力を活かして奇襲を成功させたところだった。
エドワードの予想通り、なぜかわからないが敵船団はこちらの有利なように進んでくる。
邦雄は規定通り両腕を振った。その手旗信号を受け、マーンとレーンがハリヤードを引き、Z旗が上へ上へとのぼっていく。
マストに寄り添うように旗が上がったとき、海賊たちはいっせいに動き出した。
さあ、異世界での海戦の始まりだ。
米国には敵わなかった日本海軍の意地と誇りを、今こそ見せつける時。
邦雄は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出していく。
アンピシア海賊団の船もまた、無敵艦隊へ向けて航路を取り始めていた。
エドワードは1人、その船の上で静かに魔法を発動させていた。
詠唱はなし。あくまで常時発動の範囲内。相手に気付かれないギリギリの力加減で、最大範囲の詳細な情報を拾う。
毎晩行っているが、なかなかに骨の折れる作業だった。
(陸でも発動できりゃあ、もう少し楽なんだがな)
そんな愚痴が脳裏をかすめる。南端にある首都から北端のこの山の周辺まで来るには、国内を縦断する必要があるのだから。
けれど南の海で魔法を発動しても、北国であるソルラーマの船が通るであろう航路は索敵の範囲外。
だからこうして、彼は毎夜わざわざ沿岸をたどって北端に赴いているのだった。
波の音を聞く。脳裏に浮かぶ海中の景色から、魚と浮遊ゴミを排除する。
情報を集めるのは、船とその中の人間。
「ん……?」
思わず声が漏れる。彼の魔法は、こちらへ航路をとる船をとらえた。
その数、1,2……20隻。
それは、マーンとレーンが聞き出してきた敵船の数と一致していた。
「……我は海の観測者なり。波よ、潮よ、我が問いかけに答えよ……」
夜の海は黒い。そこに黒の魔法陣が浮かび上がったところで、発光を抑えられれば気付かれまい。
そう判断し、エドワードは魔法の出力を上げた。
20隻の詳細を感じ取る。中でもひと際大きな船に意識を向けた。
隊列を組む船たちの中央に陣取るその船は、規模に見合った豪華さのようだ。横柄な男が1人、そして……。
読み取った情報に、エドワードは口角をつり上げた。
舵輪のそばにいた男がした動き。それは邦雄が広めていた手旗信号とやらの、「ヨシ」だった。
「……ちゃあんと仕事をこなしてるらしいなぁ?」
裏切り者……否、ソルラーマへのスパイの仕事ぶりに、笑いが止まらない。
戦争への勝利を確信したうえで、エドワードは小舟の漕ぎ手に戻るよう指示を伝えた。
この翌日、海賊連合は本格的にソルラーマの無敵艦隊を迎撃する準備に入るのだった。
◇
邦雄は、マストの見張り台で心臓が張り裂けそうだった。
大和で米軍機発見の報を聞いた時と同等か、それ以上の緊張。
海賊連合は今、自国の北端に位置する山の影に隠れるように陣取っていた。
事態は、邦雄が予想していなかった順調さで進んだ。
ファルト海賊団敗北の報により、あれだけ反対を受けた主砲設置はアッサリと受け入れられた。
マーンの働きか、はたまたエドワードの顔のおかげか、「アンピシア海賊団」に逆らう者はいなかった。最初の会議では舐められていた邦雄の話を、誰もが聞いてくれている。
そんな中、突如エドワードから告げられた敵艦隊接近と交戦の目途の知らせ。
それからの数日はもう、あっという間だった。
なぜかヨルムの実家に大量に備蓄されていた砲弾を各海賊船に積み込む。
通信手段の最終確認。
そして作戦の最終伝達と合意。
それらを経て、連合艦隊……ではなく、海賊団の寄せ集めは、「戦争」のためにこうして海へ漕ぎ出していた。
視界良好。風向きは追い風。波は穏やかだ。
望遠鏡をのぞけば、無敵と言われている蒸気船の艦隊の影がちらつき始めている。
(だ、だ、大丈夫、大丈夫なはず……! 敵の戦法はわかってる。ヨルムさんとも、船長とも何度も作戦を確認した。船同士の通信手段も確認した。大丈夫、大丈夫……!)
バクバクと音を立てている心臓をなだめるように邦雄は自身に言い聞かせる。
すでに、作戦は開始されていた。
リヴァイの剣のように、腰に差した教官の軍刀。邦雄はそっと、その鞘に手を触れた。
(教官……。どうか、力を貸してください)
どこかで生きていると信じている恩師に対して、そう祈った時だった。
「おいクニオ! 開戦だ」
甲板から船長の声が聞こえてくる。望遠鏡をのぞけば、彼の言う通り。
作戦通り、敵から「海賊」と認識されていないであろう小規模の海賊たちが、その機動力を活かして奇襲を成功させたところだった。
エドワードの予想通り、なぜかわからないが敵船団はこちらの有利なように進んでくる。
邦雄は規定通り両腕を振った。その手旗信号を受け、マーンとレーンがハリヤードを引き、Z旗が上へ上へとのぼっていく。
マストに寄り添うように旗が上がったとき、海賊たちはいっせいに動き出した。
さあ、異世界での海戦の始まりだ。
米国には敵わなかった日本海軍の意地と誇りを、今こそ見せつける時。
邦雄は大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出していく。
アンピシア海賊団の船もまた、無敵艦隊へ向けて航路を取り始めていた。



